君の左目

便葉

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彼の真実 …8

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誰も居なくなった校庭を歩きながら、私は幹太にそう聞いた。
幹太は黙っている。でも、小さく息を吐いて私を見た。

「俺が意見する資格はない…」

「何で?」

幹太はまた何も言わない。私達の間には、言えない事、触れない事が多すぎる。

「私は早く記憶を取り戻した方が、私達のためだって思ってた。
二人の未来を考えた時に、隠し事もわだかまりもない方が絶対いいって。

でも、もし、幹太が今のままがいいって言うんだったら、私、別に記憶の事にはこだわらない。
一生、思い出さないのなら、それでもいいよ…」

幹太は誰もいない校庭で私を優しく抱き寄せた。太陽の光も夕方に近づいているせいで、ほんのりとオレンジ色に見える。
幹太は私の首元に顔を埋めたままこう言った。

「寧々の言う通り、俺達には未来がある。
過去に囚われない、希望に満ちた未来が待ってる。

俺は大丈夫だから…
逃げも隠れもしない…

ちゃんと寧々に謝りたいって、それだけを考えて生きてきた。
だから」

「謝るって…?」

私は記憶の蓋が、一瞬、飛んだかと思った。でも、まだ、頭の奥の方でカタカタ鳴っている。私はホッとして小さく息を吐いた。
幹太はすでに顔を上げ、私の肩を抱き寄せて大股で歩き出した。小学校の校庭を沿うように遠回りをしながら正門に向かって歩いていく。

幹太の謝りたいっていう言葉が、騒がしい私の頭の中に居座っている。
謝るって? 何を? 幹太に直接聞けない疑問が、頭の中でグルグル回る。

正門の前の花壇に着いた時、また、私の左目に何かが映り出した。右目は誰もいない正門を捉えているのに、左目にはたくさんの帰宅する生徒が映っている。


「寧々、今日、男子は運動公園で遊ぶけど、寧々はどうする?」

ランドセルを背負った私は、昇降口から正門に向かって歩いていると、幹太にそう呼び止められた。


「寧々!」

現実に一気に引き寄せられる。
右目に映る幹太は大人の幹太で、私の顔を心配そうに覗きこんでいた。

「幹太、ちょっと、どこかに座りたい…」

私はこの記憶の蘇りが何か大きなとんでもないものに繋がっている様で、怖くて体に力が入らない。

「何か、思い出したか?」

幹太は私を校舎の昇降口の階段に座らせると、切羽詰まった顔でそう聞いてきた。
校舎の昇降口の階段に座ると、左目に映る昔の記憶にリンクしてくる。正門へ向けて全体を見渡せるこの位置は、あの頃の景色と何も変わらない。
そう、私はこの場所から、優樹菜を待って家へ帰ろうとしていた。

「幹太… 何も見えないはずの左目に、子供の頃の情景が浮かんでくる。
きっと、五年生の私達… 
幹太もいるよ、幹太が私を運動公園に誘ってる」

幹太はゆっくりと私の方を見る。

「何なんだろう… 不思議な感覚に、自分でも驚いている…
あ、でも、幹太は可愛い、まだあどけなくて、でも、威張ってて」

私の顔はきっとほころんでる。幹太が今どんな顔をしてるかなんて、確かめる余裕もない。だって、この左目に映る幹太や風景が懐かし過ぎて、そっちに夢中になってるから。


「優樹菜が行くなら、行ってもいいよ」

幹太に呼び止められた幼い私は、振り返りながらそう言うと、幹太はニンマリと笑った。

「分かった、優樹菜に聞いてくる」

幹太はそう言うと、私に敬礼みたいな変なポーズをして優樹菜を探しに行った。クスッと笑っている私が見える。
この頃の私も、もちろん、幹太に恋してる。幹太と同じ、それは今も変わらない…

しばらく正門で待っていると、優樹菜は他の友達と一緒に歩いてきた。でも、私を見つけると、その友達にバイバイをして私の元へ走ってくる。

「寧々、幹太達が運動公園で待ってるって。
今日って、大丈夫な日だっけ?」

私は、ピアノと公文教室に通っていた。
でも、今日は、何も習い事の無い日で、優樹菜にうんと頷いて見せた。

「何か天気悪そうだね。夕方まで雨が降らなきゃいいけど。
っていうより、幹太、マジしつこい。
寧々、絶対、連れて来いよって、三回は聞いたし」

私は優樹菜の幹太の物まねがめっちゃ面白しくて、隣で大笑いをする。

「寧々にもしつこくするようだったら、私にいつでも言ってきなよ。
幹太に説教するからさ」

「分かった。でも、今のところ大丈夫!
私には、優しかったりするから」

優樹菜はわざと私の脇腹をくすぐった。

「幹太って、本当に、寧々にだけに優しいよね。
あそこまであからさまだったら、逆に応援したくなるくらい」

正門を出て、私と優樹菜は仲良く腕を組みながら大きな通りの交差点まで歩いた。

「寧々、うち、ちょっと用事があるから、今から40分後にまたここで待ち合わせでいい?」

「うん、了解」

そう言い合って、私と優樹菜は学校の前の交差点で別れた。私はスキップで自分の家へと向かう。
幹太達は今日は何の遊びをしてるんだろうって、そんな事を思いながら。
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