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彼の真実 …9
しおりを挟む「寧々! 寧々!」
私はハッと我に返った。まるで、明け方の夢を見ていたみたいに、何だか体が寝ているみたいにだるい。
私はまだ昇降口の階段に座っていた。まだ空は青いけれど、もう夕方が迫っているのが分かる。
「寧々、大丈夫か…?」
幹太の顔がやつれて見える。
「私、寝てた?」
寝てた?って幹太に聞いたくせに、私、寝てなんかいないってすぐに気付いた。
だって、左目の奥の方にさっきまで見ていたシーンの残像が見えるから。
「寝てないよ…
あの校門を瞬きもしないで見てたから、具合でも悪くなったのかなって思って」
「幹太…
私、やっぱり、記憶が戻り出した…
今、見えてたのは、幹太達に運動公園で待ってるって言われて、優樹菜とその正門を出て大きな通りの交差点までお喋りしながら歩いてたところ。
ねえ、五年生になってから、学校がちょっと早く終わった日、運動公園に遊びに行った事がある?
あるよね? あるんだったら、この記憶が本物って事だ」
私は、何だか浮かれていた。記憶が戻るってもっと重くて苦しいものだと勝手に思い込んでいたから、あっけなくさらっと蘇った事がちょっと嬉しかった。
「幹太、あるよね?」
私は隣に座る幹太にそう聞いた。
幹太こそ瞬きもしないで一点を見つめている。顔色も悪く、身動き一つしていない。
「幹太…?」
幹太は小さくため息をついた。そして、必死に笑顔を作って、うんと頷く。
私は急に怖くなった。戻り始めた私の記憶は、私の左目の奥の方で続きを映し出そうと手ぐすねを引いて待っている。
「幹太… 怖くなってきた…
水があふれ出るように、記憶の波が押し寄せてくる…」
そう言いながらも、私の左目はもう続きを見始めていた。
優樹菜と交差点で合流して、私達は運動公園まで自転車を漕いでいる。自転車を漕ぐ自分を懐かしく思いながら、でも、映し出される映像は止まらない。
「幹太、左手を握ってて…
きっと、この日に、何かがあるんだよね…」
そう言った後、私はまた記憶の世界に導かれた。
薄っすらとしか色のない私の左目の世界が、しっかりと物事を映し出す。そして、今の私は、幼い私の感情に入り込んで、両目を使って消えてしまった過去を見ていた。
私と優樹菜が運動公園に着いた時は、どんよりとした曇り空になっていた。でも、二人ともそれを見越して、ちゃんとカッパを持っている。
私達は駐輪場に自転車を停め、幹太達を探し始めた。
「メールいれてみるけど、雅也が気付くかは分かんない」
私達のグループの中で携帯を持っているのは優樹菜と雅也だけで、雅也はいつも色んな場所に携帯を置き忘れるおっちょこちょいの性格だった。
でも、今日は、珍しくすぐに返信がきた。
「なんか入っちゃいけない場所に居るんだって。
展望台の方へ向かって歩いてきてって」
「ふ~ん」
私と優樹菜はお互い好きなアイドルの話をしながら、展望台を目指して歩き出す。すると、道の途中に幹太が待っていた。
「おっそいぞ、もう、そんなに遊べないじゃんか」
優樹菜は私を見て、肩をすくめて笑った。
「ここまで何で来た?」
幹太は私を見てそう聞いてきた。
「自転車」
「了解! 俺達、歩きだから、帰りは俺が寧々の自転車に乗るから。
あ、寧々は後ろに乘って」
優樹菜が顔をしかめて幹太を見た。
「雅也達は自転車ないじゃん?」
幹太は意地悪な笑みを浮かべて、こう言った。
「あいつらは走るしかないっしょ。
優樹菜がどっちかを荷台に乗せてあげれば別だけど」
「絶対、む~り~」
やんちゃな幹太に怖いものなんか何もない。私はそんな幹太が大好きだった。
「…幹太?」
私は無理やり今の世界に意識を変える。そうじゃないと、過去の世界から帰れなくなりそうなそんな気がしたから。
幹太と会ったあの時点で、私の鼓動が急に早くなった。子供の私の鼓動ではなくて、今の大人の私の鼓動が急激に高鳴り出した。
もう、見たくないと思った。私の本能がその先の記憶を拒んでいる。
「寧々、大丈夫か…?
もう、日が暮れそうだから、一回ホテルに帰ろうか?
もし、寧々がまた来たいのなら、明日の午前中にでも」
私は幹太の言葉を遮るように、首を横に振った。
「ううん、もう、来なくてもいいよ。
もう、いい… 何となく分かったし、最後までは知りたくない…」
幹太はまだ必死に自分の感情を抑えている。私が何を言い出すか本当は怖くてたまらないはずなのに。
でも、私がお願いした事はちゃんと守ってくれる。私の震える左手は、幹太の大きな右手の中にすっぽりと包まれていた。
私と幹太は、車を停めているコインパーキングまで黙って歩いた。でも、私の心臓は、頭の中の記憶の蓋がカタカタと鳴るように、同じリズムで脈打っている。今から訪れる大きな不安要素に飲み込まれてしまうのを恐れているみたいに。
「寧々、話したくなかったら話さなくていいけど、もし、話せるのなら話してほしい。
寧々の左目に映る記憶は、どういうものだったのか…
何となく分かったって…
その何となくを教えてほしいんだ…
そうじゃなきゃ… 俺は前に進めない」
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