君の左目

便葉

文字の大きさ
42 / 69

彼の真実 …10

しおりを挟む



私は助手席のシートを少し下げた。何だかすごく疲れている。頭の芯の部分がズキズキ痛んで、心も体も記憶の蘇りを拒んでいるみたい。
私は幹太に話そうと思った。話す事によって私の記憶は納得してくれるかもしれない。もう分かった、もう十分だよって…

幹太はとりあえず車を走らせた。どこにも寄らずにホテルへ直行する。理由を聞いたら、寧々が急に倒れたり、具合が悪くなったりするのが心配だからと言った。きっと、私は、あの記憶が甦っている時、異様な雰囲気を醸し出していたのだろう。普段は動かない左目がクルクル動いたり、瞬きを忘れていたり。

ホテルの駐車場に車を停めて、ホテルに隣接しているコンビニで適当に食べる物を買った。何だか私は歩くのもやっとで、幹太が買い物をしている間もホテルのロビーのソファで座って待った。
幹太の表情は心配と不安が入り混じっていて、幹太自身も疲れて見えた。

「しばらく休む?」

ホテルの部屋に入った途端、幹太はそう聞いた。ふらつく私をベッドの上に優しく座らせる。

「ううん、大丈夫… ちょっと飲み物もらっていい?」

私の問いかけに、幹太はコンビニで買ったアイスコーヒーを私に手渡した。

「…美味しい。
幹太、ごめんね、何だか幹太が置いてきぼりになってるみたいで」

幹太も、自分用に買ったブラックのホットコーヒーを一気に飲み干す。

「俺は大丈夫だよ…
それより、寧々、体の具合は?
さっきの寧々は、まるで亡霊のようだった。
寧々の体はここにあるんだけど、魂が抜けてるっていうか、何だか別の世界に行ってるみたいな」

私はため息をつきながら微笑んだ。
確かに、記憶の世界を旅したみたいな、でも、そんな美しいものではないけれど。

「幹太、今から私が話す事を、最後まで聞いてほしい…
最後まで聞いてから、幹太の意見を聞きたい。

その私の話す事柄が夢物語なのか、それとも本当の出来事なのか…」

幹太は静かに聞いていた。そして、私の左手を取って分かったと頷いた。
私はあの時、小学校の昇降口に腰かけた時に、左目に映像となって現れた頭の中の出来事を幹太に話し始めた。

あれはきっと五年生になったばかりの春の日、いつもより学校が早く終わった五年生の皆は昇降口から校門に向かって歩いている。
例にもれず私も歩いていると、幹太に後ろから呼び止められた。

「今日、男子は運動公園で遊ぶけど、寧々はどうする?」

そこから始まる五年生の私達の他愛もない日常。
私は左目で見た事を頭の中で復習するみたいに、幹太に細部まで丁寧に伝えた。
幹太はどこか一点を見つめ、私の話を聞いている。たまに視線を変え、でも、また憑りつかれたように一点を見つめる。
記憶の中の私達が運動公園に着いて幹太が迎えに来てくれたあたりで、幹太は急に立ち上がった。

「寧々、ちょっと煙草吸ってきていい?」

このホテルの部屋は、幹太が私のために禁煙室を取ってくれていた。昨日の幹太は部屋に居る時に煙草を吸う事はなかったのに、今の幹太は煙草が吸いたいせいか落ち着きを失くしている。

「すぐ戻るから、ちょっと外で吸ってくるわ」

私は嫌な予感がした。きっと、私が話した事は全てが真実で、幹太にとってそれは想定内の事。でも、幹太の心はその先の状況を怖がっている。

私はすぐに幹太を追いかけた。追いかけながら、また頭の中の異常に気付く。頭の奥の方がカタカタと鳴り始め、その音の先の方では子供達の話し声が聞こえてきた。

「幹太!」

私は幹太がホテルを出たところで、大きな声で幹太を呼んだ。
もう涙が溢れて止まらない。この涙はきっと幹太を大好きな私の真心。今の私も記憶の中の私も、幹太を好きでしょうがないそんな涙…

幹太はすぐに私の元へ走り寄ってくれた。
私の異変に驚いて人目もはばからず、私の事を抱き寄せる。

「寧々、大丈夫か?」

「…幹太、私を一人にしないで…」

私はギリギリのところで踏ん張っていた。記憶の波は容赦なく私の頭の中に押し寄せる。でも、今はまだ、私の思考が幹太に向かっているせいで、その映像は私の左目に映らない。

幹太は駅前にある広場のベンチに私を座らせた。ホテルの部屋に戻るよりこのベンチの方がはるかに近かったから。
ちょうど夜の八時を回った頃で、土曜日の夜のせいか人の波が途絶えない。
幹太はそんな人の波を気にする事もなく、私の左肩を引き寄せてずっと腕をさすってくれた。

「…幹太、煙草吸っていいよ」

私は幹太の匂いが好きだった。ちょっと煙草の香りが混ざった幹太の匂い…

「ううん、大丈夫…
それより、寧々、ごめんな…
俺って本当にダメな奴だ。
こんな状態の寧々を置いて煙草を吸いに行くなんて、もう、本当にあり得ないし、救いようのないバカ野郎だよ…」

「でも、幹太も苦しんでる…
私、何となく分かったの…
きっと、あの運動公園で何かがあるって事を。
もう、知りたくない… 知りたくないよ、幹太…」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

【完結】時計台の約束

とっくり
恋愛
あの日、彼は約束の場所に現れなかった。 それは裏切りではなく、永遠の別れの始まりだった――。 孤児院で出会い、時を経て再び交わった二人の絆は、すれ違いと痛みの中で静かに崩れていく。 偽りの事故が奪ったのは、未来への希望さえも。 それでも、彼を想い続ける少女の胸には、小さな命と共に新しい未来が灯る。 中世異世界を舞台に紡がれる、愛と喪失の切ない物語。 ※短編から長編に変更いたしました。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

熱い風の果てへ

朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。 カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。 必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。 そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。 まさか―― そのまさかは的中する。 ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。 ※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...