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彼の真実 …11
しおりを挟む私の考えがあの記憶の事を捉えた瞬間、私は記憶の波に飲まれてしまった。
頭の奥の方で聞こえていた子供の声が、今は、自分の声となって、あの頃の情景を見ている。
「寧々! 寧々!」
遠い場所から幹太の私を呼ぶ声が聞こえるけれど、もうそちらの世界には戻れない。
私の頭の中で封印されていたあの頃の記憶は、出口を見つけた濁流のように私の思考回路に手加減せずに流れ込んでくる。
「寧々! 寧々!」
幹太の私の肩を掴む力が強くなる。私は必死にその幹太の温もりに意識を集中しようとするけれど、でも、記憶の勢いは容赦なかった。
「女子には無理だと思うよ」
私達は切り立つ崖の横に立っている。隆志の女子を心配する声が私の中の不安要素に拍車をかける。
でも、確かに、その崖をよくよく見てみると、そんなに長い距離じゃない。崖に沿う細い道は、細い場所もあるけれど広いスペースだって何箇所かあった。
迷っている私の横で、幹太以外の男子がスルスルとその崖の道を渡って行った。時間にして数秒の話だ。向こう側に渡り切った男子は気持ちいい!と声を張り上げていた。
「私も行く~」
そう言って、優樹菜があっという間にその崖を渡った。こっち側に残されたのは私と幹太だけ。
「寧々、どうする?
無理しないで、遠回りしてあっち側に行ってもいいんだぞ。
俺、付き合うし」
幹太の言葉はちゃんと私の中に届いた。届いたけど、濁流のような記憶の波は、幼い私と今の私を飲み込んでどこか遠い場所へと運んでいく。色々な映像がバチバチと私の頭の中で騒ぎ始める。今まで一体だった子供の私だけが濁流に飲まれてどこかに流されていく。
「幹太、助けて! 幹太、助けて!
私の手を離さないで」
その幼い私のか細い声が、今の私の胸に響き渡る。
「幹太… 幹太… 助けて、幹太…」
私はやっと大人になった私達のいる現実の世界に戻って来た。
静かに目を開けてみると、さっきまで途切れずに流れていた人の波は消えて、無音の夜の光景が広がっている。
「幹太…?」
一体、どれくらいの時間が流れたのだろう…
幹太は我に返ったみたいに驚いて、抱きしめている私の顔を覗きこむ。
幹太は泣いていた。隠す事もなく大粒の涙をポロポロ溢して、目覚めた私を見ると、増々ぐしゃぐしゃに泣いた。
「幹太…」
私は自分の声に驚いた。まるで、あの頃の子供の声だったから。
「寧々、ごめん…
本当にごめん、あの時、俺が寧々の手を離さなかったら…」
幹太のその涙と苦悩に満ちた真実の叫びを聞いた私は、また記憶の渦に吸い込まれていく。
奥深い禁断の記憶の底は、私を手ぐすねを引いて待っていた。
「寧々、俺の足の動きをよく見て。
俺の足がのった場所に、寧々も真似してのせれば、何にも問題ないから」
私は幹太の後を追って、崖にある細い道に這いつくばっていた。幹太は私を励ましながら、私の足の動きばかりを見ながら前へ進んでいる。
「寧々、大丈夫?」
幹太の励ましや問いかけはちゃんと聞こえている。聞こえているけど、あまりの怖さに返事をする余裕がなかった。
幹太は私がこれ以上怖く思わないように、ずっと声をかけてくれる。幹太がいるから大丈夫、私は自分の中でそう唱えながら幹太の後ろを必死について行った。
「あ…」
それは一瞬の出来事だった。空の高い場所から生温い突風が吹き降りる。
私の小さな体はその突風から逃れられない。崖の小さなくぼみを掴んでいた手がスッと離れて、私の体は後ろに傾いた。
「寧々!」
私の手は幹太に向けて真っ直ぐに伸びる。
幹太がいるから大丈夫、幹太が私を助けてくれる。私の願いは幹太に届いた。真っ直ぐに伸びた私の手を幹太はちゃんと掴んでくれた。
「…幹太、助けて」
幹太の小さな子供の左手は、私の右手を力強く握りしめる。でも、幹太の左手はか細くて、私の体と私の必死の思いを支えるには力不足だった。
だけど、そんな事私は分からない。
だって、幹太は私のヒーローで、幹太はいつでも私を守ってくれた。だから大丈夫、今日だって幹太は私を守ってくれる。
幹太… 幹太… 私の手を離さないで…
私の大好きな幹太…
でも、じりじりと離れていく二人の手は、幹太の叫び声とともに真っ二つに引き裂かれた。
私はどす黒い雲に覆われた空を見上げ、声にならない声を出す。
幹太… 幹太… 私を助けて…
そして、物語の最後はあっけなく静かに終わった。
私の隠された記憶の一部始終はここまでで、私の頭の中はいつもの現実社会に吸い込まれるように戻っていく。
私は目を開けるのが怖かった。全てを知ってしまった今、幹太を見る目が変わってしまいそうで。
「寧々… 大丈夫か…?」
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