君の左目

便葉

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彼の真実 …12

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そんなに大きくない駅前の夜の風景は、明らかに変わっている。
もう、かなりの時間が経ってしまったみたい。道行く人の数を見れば分かるし、夜の闇の色が濃くなっているから。

私は左目に意識を集中した。
あの記憶の中では、両目で物事を見ていた。その残像が消えていくのが悲しくて、見えもしない左目に何かが映らないか必死に試している。
でも、何も映らないと改めて思い知らされた時、両目で物事を捉えていた視覚がものすごく懐かしくて、今の世界の数倍も明るく楽しい世界が私の中にあった当たり前の感覚がただひたすら恋しくて、私は声を上げて泣いた。

隣に幹太がいる事も、ここが駅前のベンチだという事も、今の私には何も関係ない。
ただ、左目が恋しかった。両目で世界を見ていた感覚が恋しかった。
そして、私の両目が最後に捉えた幼い幹太の顔があまりにも辛すぎて、その苦しみに歪んだ幹太の涙と叫び声が悲し過ぎて、私は肩を震わせて泣きじゃくった。

幹太、助けて… 幹太… 幹太…

幼い私は、幼い幹太をスーパーヒーローだと信じていた。
でも、私のスーパーヒーローは、私の事を救えなかった…

そして、私は真っ逆さまに崖の下へ落ちていき、大切な尊い左目を永遠に失った。



「…寧々」

幹太の私を呼ぶ声が震えている。
きっと、幹太は、私が真実を知った事を分かっている。でも、私は、幹太に何も声をかけられない。ぐちゃぐちゃに散らばった私の頭の中をちゃんと整理しなきゃ、幹太に向き合えない。

「とにかく、ホテルへ帰ろう…
歩けるか…?」

幹太はいつもの優しい幹太… 自分の事より私の事ばかり心配する。
私が何も言わずに下を向いていると、幹太は優しく私の腰を引き寄せた。
私がふらつかないように、私の体を包み込むように抱き寄せて、ホテルまでの道のりをゆっくりと歩いた。
幹太の横顔は、泣き疲れた後みたいに目が腫れていた。でも、それでも、私の事を大切に思って、転ばないように左側の地面から目を離さない幹太は、痛々しくて哀れだった。きっと、罪を償う事だけを考えて、今日のこの時まで生きてきたに違いないから。

ホテルの部屋に入ると、幹太は私のためにティーパックの緑茶を淹れてくれた。

「…ありがとう」

私は声が出せた事に少しホッとする。その声が今の大人の私の声だったから。
幹太は自分にお茶を淹れる事を忘れている。私にお茶を渡すと小さくため息をついた。

「…寧々の隣に座っていいか?」

私は泣きそうになった。
幹太は何も悪くない、悪くないのに何でそんな顔をするの…?

「俺達は…
あの日、運動公園で」

「幹太、もういい… 話さなくていいよ…」

幹太は泣くのを堪えていた。それなのに、私の左手を優しく握って、自分の方が苦しいくせに、私の事ばかり考えて笑みを見せてくれる。

「ううん、話さなきゃいけないんだ…
俺は、寧々にちゃんと謝りたい…
誠心誠意、謝りたい…

あの日、俺が寧々を救えなかった事を、子供だったからって簡単に解決できないあの日の出来事を、俺の口から言わせてほしい…

寧々にこうやって正直に話せるタイミングを、指折り数えて待ってた俺にチャンスを与えてほしい…」

幹太の涙は止む事を知らない。
その涙が切な過ぎて、私は戻らない時間と無慈悲で意地悪な神様を心の底から憎んだ。

「…あの日、俺は、寧々の事を守れなかった。

小学五年になったばかりのガキのくせに、俺は、本当に本当に寧々が好きで、マジで結婚したいって思うくらいに大好きで、だから、寧々の事は俺が絶対守るって、スーパーマンみたいな事を、真剣に思ってたし信じてた。

でも、本末転倒だよな…
そんなに大切に想ってる誰よりも大切な人を、あんな危険な場所に俺が連れて行ったんだから。

あの時の寧々は、顔が真っ青になるくらいに怖がってて、その時に、直前に止めれなかった自分が、本当に悔しくて…
でも… それよりも…」

幹太は歯を食いしばって泣くのを必死に堪えている。
あの時の情景は、きっと、幹太の心に深く根付いて、容赦なく幹太を苦しめていた。

私は、幹太の話をぼんやりと聞きながら、さっき見た記憶の残像を追っていた。
きっと、今、私と幹太が頭に浮かべているのは、あの突風が上から吹いてきたところ…
あの突風が、あの風が、二人の人生をグチャグチャにした…

「あの時、あと三歩で向こう側に渡れるもう少しの所で、崖の上から突風が吹いた…
俺の目の前で、寧々の崖を掴んでいた手が離れて、体が後ろに傾いて…」

幹太は瞬きもせずに遠くを見ている。
瞬きはしないのに、大粒の涙がほろほろと幹太の頬を伝って落ちた。

「…私は、幹太に手を伸ばした。
私のか細い手を幹太はしっかりと掴んでくれた…
幹太が助けてくれる… 
でも、幹太の手はとても小さくて、私を支えきれなかった…」

幹太は急に立ち上がり、ベッドに腰かけている私の目の前で跪き、そして土下座をした。ホテルの床に額をつけたまま、顔を上げない。

「寧々… ごめん… 本当にごめん…
寧々は俺を信じて、俺に手を差し伸べたのに、俺は寧々を守れなかった…
子供とか、力がなかったとか、そんなの関係ないんだ…

俺は寧々を守りたかった…
寧々を救いたかった…

寧々が俺の手を掴んでホッとしたあの顔を、俺は裏切ったんだ…」

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