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彼の真実 …13
しおりを挟む私は心臓が痛かった。幹太の事を思えば、辛くて苦しくて息ができなくなる。
私は幸か不幸か、今日に至るまでこのおぞましい記憶を失くしていた。
でも、幹太は、まだ十歳の小さな少年の時から、私の事で罪を感じ苦しみながら生きてきた。
「…幹太は、何で、逃げなかったの?
うちの両親のように、苦しみから逃げる事だってできたのに…
あれは、ただの事故だって、割り切って生きていく事だってできたのに…
それに、何で、私の前に現れたの…?
私を見るたびに、幹太自身が苦しみから逃れられない。
そんな事分かってて、どうして…?」
幹太はまだ頭を上げない。両手はきつく拳を作り、あの絶対に消えないトラウマに必死に向き合っている。
「寧々に、ずっと、会いたかった…
寧々の声が聞きたかった…
大人になった寧々を見てみたかった…
許してほしいなんて、そんな事言わない…
俺の事を許さなくていいから、でも、俺の前からもういなくならないでくれ…
俺は、寧々のそばにいる…
寧々に嫌われても、寧々に嫌がられても、それでも俺は寧々のそばにいる」
幹太は拳で涙を拭いながら、やっと顔を上げてくれた。
伝えたい気持ちが高まって、幹太は何度も深呼吸をする。
「子供の頃は、寧々に簡単に会えるって思ってた…
中学生になって、高校生になって、大学生になって、また、俺達は必ず再会するって。
でも、中々、手がかりを見つけられなくて、焦った俺は、就職を機に必死に寧々を捜し始めた。
東京に居る事だけは分かってたから、小さなヒントを手掛かりにして必死に捜した。
寧々があの区役所にいる事が分かった時、嬉し過ぎて興奮して、手がめちゃくちゃ震えたくらい…
俺が寧々を失って、長い時間かけて辿り着いた答えは、過去を振り返らないって事だった。
過去は振り返らなくても、いつでも俺の頭の中にあの時の事は住みついてて、だったら、俺は未来の寧々を死んでも守るって心に決めたんだ。
ガキの頃の俺は、小さ過ぎて、力がなさ過ぎて、寧々を守る事はできなかったけど、でも、今は違う…
俺は、もう、あの頃の小さな幹太じゃないんだ。
寧々のそばにいて、寧々だけを守りたい…」
幹太の苦しみは、私の心にしっかりと伝わった。あの非情な事故のせいで、幹太の人生まで狂ってしまった事も。
でも、左目を失った私の中で、長い間培ってきた疑心暗鬼の最悪な心が顔を出す。
幹太は私にケガを負わせた事への贖罪のために、私に会いに来た?
罪を償うために…?
そうじゃない、絶対、そうじゃないって、幹太を信じる私の心はそう叫ぶ。
でも、左目を失った私は、可哀想だからとか、左目が見えなくてたいへんだからとか、憐れみや同情で近づいてきた人達に心を傷つけられた事を思い出す。
俺のせいでケガを負った寧々を守りたい…
幹太の言葉が、あの頃、私を傷つけた人達の言葉とかぶってしまう。
可哀想だからとか、たいへんだからとか、俺のせいだとか、いい人なのは分かっているのに、私のひねくれた心は、それを偽善者と思ってしまう。
幹太は絶対そうじゃないのに…
そんなの私が一番分かってるはずなのに、最低な私は、心の隅でそんな事を考えてしまう自分が悔しかった。
「…寧々、何か言ってよ。
許さないでも、大嫌いでも、何でもいいからさ…」
土下座している幹太は、私に救いの手を伸ばした。
私は一瞬躊躇したけれど、震える幹太の手を握りしめる。
幹太が好き… 幹太を愛してる…
でも、幹太は…?
幹太は、本当に私を愛してるの…?
私が幹太の手を握りしめた瞬間、幹太は膝を立ててベッドに座っている私を抱きしめた。
幹太の温もりも息遣いも何も変わらないのに、私の心だけが何だか少し変わってしまったような気がした。
「幹太が…
幹太が、私に会い来た本当の理由を聞かせて…
幹太は、何をするために、私に会いに来たの…?」
自分で聞いてて意味不明な質問だと思った。
でも、謝るとか守るとか、そんな罪を償うための言葉は聞きたくない。
でも、それは、きっと、幹太には酷な事…
幹太は私に謝る事だけを考えて、この長い期間を過ごしてきたはずだから。
「俺は…
寧々に謝りたかった…
寧々に許してもらいたかった…
他にもたくさん理由はあるんだろうけど、でも、それがやっぱり俺の全てを占めてる。
ずっと、謝りたかったから…
謝りたくて、気が狂いそうになるくらいに…」
幹太は私の首元に顔を埋める。私だって幹太にキスがしたい。でも、ひねくれ者の私はこんな酷い言葉を幹太に投げつけた。
「こんな事言ったら幹太は怒るかもしれないけど…
私、幹太の心の重さをはかる天秤がほしい…
償う、守る、許してほしいっていう気持ちと、私を本気で愛する気持ちと、どっちが重いのか…
幹太… ごめんね…
私、性格が悪くなっちゃったの…
可哀想とか、大変そうとか、そんな気持ちが先に立って、皆、私の本当の姿をちゃんと見てくれない。
私は、渡辺寧々じゃなくて、左目の見えない可哀想な子だった、ずっと…
幹太はそうじゃないよね…?
あの事故は誰のせいでもなくて、誰も自分を責める必要はなくて…
でも、自分を責める幹太がここにいる限り、幹太は私の事を本当は愛してないと思うんだ…」
幹太は顔を上げ、私の目をジッと見た。
幹太にとっては想定外の私の言葉に、瞬きをすることすら忘れている。
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