君の左目

便葉

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彼の真実 …17

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優樹菜は目の前に座る私の手を優しく握った。

「言うはずないよ…
幹太は絶対に言わない…

どっちにしても、寧々は大けがをして、私達の前からいなくなった。
幹太は色んな意味で、寧々を救えなかったって思ってる。

それは、すごく根深くて…
だって、寧々を助けに崖下に落ちた話を、幹太は私達にも絶対にしない。
それは、きっと、寧々のため。
皆の最後の寧々の記憶を汚したくないから。
幹太以外の私達の寧々の最後の記憶は、ツィンテールをした可愛い寧々だもん」

私は、何だか息をするのも苦しかった。
小学生の小さな幹太は、必死に私を守ってくれた。
記憶を失くしてたとはいえ、この歳まで、何も知らずに生きてきた自分自身が本当に悔しくてたまらない。

「でもね… 寧々…
幹太は、寧々の事を救えなかったって、そう思ってるけど…
本当は、大きな意味で、寧々の事を救ったんだよ…」

優樹菜の両手は、私の左手を今度は力強く握りしめた。

「これは、寧々を助けに行った消防隊の人が話してくれた話で、私はこの話をママから聞いた。

消防の人や救急の人が運動公園に着いた時、もう、土砂ぶりの雨が降っていて、待っていた私達からしたら、すごく長い時間が経ったような気がしてた。

消防の人がロープを使って崖下に下りたら、寧々が倒れてる場所がすぐに分かったって…

それは… 幹太が…

幹太が、頭から血を流している寧々が雨に濡れないように、落ちているゴミの中から段ボールやビニールシートを見つけて、それを傘替わりにして寧々を守ってたからだって。
ケガをしてる寧々の頭を、自分のTシャツを丸めて泥や雨水で濡れないように血の出どころをちゃんと塞いでたって。

消防士さんの話によれば、あの段ボールの囲いや頭の傷口を塞ぐTシャツがなかったら、どしゃ降りの雨に打たれて、寧々は出血多量と低体温症で死んでたかもしれないって。
幹太が、寧々のために必死にした事は、寧々の命を救ったの…

何でだと思う…?
幹太は、ただ寧々が好きなだけ…
あの小っちゃい幹太は、自分もいっぱいケガをして血まみれだったのに、寧々を大粒の雨から守ったの…
まだ、たった、10歳のくせに…」


***  ***  ***


私は茫然自失となって窓の向こうの小さな光を見ていた。

優樹菜のすすり泣く声や店内に流れるジャズの寂しい音色が、私の心を大きく揺さぶり責め立てる。
見えなくなった左目は、幹太が救ってくれた命と引き換えに神様が持って行ったのかもしれない。
だけど、左目が見えなくなっても、私はこうやって生きている。
愛する人にめぐり逢い、大好きな親友とも分かち合えて、今を精一杯幸せに生きている。
お母さんに寧々は死んでたかもしれないのって、よく聞かされた。でも、死んでない… それは、幹太が、私の未来を、神様からもぎとってくれたから。

「…優樹菜、私、幹太に酷い事を言った。
幹太の私への愛は本物じゃないって…
罪を償うための愛、贖罪に苛まれた歪んだ愛…
純粋な愛じゃないって…」

私が愛なんて語れる立場じゃない。何にも幹太の事を知らないくせに、あんな偉そうな事を言った自分が情けなかった。

「寧々、どんな愛だっていいじゃん…
今、二人がお互いを必要として、愛し合っていれば、何の問題もない。

それより、寧々…
幹太の事を許してくれる…?

これは、私のだけ願いじゃない、雅也も隆志も心からそう思ってる。
幹太の事を許してあげて…
罪を背負って生きてきたのも間違いじゃない。
寧々にとっては重荷になるのかもしれないけど、でも、そうしないと幹太は生きていけなかった。
大人になって、寧々にちゃんと謝りたい…
できることなら、その後の寧々の人生を俺が幸せにしたい…
そういう風に幹太から聞いた時、私、寧々に嫉妬したくらい。
こんなにも愛されるって、寧々は本当に幸せ者だって…」

優樹菜は笑いながら慌てて口に手を当てた。

「ヤバいぞ、あんまり喋り過ぎたら幹太に怒られる。
寧々、後は、二人でたくさん話をして…

で、寧々、幹太の事、許してくれる?」

私は大きく頷いた。許すも何も許さない理由なんてない。優樹菜の言うように、償いとか贖罪とか、そんなものにこだわってる私がただのバカで、今は私の方が幹太に許してもらいたい。あんなひどい事を言ってしまってごめんねって…

「良かった~~~
あ~、なんかすごく嬉しい。
じゃ、調子に乗って、寧々にもう一つお願いしていい?」

優樹菜の笑顔に私もつられて笑った。
でも、笑っているはずの優樹菜の目にまた涙が溢れ出す。

「幹太の事を、どうかよろしくお願いします…
あの事故以来、幹太の心の傷は癒える事がないまま十五年が経って、その傷を癒せるのは、やっぱり寧々しかいないの…
私達友達じゃ、全然無理だった。
寧々じゃないとダメみたい」

優樹菜は泣きながら笑った。
そして、紙ナプキンで涙を拭きとって、また私を見て笑った。

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