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彼の未来 …1
しおりを挟む優樹菜に最後に大きく手を振って、私と幹太は駅のホームへ向かった。
新幹線が停まる主要駅まで行くには、快速電車で15分程かかる。人影が少ないホームを歩きながら、幹太はいつもと変わらず私の左側を歩き、そして私の左手をそっと握った。
快速電車が到着するまでの10分程の間、私と幹太はホームにあるベンチに腰を下ろした。
「楽しかったか…?」
幹太は手を握ったまま、でも私の顔は見ずに向こうのホームを見つめながらそう聞いた。
「…うん」
何だか胸が苦しくて適当な言葉が見つからない。
「優樹菜は、寧々の親友のままだったろ…?」
力の入らない私の左手を幹太はもう一度優しく握った。
「…うん」
私の返事を聞いて、幹太は大きく深呼吸をした。
そして、やっと私の顔を見て幹太は笑顔でこう言った。
「今日、俺は、寧々が優樹菜と会っている間、あの運動公園まで行ってきたんだ。
昨日、寧々の切実な思いを聞いて何も言い返せなかった俺自身を、あの事故のあった忌まわしい場所に捨ててきた。
俺にとっては、傷ついて障害を持ってしまった寧々への償いの気持ちも、子供の頃から変わらない寧々を愛する気持ちも、同じ愛だと思ってたけど、昨夜、寧々の思いを聞いて、そうじゃないって事に気付かされた。
だから、あの場所に行った。
あの場所で俺らの人生は変わってしまった。
だからこそあの場所に、あの日、俺の記憶に刻まれたたくさんの後悔や懺悔の念を、寧々への後ろめたさを、たくさんの負の思いを全部捨ててきた。
寧々が、この旅で変わったように、俺も変わりたいって思った。
ううん、変わるように努力する…
だから、昨日、寧々を傷つけた事を許してほしい…
ごめんな…」
幹太はいつも優しい。優し過ぎて辛くなるくらい…
私は胸に込み上げてくるものを必死に抑えながら幹太への言葉を考えていると、私達が乗る快速電車が目の前に停まった。
「行くぞ」
幹太はまた私の左手を握りしめ、優しく肩を引き寄せた。
もう色々考えなくてもいいからって、私の肩を引き寄せる優しい仕草がそう言っている。
快速電車は思いのほか混んでいて、一席だけ空席を見つけた幹太は私をそこに座らせた。何も話さない二人の間に、電車の揺れる音だけが響いていく。
私は静かに目を閉じた。心を落ち着かせ、蘇った記憶や幹太や優樹菜に聞いた話を一つずつ整理したい。でも、目を閉じても、浮かぶのは幹太の顔ばかり…
大人になった幹太の顔と、子供の時のやんちゃな幹太の顔が、交互に浮かんではまた消える。
私は幹太が好き… 幹太の事を愛してる…
たくさんの情報がひしめき合う私の頭と心が、単純で明確な答えだけをそっと教えてくれた。
私は新幹線に乗る前に、お父さんとお母さんにお土産を買った。ご当地の名産の有名なお菓子にした。これを見たら私がどこへ行って来たのか、絶対に分かるはず。私はもう覚悟を決めていた。
私達は新幹線に乗ると、二人掛けの座席に私が窓際、幹太が通路側で座った。来た時と同じ並びだ。
幹太はあのホームでの告白以降、必要以上の事は何も話さない。私のタイミングで話せばいいと思っているのが、痛い程伝わってくる。
今日もとてもいい天気だった。新幹線は夕方にかけて東京へ向かう。発車のベルが鳴り響き新幹線がゆっくりと動き出し、車内のアナウンスと同時に幹太は私の右手の甲に自分の手を重ねた。
「寧々、疲れたろ…?
眠った方がいいよ、明日からまた仕事だしさ」
私は幹太の肩に頭をのせた。確かに心も体もクタクタに疲れている。でも、眠ってしまう前に幹太にどうしても話しておきたい事がある。
「幹太…
私の方こそ、昨夜はあんなひどい事言ってごめんね…」
幹太は私の手を優しく握りしめる。
「寧々が謝る事じゃないよ…
俺は寧々の本心が聞けて良かったって思ってる。
そんな事、気にすんな」
幹太は私の顔を覗きこんで、私のほっぺをぷにゅぷにゅとして笑った。
「幹太…
私は幹太の側から離れない…
今度は、私が幹太を守るから。
幹太が、これ以上、私の事で心を痛めないように、私が幹太を守る。
だから、幹太も、肩の力を抜いて、私に甘えていいんだからね」
今の私にはこれ以上の言葉は考えつかない。本当は、もっと、気の利いたたくさんの言葉を並べた方が幹太の気持ちに寄り添えたのかもしれないけれど、今はありのままの私の心を伝えたかった。
長い話は、これから先にたくさんすればいい事だから。
幹太は少しだけキョトンとした顔をしている。
「俺の事、許してくれるの?」
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