君の左目

便葉

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彼の未来 …6

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私は大きく息を吸った。
そう、私はこの名前を言うためにこの場所へやって来たんだから。

「違う…
お父さん、お母さん、よく聞いて。
私の大好きな人は… 私の恋人は、鈴木幹太君なの…
幹太、だよ… お母さん、覚えてる…?」

バタン。急に大きな音がして、私は驚いた。
お母さんが椅子を後ろに引いた音だった。口に手を当てたままお母さんは立ち上がり、外の見えるベランダの方へ歩いて行く。

「お母さん! 逃げないで!
私の話をちゃんと聞いて…
もう、私の過去から、逃げないで……」

私の声が聞こえたお母さんは、その場に座り込んだ。そんなお母さんをお父さんが優しく抱き寄せ、リビングのソファに座らせる。

「寧々…
一つずつ説明して…
鈴木幹太君って、あの風尾小学校で一緒だった、幹太君か?」

お父さんの声も震えている。だって、幹太の存在は、この夫婦の中では悪魔の申し子と同じと言っても過言ではない。
私は嗚咽となって出てきそうな涙を何度も飲み込んだ。
幹太の今までと、幹太のこれからを、私の大好きなお父さん達に分かってもらいたいから。

「そう、あの鈴木幹太君。
私の初恋の人、私が小学校の時からずっと好きだった人…
あの事故の事だって、私はもう全部知ってるの…
幹太と結婚したいって思ったから、私はあの無くなった記憶を思い出したいって思った。幹太の口から聞くんじゃなくて、自分の力で思い出したいって」

お父さんは小さくため息をついた。

「それで、あの街に行ったのか…」

私は小さく頷いた。

「幹太と一緒に、前に住んでいた家にも行ってみた。
そしたら、お母さんが大事に育ててたキンモクセイの木がまだあって、私が行った時、季節外れの花を咲かせてくれたの…」

私の目にはまた涙がこみ上げる。
あの家で過ごした日々は本当に幸せだった。お母さん達もまだ若くて、幼い私と弟を大切に愛情を持って育ててくれた。

「あの家も、小学校も、何も変わってなくて、お母さん達にこの風景を見せてあげたいって思ったくらい…」

お母さんは私の話を聞きたくないのか、ずっと首を横に振っている。

「寧々、もう、やめて…
お母さんは、あの街も、幹太君の事も嫌いなの…
だから、幹太君と結婚だなんて、そんな怖い事言わないで…」

私は頭が真っ白になった。もう冷静に話なんてできない。

「幹太の何が嫌いなの…?
お母さんは何も知らないくせに…

私はちゃんと自分の頭の中で、あの日、あの運動公園で何があったか、思い出す事ができた。
確かに、幹太達と運動公園に遊びに行った時に起きた事故だった。
でも、あれは事故なの…
誰も悪くない、お母さんがそんなだから、幹太も優樹菜も雅也も隆志も、ずっと自分達を責めて生きてきたんだよ。
お母さんが勝手に決めないで。
事故に遭ったのは、私なの…
私がいいって言うんだから、それでいいの…」

お母さんは茫然としている。というより、何が起こっているのか理解ができていないみたいだ。でも、それでも、私は、幹太の事を話し続けた。

「お母さん、幹太、すごいんだよ。
日本で三本の指に入る有名な外資系企業で働いてる。
今年から東京勤務になって、それで、私達は再会したの。
きっと、今の幹太を見たら、お母さんもお父さんも…」

「寧々、やめて…
幹太君の話はもういい」

お母さんの声はとてもか細かった。あまりにもか細過ぎて、私の決心を鈍らせる。

「お母さんは…
寧々が事故に遭ったあの日を、思い出したくない…
あの街の事や、幹太君の話を聞いたら、あの光景が蘇ってきて息ができなくなるの。

だから、お願い…
お母さんの前で、幹太君の話はしないで…」

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