君の左目

便葉

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彼の未来 …7

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お母さんはそう言うと、二階にある寝室へ向かった。お父さんはふらつくお母さんの腰を支え、一緒に二階へ上がって行く。

私は一人になると、急に涙が溢れ出した。幹太にしても、私の両親にしても、心の傷が深過ぎる。私にとって何も知らずに過ごした十五年は、私の大切な人達の心の傷にほんの小さなかさぶたをかぶせたくらいで、何も傷口は癒やしていない。
あの事故のおぞましい記憶と今でも闘っているお母さんと幹太が、二人ともがあまりにも不憫過ぎて涙が止まらなかっった。
私がどうしようもなく途方に暮れて泣いていると、お父さんが二階から下りてきた。

「寧々… 大丈夫か…?」

お父さんの優しい言葉をきっかけに、私の本心が次から次へと表へ出てしまう。

「お父さん… どうしてなの…?

幹太は…
幹太は、私の命を救ってくれた…
崖の下まで小さい体で下りてきてくれて、血だらけの私を大粒の雨から必死に守ってくれた…
そのおかげで、私は助かったって、消防隊の人が言ってた…

お父さん、知ってた…?
幹太は、私の命の恩人なんだよ…

それなのに、何で、あんなに憎まれないといけないの…
私の左目は見えなくなったけど、でも、私の命を救ってくれた…
私は幹太に感謝してる…
だって、この命があったから、また幹太と再会できて、愛し合う事ができたんだもん…」

本当はもっともっと幹太の事を分かってもらいたい。
でも、私はあまりのやるせなさに、言葉じゃなく涙だけがどんどん溢れ出た。
幹太の事を分かってほしい… 
お父さんやお母さんが苦しんだように、幹太だって十字架を背負って苦しんできた事を…

私は大粒の涙に隠れてしまった言葉達を、必死に口に出す。

「お、お父さん… お願い… 幹太を助けてあげて…」

お父さんはティッシュの箱を私に渡した。
泣いてる場合じゃないだろって、何だかそう言ってるみたいに。

「幹太君が崖を下りて寧々の元へ駆け寄った事は、父さんも知ってた…
寧々が生死の境をさまよってる時、消防の人や警察の人にそんな話を聞いたよ。

でもね、寧々…
今だから、こんなに普通に話せるけど、あの時の寧々の姿を見たら、お父さんもお母さんも冷静ではいられなかった。

特に、お母さんは半狂乱になってしまって、何で寧々をあんな危ない場所に連れて行ったの?って、幹太君達を憎む事しかできなかった。
寧々の意識が戻って、でも、左目が全く機能していない事が分かって、お母さんはお母さんなりに、寧々を守る事だけ考えて生きてきた。

幸いな事に、寧々の記憶はあのおぞましい事故のところだけが抜けていて、だから、お父さん達は、あの事故の事を忘れる事にしたんだ。

幹太君が崖下に寧々を助けに行った事は、実は、母さんは知らない。
お父さんの中で、その事故の詳細や、特に幹太君達の事は、あの街を離れた時点で全て封印してしまったから」

お父さんは私の目の前に座って、私の顔を覗きこんだ。お父さんの顔にも葛藤が見える。でも、今の私は、幹太の事しか考えられない。

「それは…
それは、お父さん達の都合でしょ…?

あの事故の現場に取り残された幹太達の事は…?
子供だからって、気持ちも感情もないと思った…?

お父さん達が勝手に私達の繋がりを絶って、それでお父さん達は苦しまずに済んだかもしれないけど…
幹太や優樹菜達は、あの事故の現場を目の当たりにした私の友達は、私が一体どうなったのかも知らずに、私に謝りたくても謝る術もなくて、十五年間、ずっと罪を背負って生きてきたんだよ…

あの事故に悪い子なんて一人もいない…
崖にだって、私が自分の意思で行ったの。
幹太は遠回りしようって言ってくれた。
でも、私が行くって決めたの。

そんな事も何も知らないくせに、お父さん達は…」

本当はお父さん達を責めたくない。きっと、私の事を思ってしてくれた事だから。
でも、やっぱり、ちゃんと知ってほしい…
幹太は本当にいい人で、お父さん達を責める事もせず、全ての罪を自分で背負って生きてきた。
そして、こんな私をずっと愛してくれた…
幹太の事を許してほしい…
ううん、幹太との間にできた誤解を解いてほしい…
そして、私達の結婚を認めてほしい…

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