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彼の未来 …11
しおりを挟むそして、水曜日。
私は残業をしないように今日の分の仕事を効率よく振り分け、定時に上がるためにその仕事をテキパキとこなした。そんな私を今泉さんは心配そうに見守っている。
「寧々ちゃん、幹太君がいなくても大丈夫なの?
私だったら、幹太君のいる日に変更してもらうのに…」
私は笑顔で頷いて、元気な声で大丈夫ですと答えた。
私の親にこれから会おうとする幹太の事を思えば、私を受け入れてくれている幹太の両親に会う事は、とても容易で幸せな事。
緊張しないと言えば嘘になるけれど、大好きな恋人の両親を見る事はちょっと楽しみでもあった。
私は心配してくれる今泉さんを元気づけながら、定時に今泉さんと一緒に外へ出た。そして、駅前の交差点で今泉さんと別れ、幹太の両親の待つ琥珀亭へ急いだ。
琥珀亭には待ち合わせの六時より五分程早く着いた。目上の人を待たせる事はあり得ないと思っている私は、少しだけ胸を撫で下ろす。
「寧々ちゃん、いらっしゃい」
琥珀亭の斎藤さんが笑顔で私を迎えてくれた。
幹太が斎藤さんに電話をして事情を話していたため、斎藤さんは緊張の面持ちで私を奥の席に案内してくれた。
「幹太君のご両親、もういらっしゃるから。
結構、早くに着いて、僕の方からサービスでコーヒーを出して待っててもらってる。
寧々ちゃん、頑張って」
私は斎藤さんの言葉で一気に緊張感が増してきた。
ドキドキしながらいつもの一番奥の席に行ってみると、幹太の両親は、二人仲良く横並びに座ってコーヒーを飲んでいた。
「お待たせしてすみません。
幹太さんのお父さん、お母さん、初めまして。
渡辺寧々です」
私の一声で幹太の両親は二人一緒に立ち上がった。そして、私の事を確認すると、二人の目から大粒の涙が溢れ出す。
「寧々ちゃん…
元気そうで… 良かった…」
幹太のお母さんは溢れる涙を拭う事もせずに、私の手を取ってか細い声でそう言った。
お父さんは隣で、ポケットからハンカチを取り出して何度も涙を拭っている。
私は胸が痛かった。幹太だけじゃない、私の事故のせいで幹太の両親も十字架を背負って生きてきたに違いないから。
「私は大丈夫です!
あの事故で左目は見えなくなってしまいましたが、でも、私のこの命は幹太さんに救ってもらったって、心から感謝してるんです。
あの事故以降、少し記憶障害になっていて、でも、あの事故の事をちゃんと思い出した今でも、幹太さんを責める気持ちなんてこれっぽっちもありません。
あれは不幸の事故だったけど、でも、今、こうやって幹太さんと再会できた事の方が本当に嬉しいんです」
短い言葉だけれども、最初にちゃんと伝えたかった。
誰も責めてないし、今がとても幸せだという事を…
私は佇んで涙を流す二人に座って下さいと促した。幹太の両親の息子を想う涙に私の方も泣きそうになる。
しばらく静かな沈黙が続いた後、幹太のお母さんは何度も深呼吸をしながら、ゆっくりと話し始めた。
「寧々ちゃん…
まずは、本当に本当にごめんなさい…
幼かったとはいえ、あの事故は、やっぱりあの場所にいた幹太にも責任があると思っているの…
あんな危ない場所に、何で女の子の寧々ちゃん達を連れて行ったのかって…
寧々ちゃん、大変だったでしょ…?
左目を失くすって…
想像できない程の苦しみがあったと思う…
本当に本当に、ごめんなさいね、本当にごめんなさい…」
幹太の両親は二人して、私に頭を下げる。そんな二人の姿を見て、私も堪えていた涙がポトポトと溢れ出す。
「そして、幹太を許してくれて…
幹太と… 結婚までしてくれて、本当にありがとう…
幹太は本当に本当に寧々ちゃんの事が大好きだったから、幹太の心の傷を癒せるのは、寧々ちゃんしかいないって思ってた。
でも、寧々ちゃんが大きなケガをした事実を消す事はできなくて、寧々ちゃんに会わせてあげたいって思う一方、いっそのこと寧々ちゃんの事を忘れて前へ進んでくれたならなって思う事も多々あった。
私もお父さんも、幹太にこんな未来が待ってるなんて夢にも思わないから、幹太がいつか寧々ちゃんへの複雑な思いを乗り越えてくれる事だけを願っていた。
それが… こんな…」
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