君の左目

便葉

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彼の未来 …15

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幹太が千葉に通い出して一か月が過ぎた。
あまり多くを語らない幹太は、お母さんとの関係がどうなっているのか私に話す事はなかった。

でも、通い出して四週目の今日、幹太の帰りがいつもより遅い。
今までは半日もかからずに帰って来て、それでも、笑顔でただいまと言う幹太が切な過ぎて、私は何度も幹太を抱きしめた。でも、今日は、半日以上経ってもまだ帰って来ない。もしかしたら、急用ができて仕事に向かったのかもしれない。でも、私は、私の中でかすかな期待が膨らみ過ぎて、胸がはち切れそうだった。

六月の梅雨の季節なのに今日は珍しく快晴で私は洗濯物をベランダにたくさん干した。だけど、もうあっという間に取り込む時間帯だ。私がベランダに出て久しぶりの太陽を仰いでいると、スマホに幹太からメッセージが入った。

「今、東京駅に着いた。そっちに着くのは五時くらいかな」

私は冷静を装って「了解」と返事をする。
私は急いで洗濯物を畳み部屋の片付けを済ませると、駅へ向かって走った。早く、幹太に今日の出来事を聞きたい。期待を持ち過ぎる事にブレーキをかける自分もいたが、でも居ても立ってもいられなかった。
私は、駅の改札口が見えるベンチに腰かけて幹太を待った。

「幹太!」

休日のため人の往来が少ない改札口に、耳にイヤホンをつけて歩いてくる幹太が見えた。幹太は正面に見える私に驚いて、イヤホンを取りはてな顔で私を見ている。

「どうしたの? 駅前に用事でもあった?」

いつもの黒いリュックを背負っている幹太の表情が、こころなしか明るく見える。

「幹太の帰りがこんなに遅くなるって初めてだったから、何だか居ても立ってもいられなくて」

幹太は白い歯を見せてニコッと笑った。幹太の性格は分かりやすい。私はその笑顔に更に期待感が膨らんだ。
幹太は私の手を取って、家までの道を歩き出す。駅前を抜け人気のない道路に入った時、幹太はゆっくりと話し出した。

「今日はさ、いつもと雰囲気が違ってた…
今まではお母さんには会釈をする程度で終わってたのが、今日は、俺が訪ねたら、テーブルにご馳走がたくさん並んでて、もうビックリして…
お父さんは俺に目配せをするんだけど、俺は胸がいっぱいで何も言えなくて…」

「で、お母さんは何て言ったの?」

幹太はちょっと寂しそうに笑った。

「何も言わない…
ただ黙々とご飯の準備をしてくれるだけで、お母さんの方からは何も話してはこない。
お父さんが気を遣ってあれこれその場をつないでくれてさ、だから、俺、寧々のお母さんの子供の時に抱いてた印象を話したんだ」

私はまだ話の先は読めないけど、涙はほろほろと零れ落ちる。

「何か、寧々のお母さんも、あの頃の記憶を失くしてるみたいだった。
無理やり失くしたのか、自然と失くしたのかそれは分からないけど、俺の話を聞いて、ちょっとずつ思い出したみたいで。
そんなに多くは話さなかったけど、でも、最後に笑顔も見せてくれたよ」

私は待ちきれずに幹太の前に回り込んだ。

「それで?
私達の結婚の事は?」

幹太は首を横に振った。わざと顔をしかめ笑いながら私を見る。

「慌ててもいい事はないと思ったからさ…
でも、二人の名前を書いた婚姻届をお父さんに渡してきた。

俺は証人の欄には、寧々の両親の名前を書いてほしいって思ってる。
そして、そこに二人の名前を書いてもらって、初めて俺達の未来が始まると思ってる。
面倒くさい奴でごめんな…
でも、そういう何かで区切りをつけたいんだ。
俺達の壮絶な過去は色々な人達を不幸にしてきたけど、俺達がその過去に区切りをつけて前へ進み出せば、周りの人達もきっと幸せになる。

俺はそう信じてる…」

私は仕方なく頷いた。
自分の親だからこそ歯がゆい気持ち前に出てしまうけど、ぐっと我慢した。

「でも、美味しかった~~
寧々のお料理上手はお母さん似だな。
ちょっとだけだけど、俺は寧々のお母さんの笑顔を見れただけで本当に嬉しい。
だから、そんな残念な顔しないの」

幹太は本当に嬉しそうだ。今までの幹太の表情とは別物だったから。
私もつられて笑った。幹太が幸せならそれでいい。

家に帰り着いた幹太は、玄関に入るとすぐに私を抱きしめた。公共の前ではいちゃいちゃしないって、私に言われた事を忠実に守っている幹太は本当に可愛いい。

「寧々、俺は本当に嬉しかったんだ。
何でだと思う?」

幹太の声は弾んでいる。少年のような幹太の純粋な心が私の胸を打つ。

「ほら」

幹太はそう言うと、リュックの中から紙の箱を取り出した。私は見覚えのあるその紙の箱を見て息を飲んだ。
もう、箱を開ける前から分かっていた。その箱の中身…

「寧々のお母さんは覚えていてくれたのかな…
俺がこれが大好きだって事」

その箱にはお母さんの十八番が入っていた。
ふっくら膨らんだ黒糖味の蒸しパンは、香ばしい匂いをさせてその箱の中で私達を待っている。
お母さんの中でどこまで幹太の事を受け入れてくれたかは分からないけれど、でも、この十八番はお母さんの今の素直な気持ちだと私は思った。
だって、お母さんの作るこの十八番が、幹太は大好きだった。
お母さんの記憶の中に、もし、子供の頃のやんちゃな幹太が戻ってきてくれたのなら、幹太の事が大好きだった昔の自分に気付いてほしい。
いや、きっと、気付いてくれるはず…


「寧々のお母さんの十八番、めっちゃ美味しいからまた食べに行っていい?」

「いつでもいらっしゃい。幹太君なら大歓迎よ」

そんな楽しい過去があった事を早く思い出して、お母さん…

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