君の中で世界は廻る

花冷えの頃 …４

流人がいなくなったこの島は、どことなく寂しさが漂っていた。


流人が東京へ帰ったいう噂はあっという間に小さな島中に広がり、一人残されたきゆを見て流人にフラれたと言い回る人達もいた。

病院を訪れる人達も、きゆを見て切なそうな顔をする。
きゆはそんな人達に私達結婚するんですと声を大にして言いたかったが、いつもの笑顔を浮かべその言葉をぐっと飲み込んだ。

ちゃんと結婚をした時に皆に報告すればいい。
流人を信じてただひたすら待つことが、今の私には大切なことだから…


きゆが毎日の仕事を淡々と済ませているそんな中、院長先生の奥様から夕飯のお誘いがあった。
きゆが院長宅を訪れると、ダイニングのテーブルにたくさんのご馳走が並んでいる。


「きゆさんにいつかはお礼をしなきゃって思っていたの」


「お礼ですか？」


きゆはダイニングルームに入った途端、恐縮してそう聞き返した。


「そう、あんな素敵で有能な流人先生をこの島に呼んでくれたから」


院長夫婦は二人で目を合わせ笑顔になった。


「流人先生から、二人の経緯は聞いているのよ。
きゆさんがいてくれたから、私達は、特に主人は、心置きなく心臓の治療に専念することができた。

本当にありがとう、心から感謝してます…」


きゆは思いがけない言葉に驚いてしまった。


「流人先生が私達の事を？」


院長夫妻は同時に大きく頷いた。
きゆは動揺しながらも、流人の心遣いに思わず涙が溢れてしまう。
流人がいなくなってから、苦しいほどの寂しさや世間の目を浴びている居心地の悪さに立ち向かうだけで精一杯だった。
そんな中、心のつかえが取れていく魔法の言葉をもらったみたいに心が軽くなっていく。


「きゆさん、私達もあなた達と似たような境遇で結婚した二人なのよ」


「え、院長先生と奥様がですか？」


きゆは涙を拭いてそう聞いた。


「そう、私は埼玉にある病院の娘で、主人はこの田中医院を継ぐべき跡取り息子で、私がこの小さな島に嫁ぎたいって言ったら両親にもの凄い反対をされた。

でも、反対を押し切って結婚をしたの」


「それで奥様のご両親は、いつかは許してくれたんですか？」


奥様は下を俯いて静かに首を横に振った。


「今みたいな時代じゃないから、中々実家には帰れなくて、何となくは許してもらえてたような感じはあったけど、その事についてちゃんと話す機会もなく両親は他界して…

だから、今回、流人先生がきゆさんとの結婚を認めてもらえるように、ご両親と向き合って話し合いをすることには大賛成だった。

逃げない、投げ出さない、結婚するっていうのはそれだけ大変な事で尊い事、どういう結果が出ようとも、しっかり自分の気持ちを伝えてきなさいってそうアドバイスした…」