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つないだ手、たくさんのキス
①
しおりを挟む想太はとても機嫌が良かった。
机の上に山積みになっている書類の山も、鼻歌を歌いながらこなせるくらいに。
そして、想太はスケジュール帳を出して、これから先の夜の予定をチェックした。
今週はほとんど何も入っていないが、来週以降は接待や短い出張がところどころに入っている。
想太は少しため息をついて、また仕事に取りかかった。
昨夜の可南子はとても優しかった。
突然、想太と夜は一緒に過ごすと言ってくれて、ご飯も食べようって誘ってくれた。
想太は可南子の心境の変化に少し戸惑っていたけれど、それでも可南子の言葉は素直に嬉しい。
単純な想太は一人にやつきながら、より一層仕事に精を出した。
「可南子さん、今日の部長、めちゃくちゃ機嫌がいいですよ」
美咲が部長室を覗きながら可南子に言ってきた。
「そうなんだよ。
昨日の部長は怒ったライオンみたいに怖かったのに、今日は子どものライオンみたいになってる」
今度は課長が半分笑いながらそう言った。
可南子は、少し困っていた。
想太は子供の頃から、素直で単純でとても分かりやすい性格だ。
でも、もう二十七歳で、ここは会社だ。
機嫌よく嫌な仕事を取り組んでいることはいいことだけど、気持ちの波が激しすぎる。
今晩その事についても少し話をしなければと、可南子は教育係としてそう思った。
すると、想太が部長室から最高の笑顔で出てきた。
「部長、今日はすごく機嫌がいいですね」
美咲が面白がってそう聞くと、想太は美咲に握手を求めてきた。
「そうなんだよ~、分かる?」
想太は十二歳の少年に戻っている。
可南子は少しだけ厳しい顔して想太を睨んだ。
「ううん、そんなことはありませんよ。
僕はいつでも機嫌はいいんです。
今日だけじゃないですよ」
想太はそう言うと、美咲にウィンクしてその場を立ち去った。
美咲と可南子と山本は、三人で目を見合わせて爆笑した。
仕事のできるイケメン部長は可南子にかかれば子犬同然だという事を、きっと可南子以外の二人も気付いている。
想太は書類の決裁に追われ、あっという間に時間が経ったことに気付いていなかった。
時計を見ると夕方の5時を回っている。
想太はとりあえず手を止めて、椅子に座ったまま背伸びをする。
そして、ガラスの向こうに見える可南子を見ていると、内線に電話が入った。
想太が電話に出ると、聞きなれない声の男は自分の事を瀬戸と名乗った。
想太はすぐにピンときた。
「すみません、突然、こんな電話をかけてしまって。
柿谷部長は、この後少し時間をとれませんか?
ちょっと相談したい事がありまして」
想太はちょうどいいと思った。
自分も瀬戸という男と話したいと思っていたから。
「いいですよ」
電話を切った後、想太はすぐに可南子にLINEをする。
“ちょっと用事が入った。
19時頃には可南子の家に行けると思う
また連絡します”
可南子は不審に思う事もなく“了解です”と返信した。
今日は想太に何を作ってあげようか?とその事ばかり考えて、心はウキウキしている。
可南子は、料理をすることが大好きだった。
瀬戸とつき合っている頃は、よく瀬戸の部屋で手料理をふるまったものだ。
可南子は子供の頃の記憶を呼び起こして、想太の好物を思い出す。
子供の頃の想太は、カレーライス、ハンバーグ、唐揚げ、とにかく嫌いなものがない子だった。
でも、想太のおばあちゃんの作る卵焼きは、私も想太も大好きだった。
卵焼きか…
決めた。
カレーにサラダに卵焼きにしよう。
それも想太のおばあちゃん特製のとびきり甘い卵焼きに…
可南子はスーパーで買い物を済ませ、想太のためにたくさんのご馳走を作った。
でも、約束の時間になっても想太は現れない。
可南子は想太のスマホに電話して何度鳴らしても想太が出ることはなかった。
いくら待っても家に来ない想太が可南子は少し心配になり、今度はLINEでメッセージを送った。
“もう、準備できてるからね”
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