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籠の中に住む意地悪な奴
③
しおりを挟む「はい、どうぞ!」
いつの間にか姿を消していた謙人が、このビルの二階にあるカフェのロゴの入ったブラウン色の紙袋を、舞衣の目の前に置いた。
「実は、さっき、カフェの前を通ったらちょっとだけお友達の歯科衛生士の女の子にバッタリ会って、差し入れってこれをもらったんだ。何が入ってるか分かんないけど、開けてみてごらん」
舞衣は恐縮してしまった。
「だって、これはその方から謙人さんがもらったものなのに…」
「いいんだよ、どうせ、謙人にとってはあまり興味のない女の子なんだから」
映司は面白そうにそんな事を言う。
この究極のモテ男達の私生活は、舞衣には想像すらできない。でも、明らかに、謙人の顔は少しだけウザそうだった。
舞衣がとりあえずその袋を開けてみると、その中にはサンドイッチとスコーンが入っている。
「あ、俺、要らない、要らない。
舞衣ちゃんが食べて。
気兼ねなく食べてね。俺はもうちゃんと食事は済ませてるからさ」
「あ、ありがとうございます…」
舞衣は下を向いてそう言った。下を向かなきゃ、皆の優しい顔を見ると涙が出てきそうだから。
「舞衣、奥にあるサロンで食べてきなよ」
サロン??
あ、あの素敵なカフェのようなフリースペースのことだ…
「はい、ありがとうございます。急いで食べてきます」
「ゆっくりでいいよ。
僕にとっては、初日で舞衣が辞めたりしちゃう方がショックだからさ。英語のレッスンも別に今日じゃなくてもいいし」
ジャスティンの青い綺麗な瞳は、伏し目がちで寂しそうだ。
「大丈夫です!
昼食を済ませたら、すぐに始めて下さい。
よろしくお願いします」
舞衣が元気にそう言うと、ジャスティンは嬉しそうに笑った。
舞衣はまだそこに座っているジャスティンの分までコーヒーを淹れた。このサロンはセルフのコーヒーメーカーからエスプレッソマシンまで、お茶と名のつく飲み物は全ての物が揃っている。
舞衣がジャスティンの隣に座りサンドイッチを食べていると、ジャスティンはホッとした顔をして舞衣にこう聞いてきた。
「凪に何て言われた?」
舞衣はパンを喉に詰まらせてしまった。あの凪から投げつけられた言葉はもう思い出したくない。
「さっき、実は、凪にちょっと聞いたんだ」
舞衣はもう泣きそうだった。一度の言葉だけでも立ち直れないのに、二度も三度もそれにイケメンに言われたくない。
「あいつ、何のことだか全く分かってなかった。
でも、一通り、舞衣と交わした会話は聞いた。
あんなひどい事言われたんだね…
最低だよ、あいつ……」
舞衣はジャスティンの言葉を聞いて、涙がポトポト落ちてきた。
伊東凪ってどういう神経してるの…
あんなひどい事言っておいて、何の自覚もないなんて……
「舞衣…
舞衣はすごく可愛いよ。
ゲイの僕に言われても、全然嬉しくないかもしれないけど……
凪だって、本当はそんな事は思ってないよ。だから、落ち込まないで」
本当に本当に、ジャスティンって優しい…
そんなジャスティンのためにも、一か月は辞めるわけにはいかない…
「ありがとうございます。
私、凪さんはちょっと怖いけど、でも他の皆さんはすごく優しいし、辞めないですから…
だから、ジャスティンさん、心配しないで下さい」
「それで急なんだけど、今夜、舞衣の歓迎会をすることになったから」
「こ、今夜ですか??」
舞衣は何もかもが急過ぎて、ジャスティンにそう聞き返した。
「そう、もしかして今夜は空いてない?」
「い、いや、大丈夫ですけど……」
でも、今日は凪さんの顔はもう見たくない……
「映司も謙人も舞衣の落ち込んでる姿を見て、何かしてあげたいって思ってるみたいだよ。
トオルもちょっとだけなら顔を出せるって言ってるし」
「な、凪さんも、来るんですよね…?」
ジャスティンは目を細めて愛おしそうに舞衣を見ている。
「もちろんだよ。舞衣に謝ってもらう」
「いやです。そんな事はしなくていいです。
そんなんだったら、私……」
「冗談だよ。
でも、舞衣にも凪の事を分かってもらいたいし、凪にも舞衣の事を知ってもらいたい。
せっかく同じ職場で働くのに、仲良くしてもらいたいしさ」
舞衣は小さく頷いた。
もしジャスティンがゲイじゃなかったら、私はジャスティンを好きになったかもしれない。
あんな意地悪な凪さんじゃなくて、優しいジャスティンを…
え? ちょっと待って…
私、凪さんの事好きになっちゃったの?
舞衣がジャスティンとの英語の勉強を終え自分のデスクでくつろいでいると、大人の雰囲気をまとった癒し系のトオルがやって来た。今日は災難だったねみたいな何でも分かっている表情で、舞衣を見つめながら。
「舞衣ちゃん、今日はたいへんだったね。
疲れただろ?
舞衣ちゃんの歓迎会なんだけど、ちょっとスタートが20時とかになりそうなんだ。
それで順番は逆なんだけど、歓迎会の前に舞衣ちゃんにプレゼントを贈ろうと思って」
「プ、プレゼントですか??」
舞衣はいつも突然で想像がつかないこういう展開に、毎回驚かされてしまう。
「そう、プレゼント。
でも、その前にしなきゃならない事があって。
今から教える事は舞衣ちゃんのここでの大切な仕事の一つでもあるんだ。
さっき、ジャスティンに教えてもらったこの会社のサイトを開いてみて」
舞衣はスマホのメモに保存していた手順を見ながら、トオルの言うようにここのサイトを開いた。
「私のページでいいですか?」
トオルは舞衣の後ろからパソコンを覗きこみ、優しく頷いた。
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