初めまして、またいつか

便葉

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初めまして、またいつか

初めまして…

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 ある朝、目を覚ますと、僕の枕の端に小鳥がとまっていた。
 窓も開いていないのにどうやって入ってきたのだろう…

 僕は殺風景な病室にひと際目立つ色鮮やかな小鳥をそっと見た。小鳥の小さなその目は僕の目を捉えていて、ちょっとゾッとする。でも、何だかその瞳に魅入られて僕が目を逸らさずにジッと見ていると、その小鳥の方から声がした。

「ほら、あなたのあの子を探しにいくよ」

 え…? 喋った?
 喋るはずはない、だって人間じゃないんだから。でも、僕の耳に届いたあの声は何?
 僕は不思議な感覚に囚われながら、無意識にそっとその小鳥の方に手を伸ばした。

 それはあっという間の出来事で、僕の思考はついていけない。小鳥に手を伸ばした瞬間に、僕の体は宙に浮いた。宙に浮いたと思ったら、多分、きっと、僕自身も小さな鳥になって自分が寝ている部屋から外へ飛び出した。
 どうやら天井の隅にある古い換気扇の換気口が出入り口らしい。僕はちょっとだけほくそ笑みながら、この不可思議な非日常に身を預けた。

 僕は一体どこをどう飛んでいるのだろう。
 僕は病院のある街の風景を何も知らない。多分、急にこの病院に搬送された僕は、まだ退院できていないから病院のある場所を知るはずもない。それに僕が空を飛んでいるという現実だって本当かどうか分からないのに、この場所を特定できるはずがない。
 でも、確実に言える事は、僕はどこかの街の上を飛んでいる。それも軽快に自分の力で。

「あなたのあの子はどこにいるのかしら?」

 僕はまたビクッとした。でも、今話しかけられたその声は、確実に僕の耳元でそれもかなりの至近距離で聞こえた。

「あの… 誰ですか? というより、僕は今どんな状態なんでしょうか?」

 僕以外の誰かがいる事ははっきりと分かっている。僕の中で、風を切りながら空高く飛んでいる感覚もそれは間違いないものと認識していた。
 その人は、いや人なのかも分からないけれど、でも会話ができているから人に違いない。その声の主は、フフッと楽しそうに笑った。

「あなたの付き添いを頼まれただけ。
 今みたいにどうして?何で?っていう疑問を、少しだけ答えてあげる仕事なの」

 姿形は見えないけれど、きっとあの小鳥だという事は分かっていた。
 でも、小鳥が日本語を話すか? 
 やっぱり小鳥の姿をした人間に違いない。確かに、その人の言うように、たくさんの何で?という疑問文しか浮かんでこない。そんなやりとりの間も、僕は高速で空を飛んでいた。

「あの… じゃ、いきなり質問していいですか?  僕は、もう死んだんですか?」

 少しだけしか答えられないのなら、一番肝心な事を知りたい。僕はさっきまで病室にいた。これが夢でない限り、僕はもう僕ではない。だって病室で寝ていた僕がこんな風に空を飛んでるなんて神様しか成しえない技だ。
 その人はまたフフッと笑った。

「いきなりのストレートな質問ね…
 ごめんなさい、それについては答える事ができないの。
 それはこれからあなたが感じる事、あなたが感じた事がきっと答え。
 私は、あなたの大切な物を一緒に探すために、大きく羽ばく羽を、あなたが向かう場所にちゃんと着くように貸してあげてるだけ」

 僕は納得した。この人は小鳥の姿をした天使で、可哀想な僕を救いに来た。
 救うって何を? 
 それは僕が聞きたい、だって僕はどのみち死んでしまうんだから。

「この間も一緒に空を飛んだのよ」

「この間も?」

 僕は何の事かさっぱり分からなかった。それならば、このまま死んでしまうのではないらしい。だってこの間も同じような事を体験したのなら、その後に、僕はちゃんと自分の体に戻っている。
 すると、その人の息が僕の耳たぶにかかった気がした。やっぱり僕はまだちゃんと生きている。僕の五感がはっきりとそう告げた。

「この間も、あなたの大切なものを一緒に探しに行ったの」

 僕は生まれた時から羽があったように、何も危なげもなく空を飛んでいた。風の感触が気持ちよく太陽の陽の光が眩し過ぎて、心が躍動しているのが分かる。
 そして、その人の話の内容はしっかりと頭に入れた。この不思議な体験を、確実に自分の記憶の中に刻みたい。

「この間、僕は何を探しに行ったんですか?」

 僕はまだ十九歳で、欲しい物は山ほどある。そんな僕が天使を引き連れて何を探しに行ったのだろう。

「あなたのお母さんを探しに行ったのよ」

「お母さん? お母さんなら…」

 僕はそう言いかけて口を閉じてしまった。元々勘のいい僕は、この人が指しているお母さんが今のお母さんではないという事を理解した。
 そうだよな… だって、今の母さんなら病院に毎日やって来るし。

「あなたは頭のいい子ね。だから選ばれたのかしら…
 そう、今のお母さんじゃない、来世のお母さんを探しに行ったの。
 子供は母親を選べるのよ。そして、あなたはちゃんとその母性を感じ取った」

 僕はやっぱり近い未来に死んでしまうんだ。そして、今の出来事は死ぬための準備…

「この先、死んでしまった僕は、またすぐに他の誰かとなって生まれ変わるんですか?
 そんなに早く?」

 やはり死んでしまうという現実に、少しだけ気持ちが落ちてしまった。羽ばたいている翼が重く感じる。重く感じるという事は、きっと急降下しているに違いない。
 僕は、果てしなく続く青い空に少しだけうんざりしていた。今の僕が空が青いとか陽の光が美しいとか、この壮大な風景を今の僕が大切に想う人達に見せてあげたいとか、きっとそういう風に感じる事はこれが最後なんだろうと、悲しいけれど分かっていたから。

「人は必ず死ぬもの。それが遅いか早いかだけ。
 でも、魂は永遠に生き続ける。あなたという個体は生まれ変われるチャンスがあれば、また違う誰かになって尊い世界に生を受ける。
 それの繰り返し…

 そしてあなたには、もうそのチャンスが保証されている。でも、時期は全く分からない。だって、あなたの魂と結びついている違う魂が、まだ今の世界を生きているから。
 だから、縁という契りを結びにいくの。
 あなたの魂が求めてやまない人に、必ず出会えるように印をつけにいく」

 僕の耳元でそう囁くその人の声に悲壮感はない。逆に素晴らしい瞬間に立ち会えて嬉しいわみたいな、そんな感情が僕の胸にビシビシ伝わってくる。
 どのみち人は死ぬ生き物で、今の感じじゃ、僕はこの若さで死んでしまうらしい。
 新しい縁の契りを結ぶ事は最高に素晴らしい事なのかもしれないが、今の僕にとっては全く興味はないし嬉しくも思わない。だって、今現在の僕の思考は、僕の身近にいる人への愛で満ちあふれている。例えば、両親や兄弟や、片思いのあの子とか大切なペットとか…

「前回の旅で、僕は次のお母さんを見つけたんですか…?」

 僕の耳たぶに触れるその人の息遣いで、その人が笑っているのが分かった。

「簡単に見つかったわ。それ以上は言えないけど」

「何で僕は覚えてないのかな…」

 その人の正体は今の僕の知識では理解できない。理解しようと努力する気にもなれない。だって、もしかしてこの人は僕自身なのかもしれないから。

「記憶というのは、人間特有の情報伝達のツールであって、あなたが今から旅立とうとしている世界には必要ない。
 あなたという個体は、目には見えないいわゆる魂という不可思議なものになって、その魂はすべて直感で判断するの。

 実際、人間には魂が宿っている。だから、あなたが生を受ける偶然も、愛する人との結婚も、その愛する人との間に生まれた子供達との出会いも、全てあなたの魂が直感で手繰り寄せたもの。今までだって、これからだって、それは変わらない」


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