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始まり
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海人はひまわりを見送った後、冷たい水で顔を洗った。
ずっと脱ぎ捨てたかった軍服を上着だけ脱いでみる。
海人は泥と汗と仲間の血がしみ込んでいる上着をきつく丸めて、水道台の上に置いた。
そして、持っていた手ぬぐいをしっかり洗いきつく絞って体中をふきまくった。
この星空の下、誰も僕を知らない。
何かの拍子で時間をまたいできてしまった僕は、今のこの幸運を神に感謝をするだけだ。
もう戦地には戻りたくない…
高台の公園から見える街の明かりがとても美しく、海人はしばらくずっと眺めていた。
これから、僕はどうすればいいのだろう?
考えれば考えるだけ、不安が波のように押し寄せてくる。
海人はもう一度水道の蛇口をひねり冷たい水を口に含み、そして更に、蛇口を全開にひねり流れ落ちる水の中に頭を突っ込んだ。
ひとしきり水に打たれた海人は、ようやく頭をあげて顔を拭いた。
水の中で呼吸を整えながら何も考えずにいたせいで、少しは元気を取り戻せた気がする。
海人は丸めた上着をわきに挟み、頭や顔を手ぬぐいでこすりながらベンチへ向かうと、息を切らしながら階段を駆け上るひまわりの姿が遠くに見えた。
海人はまだ会って間もないこの女性が、これからの自分の運命を握っている大きな存在であることを少なからず感じていた。
ひまわりは海人と別れてから、ずっと早歩きで家へと向かった。
ほっといて帰っていいの?と心配する自分と、関わっちゃダメと突き放す自分が、頭の中で言い合いをしてる。
国道の交差する三叉路で信号待ちをしている時に、ひまわりはやっと自分の気持ちに素直になれた。
気になってしょうがない…
ひまわりにとって、それは記憶喪失かもしれない海人を案じての気持ちなのか、海人の屈託のない笑顔が忘れられないからなのか、考えても考えても出てくる答は一つだけ。もう一度会いたい…
まだ、あの公園にいればいいのだけれど。
ひまわりは焦る気持ちを抑えながら、ただひたすら走った。
小さい時から走るのは大の苦手のはずなのに、一分でも一秒でも早くあの公園に戻りたかった。
私が守ってあげる…
なぜだか分からないけれど、心の底からそう思える事が不思議で心地よかった。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
ひまわりがやっと階段を上り終えて前を向くと、そこにはびしょ濡れの海人が立っていた。
「よかった、まだここにいてくれて。
ハァ、ハァ…」
そう言うと、ひまわりはペタリと座り込んでしまっていた。
「大丈夫ですか?」
走り寄って手を差し伸べてくれた海人は、顔を洗ったせいかひまわりには別人に見えた。
「僕を心配して戻ってきてくれたんですね?」
海人はひまわりをベンチまで運んだ。
濡れた雫が海人の丸刈りの頭からポトポトと垂れている。
ひまわりの目に映る公園の灯りによって照らし出された海人の顔は、ただただ美しかった。
ひまわりは高鳴る鼓動にとまどいながら、とうとう言ってしまった。
「よかったら、家に来ませんか?」
恋に落ちるというものが、どういうものなのか私は知らない。
それは、きっと、過ぎ去ってしまった後に思い返すことなのだろう。
海人に知り会えたこの日を私は決して忘れない。
初めて愛する人が海人でよかった…
そして、私の静かな日常がここから変わる…
ずっと脱ぎ捨てたかった軍服を上着だけ脱いでみる。
海人は泥と汗と仲間の血がしみ込んでいる上着をきつく丸めて、水道台の上に置いた。
そして、持っていた手ぬぐいをしっかり洗いきつく絞って体中をふきまくった。
この星空の下、誰も僕を知らない。
何かの拍子で時間をまたいできてしまった僕は、今のこの幸運を神に感謝をするだけだ。
もう戦地には戻りたくない…
高台の公園から見える街の明かりがとても美しく、海人はしばらくずっと眺めていた。
これから、僕はどうすればいいのだろう?
考えれば考えるだけ、不安が波のように押し寄せてくる。
海人はもう一度水道の蛇口をひねり冷たい水を口に含み、そして更に、蛇口を全開にひねり流れ落ちる水の中に頭を突っ込んだ。
ひとしきり水に打たれた海人は、ようやく頭をあげて顔を拭いた。
水の中で呼吸を整えながら何も考えずにいたせいで、少しは元気を取り戻せた気がする。
海人は丸めた上着をわきに挟み、頭や顔を手ぬぐいでこすりながらベンチへ向かうと、息を切らしながら階段を駆け上るひまわりの姿が遠くに見えた。
海人はまだ会って間もないこの女性が、これからの自分の運命を握っている大きな存在であることを少なからず感じていた。
ひまわりは海人と別れてから、ずっと早歩きで家へと向かった。
ほっといて帰っていいの?と心配する自分と、関わっちゃダメと突き放す自分が、頭の中で言い合いをしてる。
国道の交差する三叉路で信号待ちをしている時に、ひまわりはやっと自分の気持ちに素直になれた。
気になってしょうがない…
ひまわりにとって、それは記憶喪失かもしれない海人を案じての気持ちなのか、海人の屈託のない笑顔が忘れられないからなのか、考えても考えても出てくる答は一つだけ。もう一度会いたい…
まだ、あの公園にいればいいのだけれど。
ひまわりは焦る気持ちを抑えながら、ただひたすら走った。
小さい時から走るのは大の苦手のはずなのに、一分でも一秒でも早くあの公園に戻りたかった。
私が守ってあげる…
なぜだか分からないけれど、心の底からそう思える事が不思議で心地よかった。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
ひまわりがやっと階段を上り終えて前を向くと、そこにはびしょ濡れの海人が立っていた。
「よかった、まだここにいてくれて。
ハァ、ハァ…」
そう言うと、ひまわりはペタリと座り込んでしまっていた。
「大丈夫ですか?」
走り寄って手を差し伸べてくれた海人は、顔を洗ったせいかひまわりには別人に見えた。
「僕を心配して戻ってきてくれたんですね?」
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