あの夏に僕がここに来た理由

便葉

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友達

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ひまわりの作ったカレーはとても美味しかった。そして、食事の間、二人は色々な話をした。
ひまわりの中では、海人は、記憶をなくしていることになっている。
海人はそれを利用してたくさんの質問をした。質問の多くは、他愛もない普段の生活の事だ。部屋の中を涼しく保っている天井近くで動いてる機械は何?とか、彼女が肌身離さず持っている手のひらサイズの電話のようなものは?とか、聞き出したら止まらないほどの数多くの質問にもひまわりは快く丁寧に答えてくれる。
何も知らない海人の事を馬鹿にすることもなく、分かりやすいように時には身振り手振りも交え、ひまわりは細やかにそして優しく海人を気遣いながら色々な事を教えてくれた。

「ひまわりさんは何歳になりますか?
女性に年齢を聞くのは、いつの時代も失礼なことだとは思うのですが…」

ひまわりの顔から笑みがこぼれた。

「19歳になります。大学二年生です。
友達は上手にお化粧とかして大人っぽいんだけど、私はまだお化粧は苦手で、だから年より幼く見られがちなんです」

はにかんだ笑顔で話すひまわりから、海人は目が離せない。

「海人さんは?」

ひまわりは聞いたと同時に顔を曇らせた。

「…ごめんなさい」

そんなひまわりを見て、海人は笑顔で首を横に振った。

「多分、二十歳くらいかな。そんな気がします」

こんなに平穏な時間を過ごしたのはどれくらいぶりだろう…
あまりにも突然の出来事に僕は時間を超えたと思っているけれど、もしかすると僕は死んでしまっていて、彼女がいるこの世界は天国なのかもしれない。
食後に出された冷たいゼリーというものを頬張りながら、海人は太ももの裏を思いっきりつねってみた。
痛い… ここは本当に現実なんだ…

かなり夜も更けてきた。

「僕はそろそろ帰らないと。ひまわりさんも疲れたでしょう?」

「え、でも、海人さん、帰るところはないんじゃ…」

ひまわりは、海人が帰ろうとしている事に寂しさが一気にあふれ出す。

「海人さんさえ嫌でなければ、今日はうちに泊まって下さい。
奥にある客間はいつもガランとしてて、海人さんがそこに寝てくれれば部屋も喜んでくれると思うんです」

「え、でも…」

海人がそう言いかけると同時に、ひまわりは奥の部屋へ走っていった。

「海人さ~ん、お布団準備しておきますね~」

ひまわりの親切な申し出をそのまま受け入れてよいものだろうか?
そう思うことと相反して、まだ彼女と一緒にいたいと心が叫んでいる。
海人は考えたあげく、彼女の言葉に甘えることにして奥の部屋へ行ってみた。
真っ白い敷き布団にふかふかの枕、薄手の掛け布団は半分に折り畳まれていて、ひまわりのおもてなしに胸を打たれた。
ひまわりの傍にずっといたい、僕は心からそう思った。

ひまわりは海人が客間に入るのを見送ってから、リビングに戻りソファに腰かけた。
自分の大胆な行動に困惑しつつ、海人がまだここに居てくれる事にホッとした。
さっき知り会ったばかりの男の人を家に泊める私は、きっとどうかしている。でも、今の私に理性は働かない。何もかもが本能で動いている。
そして、こういう気持ちにどう対処していいのか全く分からなかった。
ひまわりは一息ついてから、テーブルの上をきれいに片づけた。そして、シャワーを浴びてベッドに横になった時は、もう深夜の12時を回っていた。
しかし、目を閉じても、海人の笑顔しか浮かんでこない。
砂漠と化したひまわりの荒んだ心に、海人は小さな種を蒔いてくれた。その種が芽を出して、つぼみになって、花を咲かせるのはいつのことだろう。そして、私の心にその花が咲いた時、私と海人は結ばれているのだろうか…?
ひまわりはこのまま朝を迎えてしまいそうな自分の状況に戸惑いながら、必死に眠りについた。

次の日の朝は、二人とも早起きだった。
ひまわりと海人は一緒に朝食の準備をし食事をすませ、その後、海沿いまで散歩に行くことにした。
とても天気がよかったので、ひまわりは髪を下ろして大きめの帽子を被った。

「ひまわりさんは、長い髪がよく似合う。
それにお化粧っ気がないことを気にしてたけど、僕は、僕はそのままのひまわりさんがいいと思います。
…いいというか、そのままでもとても綺麗で、今まで僕が見てきた女性の中で一番素敵です」

海人はそう言いながら照れくさくなった。きっとひまわりのような綺麗な女性は、褒められることに慣れているのだろう。
海人は、20歳になっても恋愛経験のない自分を情けなく思った。
今のこの時代の若者は、きっと僕のようではないはずだから…

「ありがとう…
そんなことをあまり言われたことがないから、ちょっとびっくりしちゃって。でも、すごく嬉しい」

顔の緩みが止まらないひまわりを見て、海人はホッとしながら微笑んだ。
すると、ひまわりは祖父が愛用していた麦わら帽子を海人に被せた。鏡に映る海人は、まるで案山子のようだ。
ひまわりがクスッとと笑うと、海人も肩をすくめて困った顔で微笑んだ。
海人の一つ一つの仕草や声に、こんなにもときめいている私…
もっともっと彼を見ていたい。
こんな気持ちになるなんて夢にも思わなかった。
ただ通りすがりで出会った二人なのに…
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