あの夏に僕がここに来た理由

便葉

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過去

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朝方に見る夢は、願望の現れだと聞いたことがある。
僕は、毎朝、同じ夢を見る。
母と妹達が暮らす家に向かって、ただひたすら走る夢を…

海人が過去からここへきて三日が経った。
まずは、ひまわりとの約束を思い出し、荒れてしまった庭を一から作り直す事にした。煉瓦で小さな花壇が作られているが、長い間、誰も手を入れずにいたのだろう。雑草は伸びて、煉瓦の囲いまでも隠している。所狭しと生い茂る雑草は、想像していた以上にやっかいだった。
それでも海人は仕事に専念した。
精を出すことで心が幾分軽くなる気がして、夏の日差しの中、海人は時間も忘れ夢中で働いた。

「海人さん、休憩しませんか? 
雲行きも怪しくなってきてるみたいだし」

居間へ行ってみると、スイカの甘い匂いがした。その真っ赤なスイカは、食べやすいように小さく切ってあった。海人はひまわりがテーブルについてから、それを一つを口に放り込んだ。

「甘くてすごく美味しい」

海人がそう言うと、ひまわりも一つ頬張ってみる。

「本当だ、めちゃくちゃ美味しい。
これは、荒れ放題の庭を片づけてくれている海人さんへのご褒美です。甘くて良かった~」

海人はひまわりを見て微笑んだ。ひまわりの笑顔は、いつでも僕を癒してくれる。

夕方近くになると、雲が低く垂れこみ辺りを覆ってきた。あっという間に、真っ黒い雨雲が空を埋めつくす。
外をぼんやりと見ていると、三日前の雷雨を思い出した。海人がここへ来た時も、外は雷が光り大粒の雨が降っていた。
そして、今、外はあの時と同じ異様な暗闇に包まれている。
家に帰れるかもしれない…
一瞬そう思った海人はいても立ってもいられなくなり、ひまわりの家を飛び出した。
公園までの道のりはまだ覚えている。
ポツポツと雨が落ちてきているのにも気づかずに、海人はただひたすら走った。階段が見えた時はかなりずぶぬれになっていたが、それでも空を覆う真っ黒い雨雲は先へ先へと海人を焦らせた。
やっとベンチへ辿り着き、腰を下ろしたと同時に空が光った。海人は心の中で何度もつぶやいた。
母さんと妹達の元へ帰してください…

海人は、しばらくそこで茫然としていた。空は明るさを取り戻し、雨は小雨に変わっている。
海人はやりきれない思いに体が震えた。
僕は未来へ来てしまった…
それは幸せなことなのかもしれない。
親切で可愛らしいひまわりさんが、いつも側にいてくれる。
それに、僕は、戦争も飢餓もないこんな未来をずっと夢見ていた。
だけど…
だけど、僕は家族の元へ帰らなければならない。
飢えを耐えて、僕の帰りを待っている家族の元へ…

ひまわりは玄関のドアがバタンと閉まる音を聞き、居間を覗いた時にはもう海人の姿はなかった。
玄関から外へ出てみると、傘もささずに慌てて走る海人が見えた。
海人の後をついて行くと、途中で、海人が公園へ向かっていることに気付いた。
ひまわりは雨に濡れて走る海人の後姿を見ながら、これ以上尾行することをやめた。
何らかの事情があるに違いない。
それを知る勇気が私にはない。
海人に渡すために持ってきた傘を見つめ、ひまわりは家へ引き返すことにした。
すると、雷が光り雨足が激しくなる。ひまわりは海人と出会った三日前を、ぼんやりと思い出した。
あの時、海人はどこからやって来たのだろう…
でも、今のひまわりにはそんなことはどうでもよかった。海人が、無事に自分のもとへ帰ってきてくれることだけを祈りながら、家路についた。
外は雨が上がり、涼しい夜風が吹いている。ひまわりはクーラーを消して窓を開け、そして、縁側に座り海人が帰ってくるのをずっと待った。すると、誰かがこちらへ歩いてくる足音が聞こえる。
ひまわりは、待ちきれずに外へ飛び出した。

「海人さん、おかえりなさい」

海人はハッとした顔をした後、ばつが悪そうに下を向いた。

「ひまわりさん、ごめんなさい。突然出て行って…
そして、こんなに濡れて帰って来てしまって…」

ひまわりは海人が突然いなくなった事には触れず、帰って来てくれた事だけがただ嬉しくて、何も言わずに笑顔で迎え入れた。
海人はそんなひまわりを見て、一粒の涙を落とした。
もう、きっと、僕は家族の元へは戻れない…
もう、僕にはひまわりしかいないのかもしれない…

「早くお風呂に入らないと、風邪をひいちゃう。
私は全然気にしてないから大丈夫…」

海人はそう言うひまわりに真剣な眼差しでこう言った。

「僕はひまわりさんに話さなきゃいけないことがあるんだ。
僕の本当の過去の話を…
ひまわりさんには、ちゃんと話しておきたい…
驚かないで聞いてもらえますか…?」

ひまわりは何となくだけど嫌な予感がした。でも海人の顔を見てちゃんと頷いた。
お風呂に入る海人を待つ間、本当の過去の話とは何だろうと、ひまわりはずっと考えた。
海人がもたらす真実の告白は、これからのひまわりの人生を大きく変えてしまうことになる。そんな事に気付くはずもなく、ひまわりは海人のために冷たい飲み物を用意する。

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