あの夏に僕がここに来た理由

便葉

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過去

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あの時、ひまわりは心から海人を守りたいと強く思った。
そして、今の私は全く知らない世界に放り出された海人を、もっと守りたいと心から思っている。

「私は、海人さんが、過去から来たという話を信じます。
信じなきゃ前へ進めないもの。
だから、私には何でも話してほしい…
そして、海人さんが帰りたいのなら、また過去へ戻れる方法を一緒に探そう」

「ありがとう、本当にありがとう」

海人はこみ上げてくる安堵の涙を堪えきれずにひとしきり泣いた。

ひまわりは海人の涙にもらい泣きをしながら、でも、まだ半信半疑の自分もいた。

「海人さんは戦地にいたの?」

「うん」

海人の顔はこわばっている。
ひまわりは海人が戦争の話には触れてほしくないのだと思い、海人の家族の話を聞く事にした。

「海人さんの家族は?」

海人は少しだけ笑顔になり、ソファに寄りかかった。

「僕の家族は、母と妹二人の四人家族。
父は、一番下の妹が生まれる前に死んだんだ。
僕が13歳の時だった」

それから、海人は自分の家族の話をたくさんしてくれた。
でも、一見、幸せな表情を浮かべて見える海人の顔に、時折、寂しさが滲み出る。
私はふと思った。
海人のお母さんや妹さん達は、何も知らずに海人の帰りを待っている。
海人を家族の元へ帰してあげなければならない…と。

海人はひまわりからの質問に正直に答えた。
ひまわりが海人の告白を真剣に考えて受け入れてくれた事に心から感謝したし、海人の話に一喜一憂しているひまわりがとても可愛かった。
海人は母や妹の事をひまわりに話す時、色々なエピソードを面白おかしく話した。
貧しい生活だったけれどいつも笑いが絶えなかった事や、母と妹達が、僕をどれだけ頼りにして愛してくれていたかとか…
時代は違っても、家族への愛情は何も変わらない。
海人はひまわりに話す事によって、母や妹達の顔が鮮明に甦ってきて息が詰まりそうだった。
母さん達は、無事に生きているだろうか…

かなりの長い時間、海人は自分の話ばかりしていた。
そして、ひまわりは納得してこう言ってくれた。

「明日から一緒に図書館へ行こう。
この時間旅行?タイムトラベル?について色々調べなくっちゃ」

そして、海人は、最後にどうしても知っておきたい事があった。

「ひまわりさん、今度は僕が質問していいですか?
あの、戦争のことなんだけど…
1944年当時、僕達日本軍はまだアメリカと戦っていた。
その時の戦争の結末を教えてほしいんだ。
これからこの未来で生きていく上で、それだけは知っておきたいって思って…」

ひまわりは下を向き、そして、一息ついてから話し始めた。

「日本は…
日本は負けました。
終戦を迎えたのは1945年の8月…」

ひまわりの声は震えている。

「日本は負けたんだ… それも一年後に…」

海人はあまりの衝撃に呆然とした。
戦争で見た無残な光景が、走馬灯のように頭を駆け巡る。
僕はあの戦争でたくさんのものを失った。
70年後の今を生きている人々は、あの戦争をもう忘れているのだろうか?
海人は、この時代で、生きていく自信をなくしてしまいそうだった。
僕の家族は、故郷は、どうなったのだろう…
その質問だけは、怖くて、どうしても口に出来ない。
今、僕がこうして生活しているこの時代が本物だとすれば、この間まで必死に戦って生きてきた僕や、僕の仲間達の苦しみや絶望は、きっと無意味ではなかったんだ。
そう思わなきゃ、この胸の苦しみは、一生癒えることはない。

海人は、それ以来、戦争のことは心の奥底に封印した。

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