あの夏に僕がここに来た理由

便葉

文字の大きさ
上 下
14 / 48
嫉妬

しおりを挟む
海人の告白から二日が過ぎ、ひまわりは図書館でタイムトラベルに関する書物を借りれるだけ借りてきた。
海人は、あいかわらず庭の仕事に精を出している。
海人は戦争の結末を知ってしまった後、少し無口になった。そして、ひまわりは、そんな海人を励ますことができずいた。
戦争という言葉を簡単に口にしたくなかったし、その戦時下にいた海人の苦しみは、ひまわりが想像すらできないほどの恐ろしいものだったはず。
今のひまわりは海人をただ見守る事しかできず、自分の無力さにため息をつくばかりだった。
そんな中、ひまわりが図書館から借りてきた本を部屋で読んでいると、突然、携帯が鳴った。
東京にいる母の好子からだ。

「ひまわり、大丈夫? 元気にしてる?」

好子は、矢継ぎ早にそう聞いてくる。

「うん、元気だよ」

「さっき、あきちゃんから電話があって、そこの家に男の人がいるらしいって言うのよ」

ひまわりは顔をしかめた。
あきちゃんというのは隣町に住む母の従姉であり、唯一、私達母娘が仲良くしている親戚である。

「あ~、ママ、これには事情があって、確かに男の人はいるんだけど全然大丈夫なの。
全く心配いらないから、話せば長くなるから話さないけど…」

ひまわりが話し終わらない内に、好子は口を挟んできた。

「さくらをそこに行かせるって、あきちゃんが言ってたから。
ママは今、仕事中でゆっくり話せないのよ。
とりあえずさくらに見に行ってもらうからね。
ひまわり、どんな人でも男の人を家に入れるって、誰だって心配するの。
また、夜にでも電話するから」

そう言うと、好子は電話を切った。

さくらというのは好子の従姉のあきちゃんの娘であり、ひまわりとは正反対でとても活発で元気な女の子だ。
ひまわりより二つ年下で、小さい頃からひまわり達が帰省するとよくここへ遊びに来た。
さくらは、ひまわりの事が大好きだった。しかし、ひまわりは、ひまわりの持ち物を欲しがったり真似したりするさくらの事が少し苦手だった。
そのさくらが家に来る? 
海人の事を上手くごまかさなければならない。
記憶喪失ということにしておいた方が、何かと都合がいいはずだよね…
ひまわりは海人とその事について話を合わせておこうと思い立ち上がった瞬間、インターホンの鳴る音がした。

「ひまちゃ~~ん、いる~~?」

さくらはあっという間にここへやって来た。
ひまわりが慌てて玄関へ行くと、さくらはもうすでにスニーカーを脱いで上がろうとしている。

「さくら、久しぶり。
あきちゃんに聞いたと思うけど、確かにここには男の人がいるんだ…」

ひまわりはさくらをグイッと引き寄せて、小さな声でそう言った。

「まじなんだ、その話。
その人って、ひまちゃんの彼氏なの?」

さくらは、早く奥へ行きたくてうずうずしている。

「うん、そう、彼氏なの。
でも、これだけはちゃんと聞いて。
彼は今、一過性の記憶喪失になってて、その療養でここに来てる。
だから、あまり長居はしないで。分かった?」

ひまわりは、とっさに、海人が記憶喪失で彼氏の方がもっと二人にとって都合がいいと思った。
さくらは控えめに頷くと、そわそわしながら居間へ向かって歩き出す。

「ひまちゃんに彼がいたなんて信じられないよ。
だって、いつも大人しくてさ、男の人になんか興味がないんだって思ってた。
お兄ちゃんが聞いたら、ショック受けそう。
だってひまちゃんのこと大好きなんだから」

さくらには、三つ上の兄がいる。
ひまわりにとっても、兄同様の存在だ。
でも、今は、関西にある大学に通っているためここにはいなかった。

さくらは居間に入るとソファに座り、辺りを見回している。
ひまわりは意を決して、庭の隅の方で草むしりをしている海人を呼んだ。

「海人さん、ちょっといい?」

海人は庭にある水道で手と顔を洗い、濡れた顔をタオルで拭いながら縁側に腰かけた。
目の前に座るさくらを見て、驚いて一瞬後ずさる。

「あの、私は、青木さくらといいます」

ひまわりが紹介する前にさくらはそう自己紹介すると、ひまわりの隣に飛んで来た。

「ひまちゃん、かっこいいじゃん。
私もあの顔好き」

さくらは、不思議な魅力を持つ海人に見入っている。

「海人さん、この子は私の親戚で隣町に住んでいるの。
今日は、近くまで来たから寄ったんだって」

ひまわりからそう聞くと、海人はさくらの方を見た。

「はじめまして、木内海人といいます。
今、ひまわりさんにお世話になってて、本当に助かってます」

海人は律儀に頭を下げて挨拶した。

「海人さんっていくつなんですか? 
ひまちゃんとはどこで知り合ったの?」

物怖じしないさくらはすぐに海人の隣に行き、人見知りすることもなく海人にそう質問した。

「さくら、さっき言ったこと忘れたの? 
質問攻めは、海人さんに迷惑でしょ」

ひまわりがそう言うと、さくらは舌を出して苦笑いをする。

「ひまちゃん、海人さんに、麦茶を持ってきてあげて。 
すごい汗かいてるよ~」

何も知らない海人は、ひまわりを見て困ったように微笑んだ。

さくらは、小さい時から男の子によくモテた。
可愛い顔をしているし、明るい性格がとても魅力的だった。
ひまわりは自分の海人に対する気持ちの大きさに、改めて気がついた。
なぜなら、二人が話す姿を見るだけで息が苦しくなって涙がこぼれそうなるから。
やきもちなんてはじめて知った。
それもかなりの重症だ…
ひまわりは、二人の前に無愛想に麦茶を置いた。
無意識の内に、心と体は嫉妬の感覚にとらわれている。
初めての経験にひまわりは困惑し、何故だか、ますます不機嫌になった。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

もふつよ魔獣さん達といっぱい遊んで事件解決!! 〜ぼくのお家は魔獣園!!〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:8,066pt お気に入り:1,901

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:196,499pt お気に入り:12,165

独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:1,778pt お気に入り:21

王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:26,157pt お気に入り:7,099

本物でよければ紹介します

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:540pt お気に入り:1

「今日でやめます」

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:10,253pt お気に入り:120

旦那様は妻の私より幼馴染の方が大切なようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56,267pt お気に入り:5,446

君の中で世界は廻る

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:53

ガン飛ばされたので睨み返したら、相手は公爵様でした。これはまずい。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,258pt お気に入り:1,380

処理中です...