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プロローグ
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しおりを挟む待ち合わせ場所に指定された中国茶専門カフェは、私と沙織先輩の大のお気に入りの店だった。
店員さんが身に着けているチャイニーズドレスが本格的過ぎて、見るだけでも価値がある。
私は先輩を待っている間、そのドレスのデザインをノートにデッサンした。
「まひる、待たせてごめんね」
仕事帰りの沙織先輩は、濃紺のパンツスーツがよく似合っている。
「先輩、その美味しいバイトって何ですか?
もう気になって、ずっと、考えてたんですけど」
私は淹れたての烏龍茶をフーフーしながら、開口一番、先輩にそう聞いた。
「まずは、まひるの今の状況を確認させて。
留学のために莫大なお金が必要、そして、できればそのお金は早く手に入る事に越したことはない」
「いえ、越したことはないではなく、絶対に日程厳守です」
沙織先輩は私の切羽詰まった言葉を聞いて、何故か微笑んだ。
そして、一息ついて、自分用にアイスのお茶を頼む。
「とにかく、この一年以内で、お金を稼ぐ事が最重要課題って事よね?」
私は大きく頷いた。
先輩は、一体、どんな仕事を紹介してくれるのだろう…
「怪しい仕事ではないんだけど…
じゃ、単刀直入に言わせてもらいます。
報酬は三百万円、その代わり、まひるの戸籍に傷がつく」
「さ、三百??」
私は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
三百万円って、贅沢三昧なイタリア生活を送ってもおつりが出るほどの凄い金額だ。
「な、何なんですか…?
体を売るとか? それとも、臓器提供?」
怯える私を見て、先輩は楽しそうに笑う。
私達、コスプレサークルの人間は、一般人の常識とかけ離れている事が多々あった。
沙織先輩と私は、そういうズレているところがよく似ていて、だから、いつまでも友達なのだ。
だけれども、それにしても……
「まひる、そんなに驚かないで。
三百万円はもらう価値はあると思う。
でも、メリットが大きい分、デメリットもはるかに大きい」
「もう、先輩、もったいぶらないで、早く教えてください!
一体、何の仕事なんですか?」
沙織先輩はズルズルとアイスティーを一気に飲み干すと、ニヤニヤしながら私を見て、嬉しそうにこう言った。
「結婚だよ。
一年間の結婚生活を送ってくれる人を探してる人がいるの。
ただ、籍を入れて、結婚しましたという既成事実を作って、とりあえず皆に納得してもらうために一年弱の同居生活をして、そして別れる。
そこには愛情は必要なくて、お互いのメリットだけを追求する」
「それで、戸籍に傷がつく、ですか…」
私はあまりの突拍子過ぎる話に、どっと疲れが出てきた。
自分自身が結婚だなんて、今まで一度も想像した事がなかったから。
「その人って、私の知り合いの知り合いなんだけど、絶対に変な人じゃない。
逆に、すごく魅力的な人。
今、まひるが想像してるみたいな、モテないどうしようもないおっさんじゃないからね」
確かに私はそんな事を考えていた。
おっさんか~、一年間も一緒に生活できるかな~なんて。
「その人からの条件が、割と厳しくて…
だから、中々、それに見合う女性がいないみたいで、結構、長い事、結婚相手を探してたみたいなの。
その条件っていうのは、まずは、見た目が可愛いか美人な人」
そう言って、先輩は私に親指を立てて、OKと頷く。
見た目は皆に可愛いとか美人さんとか言われるけれど、その言葉はいつも初対面の時、限定だった。
画家志望でコスプレオタクで、このマニアック的な性格がばれてしまったら、可愛いも美人さんもどこかへ行ってしまうらしい。
「それと、女性の方にも、一年後には別れなきゃいけない断固たる理由がある人。
更に、加えて言うならば、お金に困っている人。
とにかく、あと腐れなく、スッキリと別れたいと考えてる人」
私はそのしつこ過ぎる条件に、逆に笑ってしまった。
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