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プロローグ
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しおりを挟む五階のフロアは明るいオープンスペースになっている。
開放的で窓が多く体育館のような、そんな空間が広がっていた。
そして、その空間の端っこで、誰かが小さなロボットをいじっているのが見えた。
パソコンをパチパチ叩きながら、そのロボットを優しい瞳で見つめる柔らかいオーラに包まれた男性が、私達に気付いて顔を上げる。
「間宮沙織さん?」
横長の黒縁メガネをした男性は、慌ててその眼鏡を外しながら立ち上がった。
「は、はい…
遅くなり申し訳ございません」
沙織先輩は完全に大人の女モードに入っている。
顔を赤らめて肩をすくめながらアンニュイな雰囲気を醸し出すその仕草は、先輩の心がときめいている証拠だ。
「そして、この方が、神田まひるさんです」
先輩から急に自己紹介された私は、とりあえず笑顔で会釈をした。
こ、この人が訳ありな変人??と心の中で叫びながら。
私達は、フリースペースのど真ん中にある円卓のテーブルに向い合せで座った。
どういうわけか、付き添いで来たはずの沙織先輩が一番緊張しているみたい。
そんな可愛らしい先輩を見ていると、私自身の緊張はどこかへ行ってしまった。
「初めまして、僕は、早乙女道也と言います。
……あ、あの、神田まひるさんは、この一連の話は聞いてるんですよね?」
早乙女道也?
なんて素敵な名前なの。
私はそんな関係のない事を考えながら、ついついその道也様のお顔をじっと見入っていると、隣に座る先輩がテーブルの下で私の足を蹴った。
「あ、はい!
聞いてます! 特殊な結婚を望んでいる事ですよね?」
とっさに出た言葉は、私の中では正直な感想。
でも、正直過ぎて、何だか空気が重くなってしまった。
「特殊か…
そうだね、かなり、特殊で面倒くさい結婚かも」
道也様はそう言いながら笑った。
切れ長の奥二重の瞳は、見る角度できつくも見えるし、柔らかくも見える。
今、私達に見せている物柔らかな雰囲気は、もしかしたら違う道也様なのかもしれないと、私はゾクゾクしながらそう思った。
「まひるさんは、僕との結婚を前向きに考えてくれてるのかな?
考えてくれているのなら、もっと詳しくこの奇妙な結婚の事を説明したいけど、もし、あまり乗り気じゃないのなら、ここでの雑談で終わりにしてもいいと思ってる」
沙織先輩はすぐに私を見た。
さすがに積極的な先輩も、こんなデリケートな案件には簡単に口を挟めない。
「私は……
前向きに考えています。
今、私の雇い主となる道也様を見て、この仕事を引き受けても大丈夫と、心が動いています」
「道也様?」
私はハッとした。
ヤバイ、初日の段階で私の変な性格をばらすわけにはいかない。
「あ、いえ、早乙女様の間違いです…」
沙織先輩がわざとらしく咳払いをする。
そんなおバカな二人を見て、道也様は楽しそうに笑った。
「じゃあ、今から、僕とのこの奇妙な結婚の詳細を説明させてもらうよ。
はじめに断っておくけど、この結婚は契約結婚じゃない。
そんな小難しいものじゃなくて、ただ、僕のわがままに付き合ってほしいだけ。
だから、さっき、まひるさんが言ったみたいに、バイト感覚で考えてくれたらいいんだけど、でも、結婚するという事は籍を入れてしまう事なんだ。
そこは、本当に申し訳ないと思ってる。
その分、別れる時に三百万円、あと、結婚している間は生活費として毎月二十万円払いたいと思ってる。
あ、でも、二十万って安い?
二十代の女子って、ひと月にどれくらいのお金が必要なのかな?
そこは要相談って事でOKなので」
私は開いた口が塞がらない。
それはとてもいい意味でだけど…
「住まいはどうなるんでしょう?」
私の代わりに先輩がそう聞いてくれた。
「住まいは…
一緒に住んでほしい。
とにかく、僕達の間では偽物の結婚かもしれないけれど、周りには完璧に愛し合って結婚したと思わせたい。
それが、僕の目的だから」
私はその先の理由が知りたいと思った。
どうしてわざわざそんな事までして結婚の真似事がしたいのか、それって聞いていい事なのかな…
「理由を聞いてもいいですか?
そんな事をしてまで、どうして結婚をするのか」
そんなナイーブな事を平気で聞く先輩は、ある意味、空気が読めない。
でも、それが、時に最高のサポートを生み出してくれるけれど。
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