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秋分の日(風磨の引退試合)
…7
しおりを挟むすると、後ろの方で聞き慣れた声がした。
ミチャと呼ぶ声は、ミチャを大好きな風磨しかいない。
「何、イチャイチャしてんだよ」
風磨の言葉にドキッとした私は、罰が悪そうに下を向いた。
でも、風磨は怒っていない。
むしろ、この場に居る私達を歓迎しているように見えた。
「もう、試合が始まるんじゃないのか?」
ミチャは、風磨と久しぶりに言葉を交わす事さえ忘れている。
まるで昨日会ったみたいに、いつもの笑顔を浮かべて風磨を優しく見つめていた。
「俺は出ないからいいんだ…
でも、ゆっくりはできないけどね。
チームメイトに檄を飛ばす役目があるから」
ミチャはそうかって、何度も頷いている。
私もやっと風磨の顔が見れた。
「風磨…
今日のこの風景を絵に描いていい?
風磨が要る要らないは関係なく、風磨の来れなかったご両親にプレゼントしたいから」
風磨は照れ臭そうに頷いてくれた。
「今日は、こんな田舎まで来てくれてありがとな。
でも、俺自身試合には出ないし、引退セレモニーも簡単なやつだから、つまんなかったら帰ってもいいから」
上下のお揃いのジャージが凄く似合っている風磨は、私達とは違う世界を生きている。
そして、今日、そのラグビーという当たり前の世界から、風磨は一歩前へ歩き出そうとしていた。
寂しくないはずがない。
風磨のラグビーは、私でいえば油絵で、ミチャでいえばロボット制作だから。
それを失う辛さは、簡単なものなんかじゃない。
風磨はスマホで時間を確認すると、じゃと言って背中を向ける。
でも、すぐに振り返ると、ミチャを見てため息をついた。
「ミチャ、この間はごめんな…」
風磨はそう言い残して、グラウンドの方へ走って行った。
私は何となくミチャの気持ちが分かった気がする。
風磨を切るなんてできない。
だって、あんなに素直で優しい子はいないもの…
風磨がいなくなった後に、風磨と同じジャージを着たチームの関係者が私達に声をかけてきた。
「あの、向井風磨くんの家族の方ですか?」
ラグビーの試合って、何が何だかさっぱり分からない。
でも、こんなに広いグラウンドを走り回る選手の姿は、ルールも何も分からない私の心さえ釘付けにさせた。
絵を描く人間として、チームワークという言葉だけで尊敬してしまう。
コツコツと一人の世界で戦う私とは違い、仲間を信じ同じ目的へ立ち向かう“One for all、All for one”の精神がすごく眩しかった。
試合には出ていないけれど、風磨はずっと選手に声をかけている。
チームの一員として、絶対に欠かせない存在なのは一目瞭然だ。
そんな風磨が、今日をもってこのチームを去る。
ラグビーをするために在籍した今の会社も、今月いっぱいで辞めると決めた。
風磨の決心は、今、私の頭上に広がる空よりも高く、この足元に広がる大地よりも尊い。
私は風磨のリスタートを心から応援する。
例え、この一年で縁が切れてしまったとしても…
親善試合と称したこの大会は、アットホームな雰囲気で、初心者の私達もとても居心地がよかった。
結局、風磨のチームは試合には負けてしまったけれど、その後の引退セレモニーは盛大に始まった
今年、チームから引退を発表したメンバーは風磨を合わせて四人だった。
正式なユニフォームに身を包んだその四人は、照れ臭そうにグラウンドの真ん中に登場する。
そして、そんな大切な風磨の引退セレモニーを私はグラウンドの隅から一人で見ていた。
どうやら風磨はかなりの人気者らしい。
周りを見渡せば、風磨の名前が入ったうちわを持っている女性の数が圧倒的に多いから。
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