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道也の誕生日
…11
しおりを挟む自分が最低な人間だという事がはっきりと分かった。
女々しくて、腐ってて、嫉妬でおかしくなった感情をコントロールできなくて。
そんな私をミチャは我慢強く見つめている。
「まひる…
桜子の事はもう忘れよう。
僕が今日という日に桜子と会ったのが、そもそも間違いだったみたいだけど。
それより、ケーキを食べようよ。
まひるの大好きな果物ばっかりがのってるんだけど、気付いてくれた?」
私は頭の中で燃え盛る炎を必死に鎮める。
形式上の夫婦なのに、こんなに熱くなる必要はない。
ミチャも私も自由なのだから…
私は手に持っているワインを一気に飲みほした。
「…ミチャ、誕生日おめでとう」
まだ電気は消えたままで、窓から差し込む月明かりと、部屋の四角にあるダウンライトのほのかな明かりだけが、いい具合に二人の周りを照らしていた。
「ごめんね…
今日の私… もう最悪でしょ?」
その先は言葉にできなかった。
ミチャを桜子さんに取られたくないなんて、そんな根拠もない私の独りよがりをミチャに伝えるわけにはいかない。
私の理性が必死にブレーキをかける。
でも、その代わり、涙が滝のようにあふれ出た。
「何で泣くかな~?」
ミチャはそう言いながら、私の涙をティッシュで優しく拭いてくれる。
それは、とても慣れた手つきで自分の仕事みたいに、そして楽しそうに。
ミチャは次から次へあふれ出る私の涙を上手にふき取り、小さく切り分けたケーキを私の口の中に入れた。
「ほら、美味いだろ?」
どや顔で私を覗き込むミチャは、本当に可愛い。
私はひくひく肩を震わせながら、大きく頷いた。
「さっきのミチャはすごく冷たい目だったのに…
今のミチャはすごく優しい…
何で…?」
「またその話に戻る?」
ミチャはケーキを頬張りながら笑った。
「それに、何でって、何でかな?
僕の目がそんなに冷たかった?」
紫色の暗闇が、今の私には都合がよかった。
うっすらと暖かいオレンジ色の明かりは小さくて、私の醜いジェラシーと執着心を上手く隠してくれる。
「怒ってたなら、怒ってたって言ってほしい。
そしたら、あの冷たい目の理由が分かるから」
ミチャはケーキをまた頬張った。
そして、モグモグしながら目を閉じる。
そんなミチャを見ていると、何だか自分が恥ずかしくなった。
感情に振り回されている私の愚かさと我儘は、ミチャにとってはどうでもいい事かだら。
「確かに…
あの店に風磨とまひるがやって来た事には、正直、驚いた。
でも、風磨から俺のしでかした事なんだって聞いて、納得した。
あいつは、ああやって、いつも僕を困らせる。
もう慣れちゃったけどね」
「でも、私の意思でもあった…
あの店に行きたいって思った。
ミチャと桜子さんを邪魔したいって、本気でそう思ったの…」
ミチャが作ってくれたケーキは、ミチャの愛情が込められている。
時間が経ってもパンケーキのフワフワ感はそのままで、デコレートされたフルーツは瑞々しくて、どこを切り取ってもミチャの真心が感じられた。
何も言わないミチャの視線を感じながら、私は、そのケーキを口へ放り込む。
ミチャの手作りケーキは本当に美味しくて、ため息しか出てこない。
「桜子と会ってみて、会わなきゃ伝わらない要件だったって認識した。
仕事に一生懸命な人間は、男も女もない。
よりよい環境で仕事を続けたいっていう思いは、僕にだって通じるところがあるからね。
だから、相談に乗ったし、これからもそうしていくつもり。
これでOKかな?
というか、これ以上、僕は何をどう説明するべきなのか分からないよ」
私は自分で自分のグラスにワインを注ぎ入れる。
そして、薄緑色の液体を一気に胃の中へ流し込んだ。
ミチャの言いたい事は、私に通じたし納得した。
でも、あの時の桜子さんの言葉と表情が頭の中から離れない。
それは、ミチャは全く知らない事…
あの時のテーブルを囲んでいたのは、私と風磨と桜子さんだから。
三杯目をグラスに注ごうとした私の手をミチャは、そっと掴んだ。
「僕の誕生日に、まひるが酔っ払いになるのは嫌だな…」
私はグラスを置いた。
あの衝撃的な桜子の表情を頭の中から追い払う事は、今は不可能だけど、でも、考えないようにする事はきっとできる。
今日はミチャの誕生日。
後にも先にもないミチャの二十九歳の誕生日。
その大切な日を、私の自分勝手な我儘で台無しにしてはダメ…
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