はじまりと終わりの間婚

便葉

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クリスマス

…6

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「どうぞ、召し上がれ」
 
久しぶりにまともな食事をした気がする。
トロトロした卵の黄身につける牛肉は、ほっぺが落ちるくらいに本当に本当に美味しかった。
そして、ミチャはそんな私を幸せそうに見つめている。
 
「でも、ミチャ、ゆっくりはできないんだ。
森魚も待ってるし、それに衣裳がイブの日に間に合うかも微妙なの。
だけど、このすき焼きは本当に美味しい。
しばらくは元気になれそう」
 
私はちょっとだけ急いで食べた。
頑張っている森魚の事を思ったら、自分だけこんなに美味しい物を食べている罪の意識を感じてしまう。
 
「ねえ、森魚君って、毎晩、ここに泊ってるの?」
 
ミチャの顔が、また拗ねた子どもの顔に戻っている。
 
「僕が夜遅くに帰ってきた日も、森魚君の靴があるからさ。
ほとんど、毎日」
 
私は、きっと、ミチャはミチャの家に訳の分からない男を泊めているのが気に食わないのだと思っていた。
普段のミチャの生活なら、そんな事あり得ないから。
 
「うん… 泊ってる…
森魚は、ただ私の手伝いをしてくれてるだけなんだけど…
でも、ここはミチャの家だもんね…
そうだよね… 嫌だよね…」
 
私はその事がずっと気になっていた。
最近の森魚は、このマンションを自分の家のように思っている。
ミチャが居ない時なんて、勝手にキッチンに行って冷蔵庫を開けてみたり、ソファに寝転んでテレビを観たり。
ミチャは、きっと、気付いている。
だから、こんなに機嫌が悪いんだ。
 
私が黙ったまま箸を置くと、ミチャはもう一言こう付け加えた。
 
「何だかよく分かんないだけど、すごく嫌なんだ…
あの狭い部屋にずっとまひると森魚君が一緒に居る事が。
泊ってるって事は、森魚君はどこに寝てるの?
今のまひるの部屋は、ベッド以外に誰かが寝る場所なんてないだろ?」
 
私は目を閉じて頭の中をクリアにする。
これは、もしかして、ミチャは焼きもちを焼いている?
森魚に? あの森魚に??
私の心臓は久しぶりに高鳴り出す。
それも、幸せな音色を響かせて。
 
「森魚は…
私のベッドで寝てる…
私も私のベッドで寝てる…
でも、それは時間差があって、二人で一つのベッドに寝る事はない、かな…」
 
どうやら、最後のかな…が、ミチャの何かを刺激してしまったらしい。
ミチャは冷静になるために一度静かに目を閉じて、でも、目を開けた時のミチャは、冷静どころか完全に獲物を狙うハンターの目つきだった。
 
「まひる、それはダメだろ…
それは、僕が許さない」

ミチャのキャラじゃない言葉達は、ギャップという完璧な魅力となって、私の心臓を鷲掴みにする。
もう、息をするのもやっとなくらい。
こんな時に不謹慎だけど…
 
「で、でも、ミチャ…
あと十日でイブだから。
それまでは、お願い…」
 
ミチャは困り果てた私の様子を見て、大きく息を吐いた。
そして、急に立ち上がる。
 
「ちょっと、来て」
 
私はすぐにミチャについて行った。
ミチャは、私の部屋の隣にある普段は物置として使っている部屋へ、私を連れて行く。
その部屋には、ミチャのロボット作成のための部品やサンプル、あとは、思い出の品などが置いてあった。
でも、今は、綺麗に片付けられている。
 
「とりあえず、森魚君にはここで寝てもらって。
彼の荷物とか着替えとか、そういう物もここに置くようにしてほしい。
 
僕がまひるを愛してない?
そんな事、絶対にないよ。
だって、何だろう…
よく分かんないけどさ、胸の奥の方がずっとイライラしてるんだ。
このイライラの理由は、まひるがあいつとずっと居る事だってちゃんと分かってるから…」
 
じゃ、ミチャの誕生日の私の行動だって理解してくれる?
桜子さんに異常なほど嫉妬していた私の気持ちを。
でも、今は、そんな事は言わない。
森魚がもたらしたミチャの変化の余韻に、まだ浸っていたいから。
 
「ねえ、ティアラの出来を見てほしいんだけど」
 
急にドアの前で声がした。
私とミチャが驚いてそっちの方を見ると、そこには森魚が面倒くさそうに立っている。

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