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クリスマス
…11
しおりを挟む背中越しに聞こえるミチャの声に驚いて、すぐに振り返った。
フリース生地の大きめのジャケットは、慌てて着たせいかフードがひっくり返っている。
黒縁の眼鏡の奥に見える瞳は、いつもの優しいミチャの眼差しだった。
「ミ、ミチャ… ごめんね…」
その言葉を必死に絞り出す。
すると、ミチャの腕があっという間に私の体を包み込んだ。
「よかった…
まひるが、僕の元へ帰って来てくれて…」
「え…?」
ミチャは私の声をかき消すように力強く私を抱きしめる。
「まひるがこの家から居なくなって、僕はイブの日をずっと心待ちにしてたんだ。
まひるに会いたくて仕方なかったから。
こんな気持ち初めてでさ…
イブの日はまひるに何を食べさせようかとか、部屋をクリスマス仕様にしたり、まひるが喜ぶ顔が見たくてそんな事ばかり毎日考えてた」
ミチャの思いがけない告白は、私の涙腺を簡単に崩壊させる。
「でも、今日…
待っても待ってもまひるは帰って来なくて、何も連絡も入らない。
いつもは小さな事でも必ず連絡をくれるのに。
時間が経つにつれて、僕はこんな事を考え始めた…
シンデレラの話のように、僕達のこの結婚は、魔女がかけた魔法によって作り上げられたものなのかもしれないって…
まひるっていう女の子が、ある日、突然、僕の目の前に現れて、僕にたくさんの幸せをもたらしてくれる。
こんな僕の事を好きだって何度も言ってくれて、いつの間にか僕の心はまひるに占領されてて、だから、今の僕は、まひるがいないと気が抜けた炭酸水みたいなんだ」
気の抜けた炭酸水??
もうこんな素敵な話の途中で、何でその例えなのかな…
私はミチャの胸の中で、そんな事を考えて泣き笑いする。
「イブの日に、まひるは帰ってくるって言った。
でも、中々、帰って来ない。
今までこんな事なんてなかったから、もう、どうしていいか何も思いつかなくて。
もしかしたら、この楽しかった結婚生活は、このイブの夜で終わってしまうんじゃないかって、そんな極端な事を考え始めた。
魔女の魔法は、夜中の十二時で解かれてしまうんじゃないかって…」
今のミチャは私の知っているミチャじゃなかった。
どんな事があっても何も動じないミチャのはずなのに、何をそんなに動揺しているの?
「今、考えれば笑っちゃうけど、でもその時は、真剣にそう思ったんだ…
どれだけ待っても、まひるは帰ってこない。
時計を見たら、十二時はとっくに過ぎてて…
マジで連絡もないし、まひるの部屋は整然と片付いてるし、まひるはもう僕の元へ帰って来ないんだって実感した…
息ができないくらい苦しかった…
まひるに無性に会いたくて、泣けてきたよ」
「え? ミチャ泣いたの?
私のために?」
私はミチャの首元にしがみついた。
こんなしっとりした話の後で不謹慎だと思ったけど、でも、嬉しくて嬉しくて、心が躍り出す。
ミチャは、そんな私を、気の抜けた炭酸水のような目で見つめている。
「よかった…
本当によかったよ…
僕の知らないところで、森魚君といちゃついてなくて…」
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