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バレンタインデー
…6
しおりを挟む「まひる…
僕達は四月に約束をした…
でも、今になって、あの時の森魚君の言葉が僕を責め立てるんだ。
僕は、僕だけの都合のために、まひるの人生に傷をつけた。
まひるが世界へ羽ばたいて行こうとしている大事な時に、遠回りをさせてしまった」
私はミチャの隣に座った。
そして、ミチャの手を握る。
「それは、私が選んだの!
ミチャだけのせいじゃない。
お金に困ってた私は、すぐにこの話に飛びついた。
私の人生は、私が操っている。
こうなる事も私が望んだ事。
ミチャと出会えた事は、フィレンツェへ行くチケットを手に入れた事より、私にとっては大切な事なんだよ」
ミチャは私の手をほどき、自分のグラスにビールを注いだ。
淡々としているように見えるけど、視線はグラスの一点から動かない。
「まひる、ごめん…
僕は変なところで頑固なんだ。
まひるは、お金が必要だった。
僕は、人生で結婚というものをしておきたかった。
そして、それは一年で終了する。
いや、終了しなきゃならない。
まひるをちゃんとフィレンツェへ送り届けるのが、僕の大事な役目だから」
私はずっと首を横に振った。
「僕はまひるの価値ある人生を、僕のわがままでダメにしたくないんだ。
この結婚は、僕の浅はかな考えで始まったもの…
だから、こんなくだらない事で、まひるのキャリアを傷つけたくない」
ミチャは注いだビールに口を付けず、立ち上がって窓の近くへ歩いて行く。
そして、窓を開けて、二月の冷たい夜の空気を家の中へ入れた。
「まひる、これは決まった事なんだ。
この事について話し合うまでもない。
それに、もうそろそろ留学の準備を始めなきゃだろ?
遅くても五月には入学しなきゃ、期限の一年が過ぎてしまう。
僕も協力するから、準備を始めてほしい。
いいね?」
冷たい夜の風は、開いたサッシの隙間から容赦なく部屋の中へ吹き込んでくる。
まるで、ミチャの中に芽生えた恋をする情熱をこの空気が冷ましていくようで、私も窓の近くまで行き開いているサッシを思いっきり閉めた。
「ミチャは私と別れて寂しくないの?
この結婚生活は楽しくはなかった?
私の事を愛してくれてるって、そう思ってたのに…」
窓を閉め、ミチャに背中を向けたまま、私はそう呟いた。
そう質問したくせに、ミチャからの答えを聞くのが怖い。
実は愛してなんかいないんだ、なんて言われたら、私はもう立ち直れない。
でも、ミチャは私を背中から抱きしめた。
抱きしめたけれど、しばらく無言だった。
切なそうに息を吐く音は聞こえたけれど。
「僕は、一年間のフィレンツェ留学なら、籍は置いたまままひるを行かせるつもりだった。
でも、今日、森魚君から話を聞いて、そんな中途半端な事は許されないと思った。
フィレンツェの学校で学んだ後が大切で、そのためにまひるは努力をしてきた。
まひるの才能を、僕は本当に尊敬しているし愛してる。
僕がまひるを愛してるとか、離れたくないとか、そんな事はどうでもいい。
まひるは世界へ羽ばたく人間なんだ。
それがすごく誇らしいよ…」
私はそれでも首を振り続けた。
ミチャと離れたくない。
その気持ちだけで他の事は何も考えられない。
私は振り返って、ミチャの首元にしがみついた。
そんな私をミチャは優しく抱きしめる。
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