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バレンタインデー
…5
しおりを挟むミチャは冷やしておいたビールとジンジャーエールを持って来た。
最近、私は、シャンディガフに嵌まっている。
恥ずかしながら、ビールを他の物で割って飲む、そういうカクテルがあると知らなかった。
ビールはそのままで飲む。
それだけで最高に美味しかったから。
「クリスマスの朝、ミチャと初めて結ばれた日、明け始める空を舞う大きめの雪がすごく綺麗で、あの日の風景は私の中で特別なものなの…」
ミチャは口角を上げて微笑んだ。
そんな表情をする時は、困っている時。
でも、私はそんな事は知らないふりをする。
森魚が投げかけた懸念事項は、できれば、今夜は話したくない。
正直言えば、この先もずっと…
ミチャは、しばらくの間、その箱を眺めていた。
そして、やっと顔を上げて、その箱の蓋をテーブルの一番よく見える場所に立てかける。
「ミチャ、今日の主役はこの生チョコなんだからね」
不憫に思える生チョコ達は、いつミチャが興味を示すのか今か今かと待っている。
いや、そう思ってるのは生チョコ達じゃなくて作った張本人の私なのですが…
ミチャは笑いながら、チョコを一つ口に入れる。
「美味しい!」
この笑顔は本物だ。
ミチャは楽しそうにパクパク食べている。
「よかった~~」
私はホッとしたせいで、喉がカラカラに乾いている事に気付いた。
ミチャが作ってくれたシャンディガフを一気に飲み干す。
あ~、やっぱり、何度飲んでも甘くて美味しい。
「ところで、まひる…」
私はビクッとした。
ところで、なんて、絶対あの話に決まっている。
私は聞こえないふりをして、生チョコを自分の口にも入れる。
うん、美味しいなんて、ミチャを見て頷きながら。
「まひる…
さっきの森魚君の話だけど…」
私はまだ反応しない。
ミチャを見ずに、もう一つチョコを口の中へ入れた。
「僕は、フィレンツェ留学の後の話を何も知らない。
一年間、学校で学んで、そして長期のビザが貰えるってすごい事じゃないか。
ヨーロッパに腰を据えて創作活動ができるなんて、素晴らしいよ。
森魚君が言うように、そのためにまひるが必死に頑張ってた姿を想像するだけで、胸が熱くなる。
本当にまひるは凄いよ…」
ミチャは立てかけていたさっきの箱の蓋をもう一度手に取った。
そして、目を細めてジッと見ている。
「僕は…
本当にまひるに恋してるんだと思う。
まひるの全てが好きなんだ。
素のままのまひるはもちろんの事、まひるのあふれ出す才能も、頑張り屋のところも全部…」
ミチャは優しいから、遠回りしながら話していくのだろう。
結婚の約束は一年で、その後はまひるの人生を歩んでほしいと。
だから、私はミチャがその事を言い出す前に、私の本心を伝える事にした。
早い者勝ちなんてこんな状況にはそぐわないと思うけれど、でも、ミチャの説得が始める前に私の気持ちを伝えたい。
「ミチャ… あのね…
私、イタリアに行くのやめようと思ってる。
ミチャと、このまま一緒にいたい…
それって、ダメな事…?」
ミチャはいつの間にか箱の絵から目を離し、私の事をジッと見ていた。
そんなミチャの視線が痛くて、私はすぐに目を逸らす。
「ダメだよ…
それはダメ…
僕達の結婚は一年で終わる。
そこに恋愛感情が芽生えたとしても、それは変わらないんだ」
「何で変わらないの…?
時間が流れるように、人の心だって変化はつきものだよ…
今の私は、絵を描く事よりミチャの方が大事なの。
フィレンツェに行きたくない。
ミチャとこのまま一緒にいたい…」
フィレンツェへ行く事は、大学に入ってからの私の夢で目標だった。
芸大に合格して、色々なコンクールに入賞して、自分はともかく周りの人達も私の才能を認めてくれた。
裕福ではない家族の事を思い、画家になる事を何度も断念しそうになった。
でも、やっぱり捨てられなかった。
私は絵を描く事が好き。
もっともっと上手になって、有名な画家になって、家族を幸せにしたい。
それだけを想って、ここ数年頑張ってきた。
でも、そんな揺るぐはずのなかった想いが、ミチャと出会って簡単に崩れ去った。
一時の恋の病かもしれない。
でも、今の私はミチャと離れるなんて絶対に嫌…
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