はじまりと終わりの間婚

便葉

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バレンタインデー

…4

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ずっと黙っていたミチャが小さく息を吐く。
そして、何かを言いたげな風磨に首を横に振ってやめろと伝えた。
 
「森魚君、約束するよ。
まひるは必ずイタリアに行く。
僕は、まひるが描く絵や類まれな才能が大好きなんだ。
そんな気持ちがパトロンって思われるのなら、それは全く否定する気はない。
僕と結婚した事で、まひるが歩む道筋が変わる事は絶対にない。
まひるは一流の画家になる。
僕はそれを最大限の力で応援するだけだよ」
 
風磨は呆れた顔をして、窓の外に目を向けた。
森魚は、ミチャの言葉に少しだけ笑みをこぼす。
 
「ミチャさん、皆が、羨ましいほどに欲しがる特典は、イタリア留学だけじゃないんです。
フィレンツェの有名な油絵の学校で学んでそこを卒業すると、絵を描く目的としての芸術ビザが発行される。
長くて五年、まひるんはヨーロッパで活動ができるんです。
そこまで頭に入れておいてください。
まひるんはその芸術ビザが欲しくて、死ぬほど頑張った。
僕も沙織さんも大学の教授やスタッフも、そんなまひるんをちゃんと見てきたから、自分の事みたいに喜んでるし応援してるんです。
だから、まひるんの未来を壊さないで…」
 
「森魚、もういいから」
 
森魚は顔色が悪くなっている。
一気に喋り過ぎたせいもあるし、必要以上に熱くなり過ぎている。
 
「森魚は心配しなくても大丈夫…
大丈夫だから…」

それ以上の事は言葉にできない。
フィレンツェに行く事より大切なものができたなんて、今の森魚に言えるはずない。
そんな空気を察してくれたのは風磨だった。
 
「悪いけど、俺、もう行かなきゃ。
ミチャ、ご飯、美味しかった。
それと、まひる、友チョコありがとな」
 
風磨はそう言うと、椅子から立ち上がりハンガーに掛けていたスーツの上着を颯爽と羽織る。
そして、森魚に目配せをした。
 
「今、一緒に帰れるなら途中まで車で送ってくけど、どうする?」
 
今夜の天気予報は雨マークだった。
風磨は窓から外を見て、雨降ってるぞ~と森魚に楽しそうに伝えた。
 
「あ、じゃ、俺も帰るわ」
 
何だか森魚は元気がない。
だから、私は風磨の気遣いが嬉しかった。
 
「森魚、家に着いたら連絡して。
外は冷えてるから、風邪引かないようにね」
 
私は弟にするように、森魚のお世話をしてしまう。
森魚への友チョコを森魚のリュックに仕舞うと、冷蔵庫の中にストックしていた栄養ドリンクも一緒に入れた。
 
「まひる、世話し過ぎだぞ。
そんなだから、まひるへの依存が止まらないんだ」
 
風磨は笑いながらそう言った。
ミチャも肩をすくめて顔をしかめている。
 
「いいの!
だって、見て。
風磨とは違って、こんなにガリガリなんだよ。
それに、すぐに具合が悪くなっちゃうんだから」
 
森魚は嬉しそう。
そんな姿が見れて、私は少し安心した。
そして、風磨と森魚は仲良く帰って行く。
この家の住人に、大きな一石を投じたまま。


嵐のような時間が過ぎ去って、私とミチャは二人で飲み直す事にした。
 
「あ、ミチャへのバレンタインチョコがあるんだ。
ミチャのお口に合うか心配だけど」
 
それが一番怖い。
お料理大好き男子はお料理できない女子に厳しいと、何かで読んだ事がある。
だから、失敗が少ないと言われている生チョコを作った。
 
「どうぞ、召し上がれ」
 
生チョコは、森魚達のクッキーのように絵を描くスペースはなく、だから、生チョコを入れる箱をシンプルなものにして、その箱に自分らしいデザインを施した。
この小さな箱の蓋に、この間ミチャと一緒に見たクリスマスの日の雪景色を描いてみた。
絵画というより飛び出す絵みたいな、綿やラメや色々な装飾用の小物を使って最高のオンリーワンに仕上がった。
 
私がその箱をテーブルに置くと、ミチャの表情が変わった。
目を見張るその顔は、私の贈り物に感動しているのが分かる。
 
「まひる… すごいよ…」
 
ミチャはその箱を手に取り、蓋は開けずに、上から下から斜めからまんべんなく見続ける。
 
「ミチャ…
メインは中のチョコレートだからね」
 
ミチャはそう言われて、とりあえず蓋を開けた。
そして、少しだけチョコに目をやり、でも、すぐに箱の蓋を感心しながら眺め始める。
 
「この絵は、もしかして、あの雪の日?」

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