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バレンタインデー
…3
しおりを挟む森魚も風磨もよく食べる。
ミチャが準備したかなり多めの料理もほとんど無くなった。
そして、皆が一息ついた頃、馬鹿な私は余計な言葉を発してしまった。
「風磨と森魚は友達なんだよね?
沙織先輩がそんな事言ってたから」
森魚はすぐに下を向く。
そして、対称的に、風磨は訳ありな目で私とミチャを見た。
「友達っていうのかな?
なんか微妙な関係だと思うけど」
下を向いていたはずの森魚は、今度は私だけを見つめる。
「最後の方は酔っぱらってあんまり覚えてないんだよね」
私は森魚のこの言葉で、あの夜、私が帰った後、この二人に何かがあったんだと察した。
不穏な空気が流れ出し、私はすぐに話題を変えた。
「森魚にも例のクッキー、また作ったんだ。
今度は違うキャラの絵にしたからね」
でも、そう簡単に話の流れは変わらない。
風磨が面倒くさそうに、そしてミチャから目を離さずにこう言った。
「森魚がさ…
ミチャさんは何でこのタイミングでまひるんと結婚したのか?って俺に聞いてきたから、知らないって答えたら、ちゃんとイタリアに行かせてくれるんですよね?ってしつこく聞いてくるから、結婚したんだからイタリアには行かないでしょ、普通、って答えたんだ」
森魚は情緒不安定になっている。
テーブルの下で貧乏ゆすりが止まらない。
「イタリアに行くってどういう事か知ってるのかよ。
まひるんの尋常じゃないほどの努力の賜物なんだ。
油絵を愛して極めたいと思ってる人間にとっては、夢に見るくらいの環境でそこから一流の画家としてのキャリアが始まる。
簡単にイタリアに行かないとか言うなよ」
それは、私とミチャにとって、期間限定のパンドラの箱だった。
特に、私は、どこか遠くに葬りたいとさえ思っていた触れたくない真実の箱。
それは私とミチャの意図しないところで、思わず開いてしまった。
私が言葉に詰まっていると、風磨がまた喋り出す。
「じゃ、ミチャが何でまひると結婚したのかじゃなくて、まひるはそんな凄い予定があるのに、何でミチャと結婚したの?が普通だろ?
ま、ミチャの事だから、行きたいなら行っておいで、僕がお金は出すからみたいなそんな感じだと思うけど。
まひるは、ミチャと結婚したんじゃなくて、あしながおじさんを探してた。
自分の活動を援助してくれる都合のいい人間を探してたって事だよ、結局は」
ち、違う…
でも、私は声に出して言えなかった。
その風磨の見解もあながち間違っていないから。
「それの何が悪い?
芸術家には昔からそういう人間がいるのは当たり前の事だよ。
パトロンやタニマチや、今の言葉で言えばスポンサーとか、そういう人達がいて、芸術や文学や芸事は栄えてきた。
ミチャさんがそういう自覚の下で、まひるんと結婚したのなら、それはそれで納得する。
じゃ、四月にはイタリアに行けるんだね」
森魚は私の事になると一生懸命になり過ぎる。
今はこんな風に粋がっているけれど、一人になったらガックリと落ち込んでしまうのはいつもの事。
だから、森魚、もういいから…
それに、今の私の素直な気持ちをここでさらけ出す気はない。
ミチャと離れたくないからイタリアには行かないなんて、森魚が聞いたら卒倒してしまうから。
そう、それくらい、私が受賞した日本女流西洋画家協会のアカデミーエリート大賞の特典は、ヨーロッパを軸にして活動ができる夢のようなチケットだった。
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