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バレンタインデー
…2
しおりを挟むミチャは本当に単純で分かりやすい。
森魚の存在は苦手だとしても、森魚の攻略法はちゃんと心得ている。
美味しいものを食べさせればいい。
ある意味、森魚は単純さで言えば王様かもしれない。
今夜も、森魚がミチャの手料理にまんまと騙されてくれればいいけれど…
「こんばんは~」
森魚より先に来たのは風磨だった。
仕事帰りの風磨は、スーツがたまらないほど似合っている。
そして、風磨は「お土産」と言って、テーブルの上に紙袋を置いた。
「風磨、すごい~
チョコ、いっぱいもらってんじゃ~ん」
風磨は目を細めてどや顔をしている。
「言っただろ?
忙しい合間を縫ってここへ来るって」
私は手作りのチョコクッキーを風磨に渡した。
「毎回、友チョコのコンセプトは決まってるの。
小さな弟を喜ばすために、クッキーの上に弟の好きなキャラクターの絵を描く事が定番で、今回もそれは変わらない。
だから、風磨のクッキーにも何かしらの絵を描いてるから。
それを見るのは、家に帰ってからのお楽しみにしてね」
私は丸いクッキーにラガーマンの風磨を描いている。
それも超イケメンの。
風磨が気に入ってくれればいいけれど。
風磨は了解と頷いて、クッキーの入った箱をリュックの中へ詰め込んだ。
「風磨、ご飯を食べる時間はある?」
ミチャはオーブンを覗き込みながら、風磨へそう聞いた。
「一時間くらいなら大丈夫かな」
ミチャの動きがスピーディになる。
「分かった、すぐに食べれるようにするから」
ミチャがキッチンで忙しく動き回る中、私はソファでくつろぐ風磨の隣に座り、風磨に耳打ちをした。
「今から、森魚も来るんだ…」
「森魚??」
そう、風磨ももう森魚とは知り合いだった。
コスプレのイベントで流星のごとく現れた風磨は、コスプレの人気を独り占めした。
そんな風磨が目立たないわけがない。
もちろん、森魚だって、男性コスプレイヤーとしていい気分はしない。
二人の間でちょっとだけいざこざはあったけれど、でも、打ち上げ会が終わる頃には仲良くなっていた。
それは、沙織先輩から聞いた話だけれど。
「最後には肩を組んで涙ぐんでたよ。
何に感動して泣いてたのかは知らないけど」
沙織先輩のこの話では、二人はもう仲良しだ。
だから、私はその話を信じる事にした。
「森魚も風磨と同じ。
私からの友チョコをもらいに来る」
「俺と同じじゃないっしょ。
俺は予定がいっぱいの中、時間を作ってここへ来た。
森魚は全く予定がないから、喜んでここへ来る。
だろ?」
私ははいはいと返事をして、風磨に変顔をする。
もし、風磨が女の子に興味があれば、今日とかクリスマスとかこんな風に暇にしているはずはない。
イケメンで素直でお調子者で、それでいてスポーツマンでいい感じのマッチョで、もう、絶対に女子は風磨の事が好きになる。
私が風磨を目で追うと、風磨はミチャの隣に立っている。
やんちゃな弟みたいにミチャにじゃれつく風磨は、正真正銘の恋する男の子だ。
あ~、何で相手がミチャなんだろう…
二人を見てため息をついていると、来客を告げるインターホンが鳴り響いた。
とうとう森魚がやって来た。
それも、お腹を空かして。
「森魚、ミチャが皆のためにご馳走を作ってくれたんだ。
食べて行くでしょ?」
森魚はもうご機嫌になっている。
そして、リビングの奥の方で待機している風磨を見つけて、驚いた顔で私を見た。
「あの人って風磨さん?」
沙織先輩の話では二人は仲がいいはずなのに。
「え? 風磨さん?って知ってるでしょ」
森魚は罰が悪そうな顔をして、テーブルに載っているご馳走に目を向ける。
まるで、話題を変えたいみたいに。
ミチャは完璧にテーブルコーディネートを済ませ、そして、お肉や野菜やたくさんの料理を美しくテーブルに並べる。
風磨と森魚は指定された席につき、美味しそうな料理を前にして今か今かとミチャの合図を待っていた。
「どうぞ、召し上がれ」
その合図とともに、腹を空かせた男達はやっぱり肉の塊に箸を伸ばす。
ミチャにとって至福の瞬間だ。
そして、そんな幸せそうなミチャを見て、私も心が穏やかになる。
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