はじまりと終わりの間婚

便葉

文字の大きさ
78 / 97
ホワイトデー

…2

しおりを挟む



「それより、ミチャ…
いろは坂の運転、大丈夫?
かなりのグネグネ道っぽいけど」
 
私もミチャも絶対的にインドアの人間だ。
こんな事でもなければ、日光とか特に奥日光へ車で行く事はまずはあり得ない。
でも、風景画を描く私としては、実はすごく楽しみでもあった。
奥日光の景色を好んで描く画家は多い。
そして、今日も明日も天気がいい。
私はそんな美しい奥日光の風景の事だけを考えて、ミチャの車に乗り込んだ。
 
「らしいね。
でも、大丈夫だよ。
車の運転は嫌いじゃないから」
 
ミチャはカーナビをセットして、笑顔でそう言った。
そして、私達は出発する。
早乙女まひるとしての最後の旅行になりませんようにと、心の中で祈りながら。
 
が、しかし、いろは坂は尋常じゃなかった。
しつこいようだけど、インドア人間の私達にとって、その坂は経験しないタイプの坂だった。
まずは、坂を上り始める前に、カーナビの地図に現れたいろは坂のぐにゃぐにゃ度に目を疑った。
 
「ミチャ、このカーナビ壊れてないよね?」
 
ミチャもその地図を見て、目を点にする。
 
「壊れてる事を願うしかないな…」
 
いろは坂は凄かったけれど、その坂を上り切った後は、空気感がまるで違った。
念のために飲んでおいた酔い止めが効いているみたい。
ミチャは、運転する人間は酔わないんだって豪語していたのに、今、ドライブインの駐車場に車を停めて死んだように横たわっている。


そして、私達は、まず華厳の滝へ向かう事にした。
観光名所のその場所は、人が多くてゆっくり滝を見る事はできなかったけれど、とりあえず自分専用のデジカメに写真を収めた。
今の時代、高性能のスマホで写真を撮る事が主流だけど、あまり裕福じゃない私は、スマホは格安品と決めている。
だから、写真はデジカメに撮るのが私の主流だった。
 
「まひるのそのデジカメって、いつの時代のものなんだ?」
 
確かに、このデジカメは年季ものだ。
子供の頃、絵が大好きで風景が大好きだった私のために、母が奮発して買ってくれたもの。
データを取り込む容量も少なくて、すぐにパソコンかUSBメモリに落とさないといけない。
USBメモリを使う自体、たぶん、相当、古い代物なんだと思うけど。
 
「これは、これでいいの…
壊れたら買い換えようと思ってるけど、全然、壊れないんだもん」
 
ミチャは私からそのデジカメを取り上げると、データに入っている画像を解析し始める。
 
「これは、まひるが小学生くらいの頃に買ったやつだろ?
そっか… 
お母さんに買ってもらったから大事にしてるんだ…」
 
私はミチャの腕に絡みつく。
 
「そう…
でも、シンプル過ぎて、色々と面倒くさいけどね」
 
「でも、機能がシンプルじゃないと、子供のまひるは使えなかった」
 
私は小さく頷いた。
あの頃の母の優しさを思い出しながら。
 
「まひる…
このデジカメは身の回りの物を撮る時に使えばいい。
寿命もそんなに長くないと思うから」
 
ミチャはそのデジカメを私のバッグにそっとしまった。
そして、自分のリュックから、紫色のピカピカ光るデジカメを取り出した。
その真新しいカメラには真っ赤なリボンが結ばれている。
 
「はい、これは僕からのプレゼント。
まひる特製の美味しかったチョコのお返し。
このデジカメは風景写真を撮るためように作られたものらしい。
お母さんが買ってくれたデジカメはもう大切な思い出の品として、これから先に出会う美しい風景はこの性能のいいカメラに収めればいいよ」
 
ミチャはズルい…
ミチャを大好きになるなっていう方が難しいよ…

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ループ25 ~ 何度も繰り返す25歳、その理由を知る時、主人公は…… ~

藤堂慎人
ライト文芸
主人公新藤肇は何度目かの25歳の誕生日を迎えた。毎回少しだけ違う世界で目覚めるが、今回は前の世界で意中の人だった美由紀と新婚1年目の朝に目覚めた。 戸惑う肇だったが、この世界での情報を集め、徐々に慣れていく。 お互いの両親の問題は前の世界でもあったが、今回は良い方向で解決した。 仕事も順調で、苦労は感じつつも充実した日々を送っている。 しかし、これまでの流れではその暮らしも1年で終わってしまう。今までで最も良い世界だからこそ、次の世界にループすることを恐れている。 そんな時、肇は重大な出来事に遭遇する。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

処理中です...