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ホワイトデー
…5
しおりを挟む楽しみにしているミチャを焦らすのも可哀そうなので、私達は露天風呂に入る事にした。
三月とはいえ、夜の奥日光はすごく寒い。
私達は内風呂で温まってから、外のお風呂へ移動した。
楕円形をしたお風呂は、色々な形の石で縁取られている。
そして、真っ白な源泉のお湯の色と黒色の石が相反しながら、露天風呂のいい雰囲気を醸し出している。
「ミチャ、この露天風呂だって、ちゃんとモノトーンになってるって気付いた?」
湯船の中でミチャに背中から抱きしめられながら、私は湯ノ花が浮かぶお湯をすくいながらそう聞いた。
「モノトーン? 白と黒?
何だろう…
闇夜と白い湯気とか?」
私はミチャの方を向いて、うんと大きく頷いた。
ミチャの感性に何だかすごくウキウキする。
「うん、それもそうだね。
でも、夜限定だけど」
そんな感じで、二人はクイズを解くようにお湯の中で答えを出し合った。
イチャイチャを超えてベタベタのはるか上をいくくらい、二人はこの裸の空間を満喫する。
こんなロマンティックな夜に、私はあえて野暮な事をミチャに聞いてみた。
「ミチャは歴代の彼女達と、こんな風にお風呂に入った経験は?」
「ない!」
即答のミチャが清々しくて、強烈に可愛らしい。
三十前の裸の男だということは脇に置いといて。
「楽しい?」
ミチャは私の上から目線の態度に、ちょっと怪訝そうに眼を細めた。
「まひるは、どうなの?」
こんな時、私は上手く嘘がつけない。
そんな経験ないよって言った方がミチャにとってもハッピーなはず、それは頭では分かっているんだけど…
私ははぐらかすつもりはないけれど、つい口ごもってしまった。
「あるんだ…」
そう呟くミチャは、お湯に浸かり過ぎてのぼせているのかもしれない。
何だか一気に辛そうな顔になる。
「…うん、だって、ほら、私ももう二十六歳だよ。
今までつき合ってた人もいたし、そんな珍しい事じゃないよ」
ミチャは大きくため息をついた。
そして、二人にはゆったりとした湯船の中で、ミチャは私を正面から抱きしめる。
「これからはそんな事しないでほしい…
他の男とお風呂に入るなんて、絶対にしないで…
え、もしかして、その相手って森魚君じゃないよね?」
ミチャの独占欲に支配された甘い言葉は、素直に私の中に入ってくる。
でも、その後が余計だった。
森魚君って言ったよね??
「もう、森魚のわけないじゃん。
それに、森魚とは付き合ってもないですから」
そう言って、私は微笑んだ。
でも、その時、高地ならではの冷たい夜風が、私達を包み込む白い温かい湯気を吹き飛ばしてしまう。
そして、私は一瞬で現実に引き戻される。
「ミチャ…
私達、もうすぐ別れるんだよね…
だったら、私が誰とお風呂に入ってもミチャには関係ないことじゃん…?
だって、夫婦でも恋人でもなくなるんだもん」
本当にそうだ。
ミチャはどうかしてる。
自分が離婚の事を言い出しておいて、もう忘れてる?
私はミチャの腕の中からするりと抜け出した。
そして、バスタオルを持って部屋へ戻った。
こんな風に一緒にお風呂に入ってキャッキャッと裸でじゃれ合う、今はそんな時じゃない。
私は温かめのパジャマに着替えると、無言で髪を乾かした。
ミチャもお風呂から中へ戻ってきている事に気付いてはいたけれど。
私はリビングへ戻らず、ベッドルームの窓際にあるアームチェアへ腰かけた。
ミチャがこれから先の未来をどう考えているのか、その事を聞いていない私が本当は悪い。
私は、大きめの窓から見える外の森の景色を静かに眺めた。
ライトアップされて木々の葉っぱの擦れあう音までもが聞こえてきそうな静かな夜。
私はミチャからどういう答えが返ってきても、絶対に動じないと心に誓う。
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