はじまりと終わりの間婚

便葉

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ホワイトデー

…6

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「まひる、こっちで飲まない?」
 
ミチャは私の大好きなシャンディガフの入ったグラスを持っている。
そういえば、ホテルのベルマンの人に準備しておいてほしいとお願いしてたっけ。
 
私はミチャの言葉に負けて、リビングのカウンターテーブルに座った。
そのテーブルは、お洒落なバーのカウンターのみたいに椅子が床にくっついている。
何となくだけど、ミチャとちょっと距離を置きたかった。
こんな狭い空間でも。
でも、そんな私の思惑なんて、ミチャはこれっぽっちも分かってない。
こんな時、鈍感で空気読めない性格って最高に幸せだなと、ミチャを見てつくづく思った。
 
「ミチャ、さっきの話、聞かせてほしい」
 
ミチャは缶ビールを手に持っている。
私が飲んでいるシャンディガフの残りのビールを、グラスに注がずにそのままで。
でも、缶ビールを持って立っているミチャは本当にカッコよかった。
スウェットのパンツに半袖の無地のTシャツ、半分濡れた髪はきっとタオルで拭いたまま。
そんなプライベートのミチャが本当に好きだった。
何もかもが愛おしくて、やっぱり手離したくない。
ミチャは私の隣の椅子に、とりあえず座った。
でも、微妙な距離感に居心地が悪いらしい。
また立ち上がり、カウンターを挟んで私の前に立ってそっと私を見た。
 
「あの日から、まひるの提案をずっと考えてた。
この結婚は、僕やまひるの気持ち次第でどうにでもなる。
それは、実はすごくシンプルなもので、たくさんの約束は交わしたけど、それだって、無意味な白紙に戻す事だってできるって事」
 
私の中で一気に期待感が高まった。
でも、油断は禁物。
ミチャは一筋縄ではいかない生き物だから。

「僕は、画家になるために必死に頑張っていた頃のまひるを知らない。
知らないからこそ、その時に一生懸命頑張っていたまひるを尊重したいんだ。
実は、まひるが行こうとしている学校の事やビザの事を、僕なりに色々調べてみた。
森魚君が言うように、夢と希望に満ち溢れてて、それに挑めるまひるは本当に凄いんだって、ため息が出たよ。
約五年は向こうに居れるらしいから」
 
ミチャは持っていた缶ビールを一気に飲み干して、その缶を手で握り潰した。
 
「僕だって、まひると離れたくない。
というか、まだ、そんな実感が全くないんだけどね。
僕は、まひるを縛りたくないと思ってる。
真っ新な状態で、夢に向かって進んでほしいって思ってる。
そうするためには離婚をした方がいいって、そう思ってたけど…」
 
私はジッと座っていられなかった。
ミチャの横に立って、ミチャの腰に手を回す。
すると、ミチャは私をそっと抱き寄せた。
 
「離婚は白紙に戻す事に決めた。
でも、まひるが出発する日までに、離婚届は準備しておきたい。
お互いちゃんと署名して判を押して、いつ別れてもいいようにしておきたいんだ。
まひるがイタリアに行って日本へ帰れない日々がずっと続いた時や、僕や僕との結婚よりもっと輝く何かを見つけた時、僕達の関係が重荷にならないように、そうしておきたい。
 
まひるを僕という鳥かごの中に入れておきたくないんだ。
まひるはいつでも自由で、自分の好きなように自分の道を進んでほしい…」
 
ミチャはそう言い終わると、ホッとした顔で私を見た。
まるで、私の反応を窺っているみたいに。
 
「分かった…
でも、ミチャ、これだけは知っててほしい…
私はいつでも自由だし、私の進む道はちゃんと私が決めてるから」
 
私は気持ちが高揚し過ぎて、息が荒くなってしまう。
 
「じゃ、じゃ、とりあえず離婚はしないでいいんだよね?
離婚届はミチャがちゃんと鍵のかかった引き出しにしまっていれば大丈夫だし、あ、何なら、その鍵を私がイタリアへ持って行っちゃってもいいけど」
 
「まひる? 酔っぱらってないか?」
 
あ~、酔ってるのかもしれない。
ミチャと書類上だけは離れなくて済んだ事は、最高にハッピーだから。
それに、フィレンツェへは一年しか行かない。
それは誰にも言わないけれど、私の中では決まっている。
だから、ミチャと離れるのは一年だけ。
 
「酔っぱらってないよ。
だって、シャンディガフ、一杯しか飲んでないのに」
 
私は本当に嬉しくてミチャの周りをクルクルと回り出す。
つくづく人間って、本当に色恋に弱い人間なんだと自分を見て実感する。
画家になる夢は、もう、夢のままでいい。
 
「まひるがそんなに嬉しいのなら、僕の決定はこれで良かったのかな」
 
うん、うん、と私はしつこく頷いた。

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