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出発の日
…2
しおりを挟むアリタリア航空のカウンターの前に、お見送りの人達が集まっていた。
もう、ミチャと二人きりの時間はここまで。
私はミチャの耳元で、もう一度囁いた。
「ミチャ、愛してる…」
ミチャは返事の代わりに、私の右手を力強く握りしめた。
その感触は、僕もだよと、伝えてくれる。
「お姉ちゃん、ミチャ~~~」
私の可愛い弟が、私達二人を見つけて駆け寄って来た。
弟はミチャが大好きだ。
もちろん、ミチャはきっとそれ以上に弟を愛している。
弟は私にほんの少し目配せをしただけで、すぐにミチャの腕に絡みついた。
私はそんな二人を見て、離婚をせずに済んだ事を心の底から感謝した。
お母さんやミチャのご両親と笑顔で言葉を交わし、そして、私は受付を済ませスーツケースを中へ預けた。
そして、いよいよ、搭乗手続きを済ませるだけになった。
お母さんはすでに涙ぐんでいる。
娘が勝ち取った夢へと続くチケットを、心の底から誇りに思っている。
それは娘の努力する姿を見てきた者にしか分からない。
「もう、お母さん、泣かないでよ…
永遠の別れじゃないんだよ」
私もこみ上がる涙を何度も飲み込んだ。
今日は絶対に泣かないって決めたから。
そして、驚いたのは、沙織先輩と風磨がミチャの隣に立っていた事。
「え?
先輩も風磨も今日は来ないって…」
そう言った途端、私は涙が溢れ出した。
きっと、私のために来たんじゃない。
一人ぼっちになってしまうミチャを心配して来た事が、二人の顔を見て分かった。
「まひる、ミチャの事は心配しないでいいから」
風磨はいつもの意地悪そうな笑みを浮かべてそう言った。
「まひる、ここから先はあなただけの世界だから、大好きな油絵を好きなだけ描いておいで」
先輩は私の未来を見透かしているような、そんな励ましの言葉を残した。
「じゃ、この先は二人でどうぞ。
搭乗手続きのゲートはあんなに混んでるし、まひるも相当並ばないと中へ入れない。
並ぶのにつき合うのはミチャの仕事だから、俺達はどこかで適当に待ってるよ。
あ、ミチャ、俺も沙織さんも電車で来たから。
帰りはちゃんと車で送ってくれよな」
風磨は本当にいい男…
誰よりもミチャの事を想ってくれている。
「まひる、それじゃ私も道也さんのお父様達もここでさよならするね。
元気で頑張っておいで」
私はお母さんやミチャのご両親と握手をして、笑顔でありがとうと言った。
弟は涙を必死に我慢しているせいで、私にはそっけない。
ミチャの陰に隠れて、バイバイと小さな声で言った。
そんな大好きな皆に別れを告げて、私とミチャは搭乗ゲートへ続く人の列にきちんと並んだ。
私はミチャの手をすぐに握った。
言葉は何も出てこない。
言葉を出してしまったら、笑顔で別れる事なんてできない。
それはミチャも一緒だった。
手を繋いでいられるこの時間を大切にしたい。
たとえ、後、数分だとしても…
そして、とうとうお見送りの人達は入れない場所まで来てしまった。
涙をこらえる事だけが精一杯の私に、ミチャは優しく微笑んでこう囁いた。
「楽しんでおいで…
それと、僕がまひるのファン第一号だって事を忘れないで…」
ミチャは私の肩をそっと前へ押し出した。
すぐに振り返る私に、ミチャは切ない笑みを浮かべ、大きく手を振ってくれる。
私はそのまま人の波に飲み込まれてしまった。
ミチャにありがとうもさようならも言えないまま…
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