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エピローグ
…3
しおりを挟む私は無理に笑顔を浮かべて、森魚にスマホを渡す。
そんな私を、森魚は切なそうに見る。
「まひる、ミチャに、今の自分の想いを全部さらけ出しなさい。
綺麗ごとなんて必要ない。
今のこの生活をそのまま手紙に書くの。
あとは、ミチャが考える事。
だって、そのために、離婚届を準備してあるんだから。
ミチャだって、きっと分かってくれる」
「沙織さん、そんな別れる事前提で話したらダメですよ~
まひるん、色んな可能性がある事を忘れないで。
結婚とか離婚とかそんなもの飛び越えて、違った形を作ればいいんだから」
「森魚だって、一緒じゃん!」
先輩は私の腕に自分の腕を絡めて、大きな声で笑った。
森魚も訳も分からず、とりあえず釣られて笑う。
でも、私は笑えなかった。
今頃になって、ミチャの優しい笑顔が目に浮かんでくる。
ミチャへの恋心は変わらずに私の中に潜んでいる。
ただ、きっと、行き場をなくして隠れているだけ…
ミチャを愛しながら、絵画を極めたい。
でも、それは大き過ぎる理想で、現実とはほど遠かった。
先輩と森魚は別れを惜しみながら、市街地にあるホテルへ帰って行った。
久しぶりに話した日本語、懐かしい笑顔、そして、ミチャへの溢れる想い。
今の私から消えていた大切なものが、一斉に心と頭に戻ってくる。
そんな事で悩む時間がもったいなくて、また絵の創作に取り組もうとした。
でも、私の理性はそれを止めさせる。
ミチャに手紙を書かなくちゃ…
今、書かなきゃ、きっと、また書く事を忘れてしまう。
私は、真っ白い便せんに、今の自分の想いを嘘偽りなくしたためた。
ミチャへの想いは消えていない。
でも、ミチャを愛する事と絵画を極める事の両立が上手にできない。
今の私は頭のてっぺんからつま先まで、絵を描く事でいっぱいなの…と。
手紙では上手く気持ちが伝わらないと思った私は、ミチャからもらったデジカメに撮り込んでいるフィレンツェで一番大好きな風景を、絵はがきサイズの画用紙に描き始めた。
明るい絵にしたい。
私はこの場所で、必死だけど、幸せに暮らしてると知ってほしかったから。
そして、翌日、学校の事務の人に手紙の投函をお願いした。
この手紙がミチャの心にどう届くのか何も分からないけれど、とにかく、今できる事はこれくらいの事しかない。
私は、また、絵の世界へと立ち向かう。
絶望と希望と苦しみの世界へ…
それから、一か月程経った小雨の降る寒い朝、学校へ着くと、事務のお姉さんに呼び止められた。
あ、そういえば、ミチャへの手紙の返信先を学校に指定してたっけ。
家のポストだったら、気付かない事がありそうな気がして。
初めて届いたミチャからのエアメール。
真っ白い縦長の封筒は、真面目なミチャらしさが見てとれる。
私はすぐに手紙をバッグにしまった。
帰ってからゆっくり読む事にする。
そうじゃないと、今日の私は何も手がつかなくなりそうだから。
“まひる、手紙、ありがとう
僕はこんなふうに手紙を書くことがほとんどなくてだからまひるに僕の気持ちが上手く伝わるか心配だけど、でも頑張って書きます。
まずは、僕は元気です。
風磨がまひるに何を話したかちょっと気になるけど、僕は僕なりに毎日を楽しく過ごしています。
いや、楽しくはないかな。
僕が楽しいと思えるのは、まひるが隣で笑っている時だけだから。
実は、この手紙を書くまでに何日も費やしてしまいました。
真っ白い便せんに中々字を書く事ができなかった。
でも、やっと僕の中で決心がついたみたい。
まひるが出発したあの日から、
一年が経った来年の四月二十六日に、僕は離婚届を役所に出しに行きます。
本来なら、あの日に僕達は別れるはずだった。
だから、最初の約束に戻るだけの事。
もし、その前にまひるが日本へ帰りたいなんて思ったら、僕に連絡してください。
その時は要相談ということで。
まひる、僕はどんな状況になってもまひるを応援してるから。
それだけは忘れないで。
早乙女道也より”
それは便せん一枚にしたためられた、とても短い手紙だった。
真っ白い縦長の封筒に、その一枚しか入っていない。
でも、ミチャらしかった。
私の知っているミチャは、決して取り乱したりしない。
取り乱すのは私の方だから…
その日、一晩、私は声を上げて泣き続けた。
泣いても泣いても涙は止まらず、それは私のミチャへの愛の証しだった。
でも、その事実は、もうミチャへは伝わらない…
翌年の四月二十六日、私達は正式に離婚した。
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