この手に楽園を

蓮ゆうま

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一章 旅を始める

地上初めての朝

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「ん・・・?」

瞼を割って遠慮がちに忍んできた太陽の光に目が覚める。身体を動かそうとしたところ、何か重たいものにのしかかられたように指先しか動かなかった。
どうしよう、困ったな。
ケイはよっこらしょ、と体の向きを変えた。そして眼前に整い過ぎた人外の美貌を発見する。

「ラクラス。起きろ。」

ケイの呼びかけに、意外にも応えはすぐに帰ってきた。
んん、と唇から小さな呻きが漏れ、空色の美しい瞳が姿を現しケイを捉える。

―――呼んだか?

「ああ。まず、何故俺を抱いて寝ているのか聞きたい。」

―――それはそっちの方が寝心地がいいからだ。

「分かった。さっさと解放してくれ。」

―――それは断る。

「・・・・・・おい。」

据わった目で睨めつけてみるも効果は全く無い。
抜け出そうともがくが、固く絡まってくる体が更に絡みついてくるだけだった。

「太陽の光・・・?」

そういえば、今日は地上で初めて迎える初めての朝だった。
昨日は、与えられる少ない食べ物を貪り、陽がささない闇の中を虚ろに過ごしていた時とは違う濃密な一日だ。
そして、今日も明日もそうなるだろう。

「ラクラス、もう朝だ。いい加減起きろ。」

―――仕方ない・・・。

身体にずしりと乗っていた重石が離れていく。その重みと温もりが何故か離れて欲しくないと思ってケイは戸惑った。

「そういえば、ユスリとリオンは?」

―――あっちで寝てる。ユスリはともかく、リオンはまだ子供だからな。

本来、ラクラスやユスリなどの精霊は、睡眠を必要としないのだという。だが人と契約を交わした者達は特別に“人間らしいこと”も出来るようになるのだそうだ。
もっとも、ケイは人ではなくなることを代償として契約したので、そこら辺の部分は少し怪しいが。

「おはよう、ケイ・・・。」

「お、起きてたのか。」

「今、起きた・・・・・・。」

昨夜はパチリと開いていた青灰の瞳が今は半開きなのを見るに、きっとまだ眠いのだろう。ケイだって本当はまだ眠い。

「もしかして起こしたか?」

「全然、大丈夫・・・。」

―――リオンはほっとくと一日中寝てるから、これぐらいで起こした方がいいんだよ。むしろ礼を言いたいね。

ユスリがそばに来て言う。契約したての頃は自分で起きれると言ったリオンがずっと寝ていて、死んでいるのではないかと慌てたこともあるという。

「それは慌てるな。」

喉の奥から笑いがこみ上げてくる。このエピソードは実にリオンらしい。

「その後はユスリが起こすようになったのか?」

―――もうあんなに焦ることはしたくないからね。

ラクラスはこっそり、そりゃそうだ、と激しく同意した。
彼ら堕天使は、天使でも悪魔でもない。だが魔界堕ちした汚れた精霊であることは確かで、その性は哀しい。
一つ、誰かと“契約”しなければ生きていくことが出来ない。
二つ、その存在をこちら側に永遠に保つには、心から愛せる恋人を見つけ、また、その人間と両想いにならなければならない。
三つ、死ぬことが出来ない。
ラクラスやユスリのように、好き好んで堕天使になる者は僅かだ。大抵はなんらかの理由で穢れを負った天使が魔界に堕ちることになるのが普通だ。
魔界が穢れているのは、罪人や悪魔の住処であるためだけでなく、それら堕天使の怨恨の念が溢れているからでもある。
例えば、最上神が倒れ、次の天界の主を決める時には人間界を含め多くの戦争が巻き起こり、堕天使が魔界中に溢れかえったこともあった。

―――それで、今日の予定はどうするんだ?

「寝る。」

「さんせい・・・。」

―――おい。

ラクラスとユスリの声が重なった。二人はそれぞれの主の眼前に腰を下ろし、こんこんと諭し始める。

―――ケイ、少し考えろ。お前が昨日あんなに疲れてたのは何故だ?本気の出し方と魔力操作が稚拙だったからだろう。な、もう人を殺すときあんなに面倒な思いはしたくないよな?だから今日は訓練の日だ。

―――リオン、よく聞け。お前はいつも寝てばかりじゃないか。お前は護身術や体術の類も苦手なのだし、私と練習しよう。たまには効率的なことに時間を使おう。

一気に捲し立てた二人の悪魔に、彼らの小さな主達は猛攻撃を開始した。

「何言ってるんだラクラス。お前本当に分かっていないな。確かに俺はまだ慣れていないが。」

「あ、認めた。」

「チッ。慣れていないがそれはお前が最初に教えてくれなかったからだ。ラクラスのばか、アホ。」

「え、酷くない?」

「うるさい。」

理不尽とも言える反撃は、別の方でも起こっていた。
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