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一章 旅を始める
魔物狩り
しおりを挟む「ぐぎゃぁぁぁ!」
断末魔の叫びが木漏れ日を縫って響く。白い閃光がジグザグに駆け抜けたあとに残ったのは、体が二つに泣き別れた哀れな魔物の遺骸だけだった。
「す、すごい・・・!ケイ、どんな修行、してきたの・・・?」
いつもは少し伏せがちな目が真ん丸に見開かれる。彼は先程掴んだ能力で魔物を片っ端から殲滅していた。
「よく分からない。けど、魔力を体の一部に纏わせて強化する方法らしい。」
ケイが挑戦していたものは、俗に言う身体強化だ。自分の魔力を体の一部又は(稀にだが)全てに纏わせることで身体能力を跳ね上げることが出来る。
「それは、身体強化・・・。だけど、ケイのは、絶対違う・・・。」
そもそも、身体強化をしたからと言って部位の形状が変化するという話は聞いたことがない。多少爪が伸びるなどの程度ならまだしも、体表に鱗が生えたりするなど有り得ない。
「うーん、まあでも、力が振るえるならまあいいや。」
そう言っていっそ爽やかに笑うケイの右腕は魔物をいくら狩っても穢れない。その手は決して血に汚れることはなく、白く鮮やかな輝きを放っている。
リオンは思う。
あんなに綺麗な色なのに。
どんな色よりも光を弾いているのに。
あの色の、どこがダメなのだろう。
違う国では、白は高貴と純潔の象徴だと言う。人々が信じるものが変わると、思想はこんなにも変わるのだ。
いや、もしかしたら名前が変わるだけで、本質は何も変わらないのかもしれない。
人は何を信じて生きればいいのだろう。
きっと、何も信じられないのは孤独で。
きっと、何かに依存してしまうのは一人で立てなくなってしまう。
「リオン、何してる?置いていくぞ。」
突っ立ったままボウっとしているリオンを訝しんだケイが呼びかける。リオンは難しいことを考えるのをやめて、ケイに向かって笑顔で手を伸ばした。
「もう少し奥まで進んでみようか。」
「ん・・・。」
二人が手を繋いで歩き出したその時。
「オオオオオオ!」
「「・・・・・・ッ!」」
ケイとリオンが素早く身構える。緊張を走らせた面持ちの二人の前に悠然と姿を現したのは、一体のリトルフェンリルだった。
だが一体ではなかった。
十五体だ。
リトルフェンリルはじわじわと包囲網を狭めてくる。
「多いな。」
「救援、呼ぶ・・・?」
「いや、その必要はない。」
果たして言葉が分かっているのかどうか。
それは分からないが、リトルフェンリルのうち一匹が取り掛かってきた。
やはりさっきのゆっくりとした動きは飾りだったのか。
目にも止まらぬ速さで距離を詰め、人間の首など一口で食いちぎれるであろう鋭く巨大な牙を剥く。
「グオオオオ!」
きっとこの光景を見ていた誰もが、ケイの惨めな姿を想像しただろう。リトルフェンリルもそう考えたに違いない。
だが、地に縫い止められたようにして動かなくなったのは、リトルフェンリルの方だった。生きてはいるが、完全に身動き出来ないようだ。
リオンが呆気に取られて目を見開く。
「え、なんで・・・?ケイ、なにもしてない、よね・・・・・・?」
「まあ何もしてないわけじゃないけど。魔力圧って知ってるか?」
「ん、聞いたこと、ある・・・。」
「俺はそれを操れるんだ。」
「え・・・!」
驚嘆の表情でリオンがケイを見た。その表情は怯えにもよく似ていて、そんな顔をされたケイは少し悲しくなった。
「俺のこと、怖いか?」
「ううん、ただ、すごいなって・・・。」
作りかけた二人だけの世界を、リトルフェンリルの唸り声が現実に引き戻す。
「・・・・・・まだいたのか。」
リトルフェンリルがグルルッと、悔しげに喉を鳴らす。彼らは先程のように迂闊に攻撃するようなことはせず、様子を見るように警戒しながら近づいてきた。
「お前ら、契約魔獣?」
リオンがハッとしたようにリトルフェンリル達を見る。
確かに、野生の魔獣でこんなに統率が取れているのはおかしい。種類によっては有り得なくもないが、リトルフェンリルはそんな魔獣ではない。
「こいつらの目を通して俺を見てる人、何者だ。」
低い誰何の声に答えるのは、リトルフェンリルの呻き声ばかり。
「そっちがその気なら、俺も相応の手段を取らせてもらうよ。」
リトルフェンリルに残された術者の痕跡を順に辿る。やがてその者の大元の居場所を特定すると、ケイは自分たちの記憶を消去し、リトルフェンリルが死んでいる光景を植え付けた。
これで、術者は死んだ魔獣の穴埋めに忙しくなるだろう。リトルフェンリル十五体の名前は伊達ではない。
「それにしても、何者だ・・・?」
リトルフェンリル十五体と契約し、それらを一度に動かすのは、中途半端な能力では不可能だろう。
何者、そして何故自分達を狙うのか。
新たな敵の影がちらつき始めた。
「くくっ。中々面白い解決方法を選びましたね・・・。」
「絶対戦うと思ってたよぉ、つまんないのぉ。」
濡れ羽色の鮮やかな髪が、昼の光を反射して煌めいた。
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