この手に楽園を

蓮ゆうま

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一章 旅を始める

男色家の将軍

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「よく来てくれましたね。名前は確か、ケイ君と言っていましたか。」

ケイとラクラスは館に到着してから真っ直ぐ廊下を進んですぐに将軍の居室に案内された。
将軍はソファに座って寛いだ様子で二人を出迎えた。
将軍の顔を見た瞬間、ケイはこの人が男色家であることを死ぬほど謎に思った。
はっきり言って、この美貌は、魔性だ。
ケイもラクラスも人とは比べ物にならない美しさを持っている。絶世の美姫と称される女と比べたとて、ケイ達が負けることはないだろう。だがそれは、人間にはない美しさが加味されたもので、ケイは人であった時から傾国級の魅力的な人物だった訳では無い。(もっとも、顔は整っていたが)。
だがこの将軍は、ただの人間だ。それなのに人を虜にして止まない美しさを持っている。
青い海を切り取ったような色の、やや短い髪は肩につかない程度のざんばらの長さで、それらは一本一本が蝋燭の光を弾いて艶やかに光っている。切れ長の、優しげに細められた瞳は、右が青、左が蜜色だった。
ケイは内心将軍の美貌に唸りながら挨拶する。

「その通りでございます。将軍様につきましてはお初に御目文字仕ります。ケイと申します。」

「おや、礼儀もしっかりした子ですね。最近の子は美しさだけを武器にしている部分がありますから、少々辟易していたのですよ。」

(この人、さらっと丁寧な口調で辛辣なこと言いやがったな・・・。)

(それでも実力は軍随一だからな。)

武器が使え、甘い顔立ちとなれば、宮廷の女官達が放っていないのではないか。文武両道を体現したような男だ。

「この子には教養、礼儀などもしっかり仕込んでおりますので、お楽しみ頂くことが出来るでしょう。」

ラクラスの言葉に対応するように、ケイがにこりと微笑んで頭を下げる。

「それは楽しみですね。さあ、こちらへいらっしゃい。」

温厚そうな微笑みを浮かべた将軍に手招きされ、そろそろと隣に腰を下ろす。

「ケイ君はもしかして初めてですか?」

「ぁ・・・。」

返答に窮したケイが言葉に詰まる。困っている珍しいケイを見て、ラクラスが笑いを堪えながら将軍に答えた。

「その子は幼い頃からそれはもう美しくて。勿体ないのであまり人前に出さずにいたのですが、今回将軍様に献上しようと。なので場馴れしていませんが、そこはどうか御容赦を。」

「いや、こういう初々しい反応をしてくれた方が私も楽しいですよ。」

思わず喉からこみ上げてきた笑いを、ラクラスは精神力で抑え込んだ。
いつもは表情が変化しにくく無表情なケイが困っている。というよりは、困っているという感情を顔に出している。
ラクラスは、なんだか新しいケイを発見したようで楽しくなった。

「どういたしましょう?ここはお若い二人を残して老人は退散致しましょうか?」

冗談めかしてラクラスが言う。

(え、ちょ、待て待て待て!俺に一人で相手しろというのか?無理に決まってんだろうが!)

(ケイ、頑張れよ。お前の働きにかかってるからな。)

(潜入するなら俺よりリオンの方がいいだろお!)

そんなケイの心の叫びも虚しく、ラクラスは足取り軽く部屋を出ていった。
まるで、娘に婿が見つかった父親のような足取りで。

「とりあえず飲んだらどうです?」

緊張している風のケイを慮ったのか、将軍がコップに注がれた水を差し出す。別にケイは水は欲しくは無かったのだが、断れば失礼になるような気がしてありがたく頂いた。
ちなみに、そのコップも精緻な龍の彫刻が施された超一級の代物だった。

「あの君と一緒にいた人・・・人間じゃないですよね。」

唐突に呟かれた言葉に、ケイがはっと身を固くする。

「警戒しないで下さいね。私は一つのスキルを持っているんです。」

そうして彼は、一つのスキルの名前を教えてくれた。
“神の慧眼”―――。
そのスキルは持ち主の眼に映ったモノの真実を映し出す。相手が偽造をしていたなら本当の姿を、嘘をついていたなら本当の言葉を、隠されているならその隠蔽を透かして。
その、何でも見通すという恐ろしさに、これを与えられた者は力を正しく使うことが出来る人格者とも言われる。だが、その薄ら寒いとも思える能力のために人々はスキルを授けられた人のことをこう呼ぶ。


“終焉の使い”と。


人間が重ねてきた神への反逆を看破し、それらを罰することによって神の怒りを鎮める。
神の慧眼を持つ人は、何故か皆、人を超越したような力を持って産まれてくる。
神より握らされた甚大なその力で人間の境界線を曖昧にし、神の声を聞く。

恐ろしい。
畏ろしい。

敬え。
畏れろ。

将軍の耳には、神の声が響き続ける。
それはまるで蛇口が壊れた噴水のように、繰り返し繰り返し囁きかける。

「最近、神の声が毎日毎日聞こえるんですよ。」

敬えと。
畏れろと。
前は意味のある託宣が降りていたのに、今は一体どうしたことか。

「君は何か、心当たりがないのですか?」

すり変わる。
穏やかに細められていた瞳から、心の底を覗き看破する慧眼に。
だがケイは。

「なんのことでしょう?」

黒い黒い堕天使の加護で、本当の自分を覆い隠した。
堕天使の力は、あるいは、悪魔よりも黒くて深くて濁っている。
神の慧眼を持っていても、人間如きには覗けない。
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