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一章 旅を始める
狐と狸の化かし合い
しおりを挟むラクラスの加護は、どりだけ離れても常にケイに注がれている。それはいつも一定量のラクラスの力を使うことが出来るということで、即ち人間と堕天使の狭間の存在ということになる。
「・・・・・・なにか妨害しましたね?」
「・・・・・・。」
射抜くような鋭い視線を、ケイはにこにこと笑ってやり過ごす。
「さあ、妨害したかどうかは、分かりませんが・・・。もしや、見えないことがありましたか?その“神の慧眼”で。」
「・・・・・・。」
今度は将軍が黙り込む番だった。挑発に乗らないように必死で怒りを抑え込む将軍の膝に乗り、ケイが言葉を紡ぐ。
「ああやはり、嘘をつくのは得意なようですね。だって、隠さないと家族に追い出されるから・・・・・・―――。」
「黙れ!」
右手の置かれた椅子の手すりがミシミシと不穏な音を立てる。
「職業柄、騙し騙されは得意なんですよ。まあそういうことが出来ないと。」
「自分が滅ぶ。」
吐息がかかるほどの近さでケイが将軍の言葉を遮って、言うはずだった言葉を先回りして言う。
驚きで口を噤んだ将軍の目を覗き込むようにしながらケイが笑って続ける。
「大変ですね・・・。取り繕って取り繕ってまるでさも勘が当たったように見せかけてきた。当たりすぎてもいけませんね。だが当たるごとに信頼されていく。だから瑣末な所を外したり、選択肢を用意してみたり・・・。真実を知っている側からすれば、そんなに難しい話ではないですね。」
「何を言っているのか分かりませんが。」
「おや、しらばっくれるのですか。あ、こんな言い方では失礼でしたね。あくまで違うと言い張られると。」
「君の言っているような世迷言は相手にしない主義なんですよ。」
「つれないですね。」
ふふ、と自信ありげに微笑したケイから将軍が目を逸らす。隠してはいるが、居心地の悪そうなその仕草に、ケイを騙し通せたと思ったならば、その男は甘かった。
「将軍様、私はどう見えますか?」
ケイは試すように目の前の男を見つめた。
心が読める、真実が見抜ける、嘘を見破れる。それはとても恐ろしい能力で。
だがそれがどうした。
そんなものをスキルに頼ってどうする。そうやって切り札を当たり前に、日常的に使用し、頼ってきたものは。
それが無くなった時に弱くなるのだ。
ましてや一般平民ならまだしも、将軍という広く名の知られた地位に着く者の情報など、探せばいくらでも出てくる。
その人の出生、功績、家族関係など、町人達はいくらでも喋ってくれた。
「私はあなたを嵌めました。あなたが神の慧眼というスキルを持っていることを確かめるために。そして、それを使って陥れるために。」
「陥れる・・・?」
不穏な単語に眉を潜めた将軍に凄絶に微笑んで、ケイが言う。
「もし、あなたのその勘が、悪魔と契約して得られたものだとしたら皆の反応はどうなるでしょうね。」
将軍の顔が一気に強張った。
将軍の脳裏に、スキルで真実を看破し次々に難事件を解決していった時の同胞達の恐れの顔が鮮やかに蘇る。
あの時自分に向けられたのは、明確な恐怖と、畏怖。そして、敵意だった。
なんであそこまで真実を当てる・・・!
あいつは人間じゃない。
関わり合いにならない方がいいぞ。
恐ろしいやつだ・・・。
みるみるうちに色をなくす将軍の顔を見つめながら、ケイが言葉を紡ぐ。
「ですが、あなたが知っていることを全て教えていただければ、この件は考えてもいいですよ。」
「なに、を・・・・・・。」
「簡単なことですよ。ユビシュ教について教えていただきたいのです。」
「なぜ、そんな・・・。」
当たり前なことを、と言いかけた将軍の唇をケイの細い指が伸びてきて抑える。もはや彼に翻弄されっぱなしの将軍はそれで押し黙った。
「お願いします。」
「教えれば、いいのですか・・・?」
「ええ、そうです。とても簡単なことでしょう?」
「分かり、ました・・・。」
理知の輝きを失い濁った瞳がケイを見る。
この甘い声が思考を溶かす。
この悪魔の能力を使うと言う。
ならば、なんでもくれてやる・・・。
夢遊の中を彷徨っていた将軍は、突然、身体が引きちぎられるような痛みに襲われて我に戻った。
否、現実に引き戻された。
「きっちり、盗ませていただきましたからね。どうもありがとうございました。」
蝋燭が消える。
漆のような漆黒の闇の中で、大きな窓から街の灯りが見える。それらはまだ煌々と輝いているが、直に薄くなるだろう。
ケイの紅い唇が笑う。
「それでは将軍、お休みなさい。目覚めた頃には何もかも忘れています。」
また、聞こえる。
神の声が。神託が。
恐れろと。
畏れろと。
敬えと。
では、一体何を恐れればいいのだろう。
畏れればいいのだろう。
敬えばいいのだろう。
―――わ、わいは、・・・・・・こに・・・
儚い声は、将軍の耳には届かない。
最後に見えた視界の中に、白く光る眼が見えた。
神の声は、届かない。
神の御使いは、降りられない。
神の手は、断ち切られる。
神は、神は、神は。
狂おしく哀しい宗教が、この末路を生み出した。
第一章、~完~
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