この手に楽園を

蓮ゆうま

文字の大きさ
24 / 29
一章 旅を始める

狐と狸の化かし合い

しおりを挟む

ラクラスの加護は、どりだけ離れても常にケイに注がれている。それはいつも一定量のラクラスの力を使うことが出来るということで、即ち人間と堕天使の狭間の存在ということになる。

「・・・・・・なにか妨害しましたね?」

「・・・・・・。」

射抜くような鋭い視線を、ケイはにこにこと笑ってやり過ごす。

「さあ、妨害したかどうかは、分かりませんが・・・。もしや、見えないことがありましたか?その“神の慧眼”で。」

「・・・・・・。」

今度は将軍が黙り込む番だった。挑発に乗らないように必死で怒りを抑え込む将軍の膝に乗り、ケイが言葉を紡ぐ。

「ああやはり、嘘をつくのは得意なようですね。だって、隠さないと家族に追い出されるから・・・・・・―――。」

「黙れ!」

右手の置かれた椅子の手すりがミシミシと不穏な音を立てる。

「職業柄、騙し騙されは得意なんですよ。まあそういうことが出来ないと。」

「自分が滅ぶ。」

吐息がかかるほどの近さでケイが将軍の言葉を遮って、言うはずだった言葉を先回りして言う。
驚きで口を噤んだ将軍の目を覗き込むようにしながらケイが笑って続ける。

「大変ですね・・・。取り繕って取り繕ってまるでさも勘が当たったように見せかけてきた。当たりすぎてもいけませんね。だが当たるごとに信頼されていく。だから瑣末な所を外したり、選択肢を用意してみたり・・・。真実を知っている側からすれば、そんなに難しい話ではないですね。」

「何を言っているのか分かりませんが。」

「おや、しらばっくれるのですか。あ、こんな言い方では失礼でしたね。あくまで違うと言い張られると。」

「君の言っているような世迷言は相手にしない主義なんですよ。」

「つれないですね。」

ふふ、と自信ありげに微笑したケイから将軍が目を逸らす。隠してはいるが、居心地の悪そうなその仕草に、ケイを騙し通せたと思ったならば、その男は甘かった。

「将軍様、私はどう見えますか?」

ケイは試すように目の前の男を見つめた。
心が読める、真実が見抜ける、嘘を見破れる。それはとても恐ろしい能力で。
だがそれがどうした。
そんなものをスキルに頼ってどうする。そうやって切り札を当たり前に、日常的に使用し、頼ってきたものは。

それが無くなった時に弱くなるのだ。

ましてや一般平民ならまだしも、将軍という広く名の知られた地位に着く者の情報など、探せばいくらでも出てくる。
その人の出生、功績、家族関係など、町人達はいくらでも喋ってくれた。

「私はあなたを嵌めました。あなたが神の慧眼というスキルを持っていることを確かめるために。そして、それを使って陥れるために。」

「陥れる・・・?」

不穏な単語に眉を潜めた将軍に凄絶に微笑んで、ケイが言う。

「もし、あなたのその勘が、悪魔と契約して得られたものだとしたら皆の反応はどうなるでしょうね。」

将軍の顔が一気に強張った。
将軍の脳裏に、スキルで真実を看破し次々に難事件を解決していった時の同胞達の恐れの顔が鮮やかに蘇る。
あの時自分に向けられたのは、明確な恐怖と、畏怖。そして、敵意だった。

なんであそこまで真実を当てる・・・!
あいつは人間じゃない。
関わり合いにならない方がいいぞ。
恐ろしいやつだ・・・。

みるみるうちに色をなくす将軍の顔を見つめながら、ケイが言葉を紡ぐ。

「ですが、あなたが知っていることを全て教えていただければ、この件は考えてもいいですよ。」

「なに、を・・・・・・。」

「簡単なことですよ。ユビシュ教について教えていただきたいのです。」

「なぜ、そんな・・・。」

当たり前なことを、と言いかけた将軍の唇をケイの細い指が伸びてきて抑える。もはや彼に翻弄されっぱなしの将軍はそれで押し黙った。

「お願いします。」

「教えれば、いいのですか・・・?」

「ええ、そうです。とても簡単なことでしょう?」

「分かり、ました・・・。」

理知の輝きを失い濁った瞳がケイを見る。
この甘い声が思考を溶かす。
この悪魔の能力を使うと言う。
ならば、なんでもくれてやる・・・。
夢遊の中を彷徨っていた将軍は、突然、身体が引きちぎられるような痛みに襲われて我に戻った。
否、現実に引き戻された。

「きっちり、盗ませていただきましたからね。どうもありがとうございました。」

蝋燭が消える。
漆のような漆黒の闇の中で、大きな窓から街の灯りが見える。それらはまだ煌々と輝いているが、直に薄くなるだろう。
ケイの紅い唇が笑う。

「それでは将軍、お休みなさい。目覚めた頃には何もかも忘れています。」

また、聞こえる。
神の声が。神託が。
恐れろと。
畏れろと。
敬えと。
では、一体何を恐れればいいのだろう。
畏れればいいのだろう。
敬えばいいのだろう。

―――わ、わいは、・・・・・・こに・・・

儚い声は、将軍の耳には届かない。
最後に見えた視界の中に、白く光る眼が見えた。

神の声は、届かない。
神の御使いは、降りられない。
神の手は、断ち切られる。
神は、神は、神は。
狂おしく哀しい宗教が、この末路を生み出した。


第一章、~完~
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...