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社長それはいけません!
パーティー会場の喧騒が遠ざかっていく。
大きなシャンデリアに、着飾った人々がメリーゴーランドのようにチカチカと光る気がした。
手が急に震えて視界が滲んだ。息が乱れる。体が熱い。
「お、落ち着いて。私は黄瀬社長の秘書なんだから。パーティ会場で社長に恥をかかせる訳にはいかないのよ……」
自分に言い聞かせ、白いドレスワンピースの裾を握りしめた。急な体調の変化に戸惑いながら、深呼吸を繰り返す。
黄瀬社長を見るとパーティゲスト達に請われて、笑顔でスマホで写真撮影に応えていた。
私はそれらの邪魔にならないように、少し離れていたのだ。
社長が和やかに談笑している今の間になんとか体調を整えようと。一度華やかなパーティ会場から、化粧室へと逃げ込もうとした瞬間。
かつて勤めていた美容クリニック『akai』の赤井奏多社長に腕を掴まれてビクッと体を震わせた。
赤井社長の笑顔は、昔と変わらず鋭いナイフのようだった。
「なんだ紗凪。もう酔ってしまったのか? 相変わらず酒が弱いんだな。俺が静かなところに連れて行こうか?」
「な、なにを……っ」
こうして体調が悪くなったのは先ほど赤井社長から進められたシャンパンが原因だった。
それを口にして少し経つと、体の異変に気づいのだ。
もしかしてシャンパンに何か入れられたのかと、赤井社長を睨むと、赤井社長は私の震える手を握り。耳元で囁いた。
「体、辛いんだろ? さっき飲んだ紗凪のシャンパンには特別なものが入っているからな」
「!」
「性的に気持ち良くなれるサプリだよ。俺たちまたやり直そうぜ? 俺を断る女なんて紗凪が初めてだった。どうしても忘れられなくて。なのにお前は他の社長に仕えるなんて……許せない。俺のところに戻って来い。当時はカッとしてしまって悪かったよ」
囁かれた赤井社長の声が頭の中で反響する。
そして嫌でも思いだす──あの事件。
私はかつて赤井社長の秘書をしていた。
そのときに赤井社長から大人の関係に誘われたのだ。もちろん断った。
すると後日、私が一方的に誘ったと会社にあっという間に悪い噂が流れた。
それが原因で『akai』を辞めたのに。
まだそんなことを言うのかと、手を振り払おうとした瞬間。膝が崩れ落ちた。そして不愉快にも赤井社長に抱き止められてしまった。
「おっと。お宅のところの黄瀬社長は忙しそうだから、俺がエスコートしてやるよ」
「っ、エスコートなんて必要ありません」
ハッキリと拒絶したのに、赤井社長はニヤリと笑ったままだ。
「ふぅん。変に暴れると、また秘書の仕事辞めることになるんじゃないのか?」
「……!」
「ほら、一度静かなところに移動しよう。な? 俺は色々とお前に用があるんだよ」
赤井社長は器用に私の腰に手を回した。その感触にゾワリと肌が粟立ち。余計に気分が悪くなってしまった。
このままでは危険だ。でも、ここで騒ぐと黄瀬社長に迷惑がかかる。
やっと掴んだ再就職の秘書の仕事。
この一ヶ月、必死に頑張ってきたのに。 悔しくて瞳に涙が滲む。
「っ、黄瀬社長に迷惑をかけたくありません。話なら後日改めて聞きますからっ……」
「え? 今聞いてくれるのか。そうかありがとう。じゃあ、外に行こうか」
「……!」
人の話を全く聞いてない!
苛立ち、頭に血が昇ると余計に気分が悪くなって目眩がした。
それを良いことに赤井社長は周囲の人に気付かれないように、私を連れてさっと会場を抜け出した。
その強引な足運びに気持ちが悪くて、声すら出せなかった。
やっと目眩が治ったと思えば、そこはホテルの部屋の前でびっくりしてしまう。
赤井社長が「ほら、ここで少し休もう」と胸ポケットからカードキーを取り出すのが見えてぐっと、手を突き出して抵抗する。
「社長、お願いです。やめて下さい……!」
「その顔。実にイイ。色っぽいじゃないか。俺はお前みたいな真面目な秘書がタイプだ。なぁ、二人で海外とかに行こうぜ? いいだろ?」
この人は野心家で、自分のモノと決めたら必ず手に入れるパワーがある人だった。
それは仕事だけではなく──女性もそうなのだろう。
このままでは部屋に引き込まれてしまう。逃げ場がなくなる。
怖いと思った瞬間。
「何をしているんだっ!?」
廊下に響く鋭い声。声がした方向を見ると黄瀬社長が叫んでいた。
黒いシックなスーツにボルドーのネクタイ。整った容姿。それは黄瀬社長に間違いなかった。
赤井社長は黄瀬社長に気がつくと、煩わし気に舌打ちをした。
「チッっ……!」
ままならない体をなんとか動かして、黄瀬社長に手を伸ばすと。黄瀬社長は素早く私に駆け寄り、しっかりと強く私の手を握ってくれた。
その勢いのまま私をスーツの胸の中にしっかりと抱き締め。私を支えてくれた。
「青樹さんっ。君が急に会場から姿を消すから、どこに行ったか心配になって探していたんだ。見つかって良かった」
はぁはぁと呼吸をする黄瀬社長。その様子から慌てて私を探してくれたんだと思った。
ありがとうございますと、なんとか伝えると。
黄瀬社長はほっとしたように、微笑してくれた。
その微笑みに安心して涙が出てしまいそうになる。
しかし、黄瀬社長はすぐにキリッと厳しい眼差しを赤井社長に向けた。
「赤井社長。これは一体どう言うことですか」
「……お宅の秘書が気分を悪くしたみたいだから、昔のよしみで介抱をしようと思っただけさ。他意はないから、そう睨まないでくれよ」
「ならば、私やホテルのスタッフに声を掛けるべきだと思うのですが?」
黄瀬社長の声はとても冷たい。
社長は普段とは別人のように、赤井社長を驚くほど冷酷な視線で睨んでいた。
その視線を受けても赤井社長は飄々として笑っていたが、その瞳は笑ってはいなかった。
「だから昔のよしみだと言っただろ? それとも、ここで俺と揉めたい訳か? 今日のパーティは有名美容関係者やインフルエンサーも沢山来ている。そんな場所で美容クリニック業界大手『akai』と老舗の化粧品会社『キセイ堂』黄瀬社長が揉めたとか、お互いに面白くないんじゃないか?」
「……っ」
ギリっとした音が聞こえた。
それは黄瀬社長が歯を食いしばった音。その音を聞いてしまって私の心も軋む。
迷惑を掛けてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
二人は業種が違えど美容業界で目立つ社長として、何かと比べられる関係だった。
「黄瀬社長、私は大丈夫です。なにも問題はありません。だから、もう行きましょう……!」
私がそう言うとふふっと、赤井社長が笑った。
「ふっ。お前みたいなお坊ちゃんは何も出来ないだろ? お前みたいな品行方正タイプはたかが知れているんだ。お前もそのうち足元を掬われたらいい」
やけに挑発的な態度の赤井社長に、黄瀬社長はふっとため息を吐いた。
「そのように勝手に意識されても困ります。そして不愉快極まりない。青樹は私の秘書です。もうあなたの秘書ではない。二度と近づかないで下さいっ!」
ぴしゃりと言い切り。
赤井社長を残して、早々とその場を離れるのだった。
「青樹さん、大丈夫か?」
赤井社長から離れ、エレベーターに乗り込むと黄瀬社長が話しかけてきた。
普段は冷静な社長の声が、わずかに震えている気がした。
「申し訳ありません……っ、」
なんとか口を開くが、体調は良くない。
このホテルのエレベーターの静かな揺れですら気持ち悪い。思わず手を口元に当ててしまう。
「しっかり。今日、このままホテルに泊まろうと思っていた俺の部屋がある。ひとまずそこで休んで欲しい。いいな?」
その言葉にこくりと頷く。黄瀬社長の声や様子に
赤井社長のような下心は微塵も感じなかった。
私達の関係は社長と秘書だ。
黄瀬社長は社長として社員の私を心配してくれている。それに安心してしまい。私は力無く黄瀬社長のスーツに額を預け、ゆっくりと息を吐いた。
そしてエレベーターを降り。黄瀬社長が取った部屋に入ると視界がまた、ぐらりとまわった。
そしてなんだか体の内側から、熱がジンジンと広がって行くのを感じた。アルコールからの熱かと思ったけど──これはなんだか違う。
すると黄瀬社長が慌てて、私をベッドに横たわらせてくれた。
ホテルの部屋の白い天井、大きなベッド。
気持ち的には落ち着くが、身体が一向に落ち着く気配はなかった。
そんな視界のなか「大丈夫か」と黄瀬社長が私の顔を覗き込んできた。
心配を掛けるまいと頑張って、目を開いて自分の容態を伝える。
「黄瀬社長。私、赤井社長から、変なサプリを飲まされたみたい、です……」
「変なサプリだと?」
驚く黄瀬社長にゆっくりと頷く。
そうです、と言う前に声は熱い吐息になってしまった。
横になると白いドレスワンピースが、肌にまとわりつくようで気持ち悪い。脱ぎ捨てたい衝動に駆られる。
そして火照る体のせいで、喉が渇いてしまいケホケホと咳き込んでしまった。
「待ってろ。水を持ってくるっ」
黄瀬社長はすぐに私から離れた。
普段私と接しているときは、そんな慌てた様子は見せないのに。
その様子をみながら、熱ぽっい頭でぼんやりと思う。
私を助けてくれた黄瀬社長は──高校生のときと変わらず。やっぱりカッコいい。
抱き締められたとき、凄くいい香りがした。
こんなふうに考えてしまうのは体や頭が、どうかしているせいだろう。
思わず失笑してしまうが、また咽せてしまった。
それに体の内側がぞわぞわしてきた。紛らわせようとベッドのシーツを濁り締め。手にキュッと力を入れると、ふいに下腹部が疼いた。
「!」
──この兆候はやばい。
赤井社長が言っていたサプリが、こんなにも体に影響するなんて。
まずいと思っていると黄瀬社長が戻ってきて、私にペットボトルの水を差し出した。
「ほら、まずは水を飲んでくれ。それから病院に行こう」
「しゃ、社長。私のことは放っておいて下さい。お願い……しますっ」
「そんな状態で一人になんか出来ない。いいから、まずは水を飲め」
ぐっと、体を抱き寄せられた。
触られた場所が酷く熱く感じてしまい。声が漏れそうなのをギリギリ堪えた。
身体の異変。
気持ちの高揚。
無理矢理に性欲を高められていく感じがした。
黄瀬社長が素早くペットボトルの水を口に持って来てくれたけど、力が入らなくて唇から水をポタポタとこぼしてしまう。
その水滴が黄瀬社長のスーツを濡らす。
「あ、すみません……スーツが、ごめんなさい」
「スーツなんてどうでもいい。俺はお前が心配なんだ」
眉根を寄せてじっと真剣に私を見つめるその顔に、高校時代の彼の顔が一瞬重なった。
黄瀬社長は高校時代、罰ゲームで私に告白したことがあった。
それは苦い思い出。
なのになぜ今、彼はそんな真剣な眼差しで私を見るのだろう。
私のことが嫌いじゃ無かったのか。
そして再会して、今は社長と秘書。
お互いの過去を忘れ。ビジネスライクな関係のはずなのに、こんな優しさを見せられると混乱する。
黄瀬社長がまた、しっかりしろと私に声を掛けてくれるけど。身体がどんどん敏感になり、少しの刺激も必要以上に感じて声が出せなかった。
必死に刺激から逃げるように違うことを考える。
昔のことを互いに触れることなく、この一ヶ月、秘書として頑張ってきたのに。それを赤井社長のせいで、こんなことで無茶苦茶にしたくない。
唇を強く噛み締める。
シャンパンを勧められるままに飲んでしまった自分が、浅はかで思わず涙がでてしまいそうになった瞬間。
黄瀬社長がくっと私の顎を上にあげて、私と視線を絡ませた。
「青樹さん。いや……紗凪。すまない。あとで俺を殴ってもいい」
そう言うと黄瀬社長は突然、ペットボトルの水を口に含み。私にキスをした。
大きなシャンデリアに、着飾った人々がメリーゴーランドのようにチカチカと光る気がした。
手が急に震えて視界が滲んだ。息が乱れる。体が熱い。
「お、落ち着いて。私は黄瀬社長の秘書なんだから。パーティ会場で社長に恥をかかせる訳にはいかないのよ……」
自分に言い聞かせ、白いドレスワンピースの裾を握りしめた。急な体調の変化に戸惑いながら、深呼吸を繰り返す。
黄瀬社長を見るとパーティゲスト達に請われて、笑顔でスマホで写真撮影に応えていた。
私はそれらの邪魔にならないように、少し離れていたのだ。
社長が和やかに談笑している今の間になんとか体調を整えようと。一度華やかなパーティ会場から、化粧室へと逃げ込もうとした瞬間。
かつて勤めていた美容クリニック『akai』の赤井奏多社長に腕を掴まれてビクッと体を震わせた。
赤井社長の笑顔は、昔と変わらず鋭いナイフのようだった。
「なんだ紗凪。もう酔ってしまったのか? 相変わらず酒が弱いんだな。俺が静かなところに連れて行こうか?」
「な、なにを……っ」
こうして体調が悪くなったのは先ほど赤井社長から進められたシャンパンが原因だった。
それを口にして少し経つと、体の異変に気づいのだ。
もしかしてシャンパンに何か入れられたのかと、赤井社長を睨むと、赤井社長は私の震える手を握り。耳元で囁いた。
「体、辛いんだろ? さっき飲んだ紗凪のシャンパンには特別なものが入っているからな」
「!」
「性的に気持ち良くなれるサプリだよ。俺たちまたやり直そうぜ? 俺を断る女なんて紗凪が初めてだった。どうしても忘れられなくて。なのにお前は他の社長に仕えるなんて……許せない。俺のところに戻って来い。当時はカッとしてしまって悪かったよ」
囁かれた赤井社長の声が頭の中で反響する。
そして嫌でも思いだす──あの事件。
私はかつて赤井社長の秘書をしていた。
そのときに赤井社長から大人の関係に誘われたのだ。もちろん断った。
すると後日、私が一方的に誘ったと会社にあっという間に悪い噂が流れた。
それが原因で『akai』を辞めたのに。
まだそんなことを言うのかと、手を振り払おうとした瞬間。膝が崩れ落ちた。そして不愉快にも赤井社長に抱き止められてしまった。
「おっと。お宅のところの黄瀬社長は忙しそうだから、俺がエスコートしてやるよ」
「っ、エスコートなんて必要ありません」
ハッキリと拒絶したのに、赤井社長はニヤリと笑ったままだ。
「ふぅん。変に暴れると、また秘書の仕事辞めることになるんじゃないのか?」
「……!」
「ほら、一度静かなところに移動しよう。な? 俺は色々とお前に用があるんだよ」
赤井社長は器用に私の腰に手を回した。その感触にゾワリと肌が粟立ち。余計に気分が悪くなってしまった。
このままでは危険だ。でも、ここで騒ぐと黄瀬社長に迷惑がかかる。
やっと掴んだ再就職の秘書の仕事。
この一ヶ月、必死に頑張ってきたのに。 悔しくて瞳に涙が滲む。
「っ、黄瀬社長に迷惑をかけたくありません。話なら後日改めて聞きますからっ……」
「え? 今聞いてくれるのか。そうかありがとう。じゃあ、外に行こうか」
「……!」
人の話を全く聞いてない!
苛立ち、頭に血が昇ると余計に気分が悪くなって目眩がした。
それを良いことに赤井社長は周囲の人に気付かれないように、私を連れてさっと会場を抜け出した。
その強引な足運びに気持ちが悪くて、声すら出せなかった。
やっと目眩が治ったと思えば、そこはホテルの部屋の前でびっくりしてしまう。
赤井社長が「ほら、ここで少し休もう」と胸ポケットからカードキーを取り出すのが見えてぐっと、手を突き出して抵抗する。
「社長、お願いです。やめて下さい……!」
「その顔。実にイイ。色っぽいじゃないか。俺はお前みたいな真面目な秘書がタイプだ。なぁ、二人で海外とかに行こうぜ? いいだろ?」
この人は野心家で、自分のモノと決めたら必ず手に入れるパワーがある人だった。
それは仕事だけではなく──女性もそうなのだろう。
このままでは部屋に引き込まれてしまう。逃げ場がなくなる。
怖いと思った瞬間。
「何をしているんだっ!?」
廊下に響く鋭い声。声がした方向を見ると黄瀬社長が叫んでいた。
黒いシックなスーツにボルドーのネクタイ。整った容姿。それは黄瀬社長に間違いなかった。
赤井社長は黄瀬社長に気がつくと、煩わし気に舌打ちをした。
「チッっ……!」
ままならない体をなんとか動かして、黄瀬社長に手を伸ばすと。黄瀬社長は素早く私に駆け寄り、しっかりと強く私の手を握ってくれた。
その勢いのまま私をスーツの胸の中にしっかりと抱き締め。私を支えてくれた。
「青樹さんっ。君が急に会場から姿を消すから、どこに行ったか心配になって探していたんだ。見つかって良かった」
はぁはぁと呼吸をする黄瀬社長。その様子から慌てて私を探してくれたんだと思った。
ありがとうございますと、なんとか伝えると。
黄瀬社長はほっとしたように、微笑してくれた。
その微笑みに安心して涙が出てしまいそうになる。
しかし、黄瀬社長はすぐにキリッと厳しい眼差しを赤井社長に向けた。
「赤井社長。これは一体どう言うことですか」
「……お宅の秘書が気分を悪くしたみたいだから、昔のよしみで介抱をしようと思っただけさ。他意はないから、そう睨まないでくれよ」
「ならば、私やホテルのスタッフに声を掛けるべきだと思うのですが?」
黄瀬社長の声はとても冷たい。
社長は普段とは別人のように、赤井社長を驚くほど冷酷な視線で睨んでいた。
その視線を受けても赤井社長は飄々として笑っていたが、その瞳は笑ってはいなかった。
「だから昔のよしみだと言っただろ? それとも、ここで俺と揉めたい訳か? 今日のパーティは有名美容関係者やインフルエンサーも沢山来ている。そんな場所で美容クリニック業界大手『akai』と老舗の化粧品会社『キセイ堂』黄瀬社長が揉めたとか、お互いに面白くないんじゃないか?」
「……っ」
ギリっとした音が聞こえた。
それは黄瀬社長が歯を食いしばった音。その音を聞いてしまって私の心も軋む。
迷惑を掛けてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
二人は業種が違えど美容業界で目立つ社長として、何かと比べられる関係だった。
「黄瀬社長、私は大丈夫です。なにも問題はありません。だから、もう行きましょう……!」
私がそう言うとふふっと、赤井社長が笑った。
「ふっ。お前みたいなお坊ちゃんは何も出来ないだろ? お前みたいな品行方正タイプはたかが知れているんだ。お前もそのうち足元を掬われたらいい」
やけに挑発的な態度の赤井社長に、黄瀬社長はふっとため息を吐いた。
「そのように勝手に意識されても困ります。そして不愉快極まりない。青樹は私の秘書です。もうあなたの秘書ではない。二度と近づかないで下さいっ!」
ぴしゃりと言い切り。
赤井社長を残して、早々とその場を離れるのだった。
「青樹さん、大丈夫か?」
赤井社長から離れ、エレベーターに乗り込むと黄瀬社長が話しかけてきた。
普段は冷静な社長の声が、わずかに震えている気がした。
「申し訳ありません……っ、」
なんとか口を開くが、体調は良くない。
このホテルのエレベーターの静かな揺れですら気持ち悪い。思わず手を口元に当ててしまう。
「しっかり。今日、このままホテルに泊まろうと思っていた俺の部屋がある。ひとまずそこで休んで欲しい。いいな?」
その言葉にこくりと頷く。黄瀬社長の声や様子に
赤井社長のような下心は微塵も感じなかった。
私達の関係は社長と秘書だ。
黄瀬社長は社長として社員の私を心配してくれている。それに安心してしまい。私は力無く黄瀬社長のスーツに額を預け、ゆっくりと息を吐いた。
そしてエレベーターを降り。黄瀬社長が取った部屋に入ると視界がまた、ぐらりとまわった。
そしてなんだか体の内側から、熱がジンジンと広がって行くのを感じた。アルコールからの熱かと思ったけど──これはなんだか違う。
すると黄瀬社長が慌てて、私をベッドに横たわらせてくれた。
ホテルの部屋の白い天井、大きなベッド。
気持ち的には落ち着くが、身体が一向に落ち着く気配はなかった。
そんな視界のなか「大丈夫か」と黄瀬社長が私の顔を覗き込んできた。
心配を掛けるまいと頑張って、目を開いて自分の容態を伝える。
「黄瀬社長。私、赤井社長から、変なサプリを飲まされたみたい、です……」
「変なサプリだと?」
驚く黄瀬社長にゆっくりと頷く。
そうです、と言う前に声は熱い吐息になってしまった。
横になると白いドレスワンピースが、肌にまとわりつくようで気持ち悪い。脱ぎ捨てたい衝動に駆られる。
そして火照る体のせいで、喉が渇いてしまいケホケホと咳き込んでしまった。
「待ってろ。水を持ってくるっ」
黄瀬社長はすぐに私から離れた。
普段私と接しているときは、そんな慌てた様子は見せないのに。
その様子をみながら、熱ぽっい頭でぼんやりと思う。
私を助けてくれた黄瀬社長は──高校生のときと変わらず。やっぱりカッコいい。
抱き締められたとき、凄くいい香りがした。
こんなふうに考えてしまうのは体や頭が、どうかしているせいだろう。
思わず失笑してしまうが、また咽せてしまった。
それに体の内側がぞわぞわしてきた。紛らわせようとベッドのシーツを濁り締め。手にキュッと力を入れると、ふいに下腹部が疼いた。
「!」
──この兆候はやばい。
赤井社長が言っていたサプリが、こんなにも体に影響するなんて。
まずいと思っていると黄瀬社長が戻ってきて、私にペットボトルの水を差し出した。
「ほら、まずは水を飲んでくれ。それから病院に行こう」
「しゃ、社長。私のことは放っておいて下さい。お願い……しますっ」
「そんな状態で一人になんか出来ない。いいから、まずは水を飲め」
ぐっと、体を抱き寄せられた。
触られた場所が酷く熱く感じてしまい。声が漏れそうなのをギリギリ堪えた。
身体の異変。
気持ちの高揚。
無理矢理に性欲を高められていく感じがした。
黄瀬社長が素早くペットボトルの水を口に持って来てくれたけど、力が入らなくて唇から水をポタポタとこぼしてしまう。
その水滴が黄瀬社長のスーツを濡らす。
「あ、すみません……スーツが、ごめんなさい」
「スーツなんてどうでもいい。俺はお前が心配なんだ」
眉根を寄せてじっと真剣に私を見つめるその顔に、高校時代の彼の顔が一瞬重なった。
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それは苦い思い出。
なのになぜ今、彼はそんな真剣な眼差しで私を見るのだろう。
私のことが嫌いじゃ無かったのか。
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黄瀬社長がまた、しっかりしろと私に声を掛けてくれるけど。身体がどんどん敏感になり、少しの刺激も必要以上に感じて声が出せなかった。
必死に刺激から逃げるように違うことを考える。
昔のことを互いに触れることなく、この一ヶ月、秘書として頑張ってきたのに。それを赤井社長のせいで、こんなことで無茶苦茶にしたくない。
唇を強く噛み締める。
シャンパンを勧められるままに飲んでしまった自分が、浅はかで思わず涙がでてしまいそうになった瞬間。
黄瀬社長がくっと私の顎を上にあげて、私と視線を絡ませた。
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「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。