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「!?」
驚いて声を上げたのに喉からかひゅっと、変な音が漏れただけだった。
ビルの合間。
狭い路地へと引き込まれながら、無我夢中で腕やエコバッグも振り回すと、私の腕を掴んだ手は離れた。
その代わり、反動でビルの煤けた壁に体をぶつけて、たたらを踏んでしまう。
エコバッグは地面に落としてしまい。すぐに拾いに行きたいけど体をめちゃくちゃに動かしたせいで、自ら路地の奥へと体を進ませてしまった。
「っ……いたっ……」
周囲は窓もないビルの壁。室外機や配電盤を設置するためだけの空間。当然、私の後ろは行き止まり。
どうしようと不安の波に溺れそうになるけど、ぶつけた肩の痛みのお陰でなんとか冷静さを保てていた。
肩をさすりながら前を見る。そこには元来た道を遮るように、誰かが立ち塞がり。ふぅふぅと獣みたいな呼吸をしていた。
微かに夜風に乗ってアルコールのすえた匂いがして、顔を顰めてしまう。
最初、変質者かと思った。
けど私の名前を知っている。そのことに更に胸がざわつき、一体だれなのと薄暗い路地で目を凝らして目の前の人物を見る。
服装はよれたスーツ姿。髪はボサボサ。
無精髭が生えていて、瞳は険しいが……何処か見覚えある顔にハッとした。
それは赤井社長だった。
「あ、赤井社長っ……!?」
「ふ、ふふっ。久しぶりだなぁ」
じりっと一歩、こちらに近づくのでつかさず後ずさる。
──黄瀬さん助けて! そう叫んでしまいそうになったが、秘書としてこんなヤツに二度と関わって欲しくないと言う気持ちが瞬時に優ってしまい、言葉を飲み込んだ。
一応、見知ってる顔だ。
なんとかしてこの場を切り抜けたい。それに私にはアレがあると、ごくりと喉を鳴らす。
美容クリニックの社長で身嗜みには気を遣っていた人が、こんな酔っ払いみたいな、くたびれた姿をしているなんて。
一体何があったのかと思うけど、今はそれよりも何故ここにいるのか。
なぜ私の腕を掴んで、こんな路地に引き込んで不気味で仕方なかった。
「な、なんでこんなところに居るんですか。私に何かようですかっ」
ホテルでのことも思いだして嫌悪感を露わにする。
あのとき違って、はっきりと非難の視線を送る。なのに赤井社長はにたりと笑った。
「用があるから来たに決まってんだろ。それに一言どうしても言いたくてな。紗凪ぁ。お前だけ上手くいくなんて、ズルいんだよ」
「ずるい?」
「どうせ、お利口さんなお前はこうなることを、わかっていたから俺から離れたんだろっ。社長のこの俺を見捨てやがって!」
「見捨てた? 私が?」
「そうだよっ! 俺の会社はもう終わりだっ。お前は俺が自転車操業で経営をしていたって、知っていたから俺を拒否したんだろ!」
狭い路地に赤井社長の声が響く。
赤井社長からの突然の経営暴露に驚くが、私に突然掛かってきた不審な電話は、このせいだったのかと腑に落ちた。
きっと内情を知る人が、会社の情報を集めていたのだろう。
それを受けて私と黄瀬さんはakaiを調べた。結果、経営が好ましくないと見通したのは間違いではなかったのだろう。
今の発言もあって、akaiクリニックの経営は危機的なものだと、確信した。
でも──やっぱり。そんなことは私に関係ない。
私は秘書であって。経営、経理には関わってない。
「そんなこと知りません」
はっきりと言う。
しかし赤井社長は眉を吊り上げた。
「嘘言うなよっ。だから俺を見捨てて次の社長、黄瀬に乗り換えたんだろ。どうせホテルであの後、黄瀬とヤッたんだろ。女は楽でいいよなっ」
「私と黄瀬社長はそんなことをしてませんっ!」
「はっ! さっきまで駐車場でイチャイチャしていたのは誰だ。すっかり黄瀬の女になりやがって」
「!」
見られていた。
しまったと思ったが、この人にはなんにも関係ない。
ホテルでの出来ごとも黄瀬さんとの体の接触はあった。
でも私達はお互いを尊重していた。黄瀬さんは私に触れる前に私の意思を確認してくれた。ずっと心配してくれた。
そんな黄瀬さんのことを、私達のことをとやかく言われる筋合いなんかない。
そもそも誰のせいであんなことになったんだと、苛立ちを覚えた。
「だとしても。アンタなんかに関係ない。黄瀬社長をアンタなんかと一緒にしないでっ」
気がつけば勝手に声が出ていた。
赤井社長は私の声に驚き、それを誤魔化すようにクソっと悪態を着いて壁を蹴りあげる。
そしてヒックとしゃくりあげた。
どがっと音が響くが、誰かがここに来る気配はなかった。ひょっとして音が内側に反響して、外に聞こえ辛いのかと思った。
家にスマホを置いて来たのが悔やまれる。
でも私にはアレ。防犯ベルがある──と鍵を入れているポケットに手を伸ばす。
赤井社長は、深く呼吸してまた私をギロッと見て来た。
その様子とさっきのしゃっくりから深酒をして、ヤケを起こしているように見える。
対して私は冷静になるようにと思うが、先ほど言われた言葉がじりじりと私の自尊心に火をつけていた。
何が『見捨てて』だ。しかもまた、こんなところに現れて。
私にセックスを求めて、拒否したら社員を切り捨てたのはそっちじゃないかと、唇を噛み締めるとあのときの記憶が蘇る。
悪い噂が流れて、誰にも信じて貰えなくて逃げるように会社をやめたこと。
背中を丸めて惨めな気もちで退社した、悔しい気持ちも思い出した。
キッと前を見ながら、バレないように。
ポケットの中の鍵をゆっくりと取り出しつつ、赤井社長に喋り掛ける。
「私からも一ついいですか」
怖いけど、この人に背を向けるのは嫌だった。
そしてポケットの中にたどり着いた手の先にある、防犯ベルをぎゅっと握る。
この会話は時間稼ぎの為でもある。
「……あぁ? なんだよ」
「私は自分の秘書と言う仕事に誇りを持ってやっています。それは今も昔も変わりません。私なりに全力で仕事を全うしてきたつもりです。なのに……」
「ちっ。んだよ。はっきりと言え」
そのつもりだ。
すうっと深呼吸して、大声を出した!
「──アンタがこんなバカ社長って知っていたら、最初から誰がアンタの秘書なんてやるもんですかっ! ホテルで変なサプリをよくも飲ませてくれたわねっ。あんなサプリ、自分一人で飲んでろ! 人を巻き込まむんじゃないわよっ! この、変態バカ社長!」
ギョッとする赤井社長の顔に、やっと一矢を報いることが出来たと思った。
そしてつかさず、ポケットから鍵を取り出して防犯ブザーのピンを抜いてえいっと、往路側に放り投げた!
誰か気がついて!!
ビィィ──とけたたましい音が鳴り響きながら、防犯ベルは往路へと辿り着く思いきや。
緊張して放り投げたせいか、コントロールが悪くて往路に辿り着く前に防犯ベルは壁にあたり、赤井社長のやや後ろ側に落ちてしまった。
「うるせぇな! そうやってお前は毅然とした態度で俺を拒んだな。ふ、ふふっ。そうだ。お前さえ、いれば黄瀬から金を引き出せる! 俺にはお前が必要なんだよっ!!」
赤井社長は音に驚きながらも、何かを喋っていたがベルの音に紛れて聞こえなかった。
それよりも私は大きな音が反響するなか、その場で右往左往してしまう。
誰か気付くのを待つべきか、強行突破するべきか。
防犯ベルの音に心を掻き乱され、背中に冷たい汗が流れたとき。
赤井社長が足を大きく振り上げて、防犯ベルを二度と、三度と踏み抜き。最後に何かを叫びながらベルを勢いよく踏んづけると、ベルは弱った蝉の鳴き声みたいにビィ──……と、余韻を残して鎮まった。
元に戻った夜の静けさに耳が痛い。
赤井社長ゆらりと、私へと近づき始めた。
「っ、こ、来ないで!」
「紗凪ぁ。こざかしい真似を。もういい、ほら。俺と一緒に来い。世間にお前と黄瀬が出来てるって黙っていてやるから、黄瀬から金を引き出せ」
「それが目的だったのね」
「嫌だと言ったら……ふ、ひっ。今度こそ俺がここで、可愛がってやるよ」
「……っ!」
ひひっと、下卑た笑みを浮かべながら私に近づくその姿に社長の威厳も何もない。ただの変質者。
本当にどこまでも卑劣な人間だ。
そんな人間に触れられると思うと吐き気がする。それでも捕まえられたら、向こうの方が有利だと言うことが悔しい。
そんなことを思いながら、じりじりと後退する。じゃりっとサンダルが地面を擦る音が、私の心を余計にささくれ立たせる。
さっきのベルの音は一時的なもので、誤報だと思われたのか。誰かの耳には届かなかったのかと、いよいよ泣きそうになってしまう。
「っ、こんなことをしても何も解決しない! こんなの憂さ晴らしよ。今すぐに誰か来るわよっ」
泣きたい気持ちを抑えて、牽制する。
「うるせぇよ。お前がホテルで大人しく俺に抱かれてたら、良かったんだよ。そうすりゃ、もっと早くに黄瀬を強請れたんだ。お前が言うことを聞けば、こんなことにならなかった……お前のせいで……」
ホテルで私にサプリを飲ませた理由が分かった。なんて勝手なのだろう。
血走った目で赤井はどんどんと私に近づいてくる。
私の背はもう壁にぴったりとくっついている。
何か身を守れるものはと、左右を見渡すが何もない。
どうしよう。
このままじゃと思っていると目の前に赤井がいて。
私と目が合うと、赤井はべろりとカサついた唇を舌舐めずりをした。
「ひっ」
ぞわっと産毛が逆立つ。こうなればもう滅茶苦茶に暴れ回ってやる。噛み付いてやる。
この体に触れて良いのは黄瀬さんだけだと、ガタガタと震える体に力を込めたとき。
「何をやっているんだっ!」
聞き覚えのある、鋭い男性の声が路地裏に響いた。
驚いて声を上げたのに喉からかひゅっと、変な音が漏れただけだった。
ビルの合間。
狭い路地へと引き込まれながら、無我夢中で腕やエコバッグも振り回すと、私の腕を掴んだ手は離れた。
その代わり、反動でビルの煤けた壁に体をぶつけて、たたらを踏んでしまう。
エコバッグは地面に落としてしまい。すぐに拾いに行きたいけど体をめちゃくちゃに動かしたせいで、自ら路地の奥へと体を進ませてしまった。
「っ……いたっ……」
周囲は窓もないビルの壁。室外機や配電盤を設置するためだけの空間。当然、私の後ろは行き止まり。
どうしようと不安の波に溺れそうになるけど、ぶつけた肩の痛みのお陰でなんとか冷静さを保てていた。
肩をさすりながら前を見る。そこには元来た道を遮るように、誰かが立ち塞がり。ふぅふぅと獣みたいな呼吸をしていた。
微かに夜風に乗ってアルコールのすえた匂いがして、顔を顰めてしまう。
最初、変質者かと思った。
けど私の名前を知っている。そのことに更に胸がざわつき、一体だれなのと薄暗い路地で目を凝らして目の前の人物を見る。
服装はよれたスーツ姿。髪はボサボサ。
無精髭が生えていて、瞳は険しいが……何処か見覚えある顔にハッとした。
それは赤井社長だった。
「あ、赤井社長っ……!?」
「ふ、ふふっ。久しぶりだなぁ」
じりっと一歩、こちらに近づくのでつかさず後ずさる。
──黄瀬さん助けて! そう叫んでしまいそうになったが、秘書としてこんなヤツに二度と関わって欲しくないと言う気持ちが瞬時に優ってしまい、言葉を飲み込んだ。
一応、見知ってる顔だ。
なんとかしてこの場を切り抜けたい。それに私にはアレがあると、ごくりと喉を鳴らす。
美容クリニックの社長で身嗜みには気を遣っていた人が、こんな酔っ払いみたいな、くたびれた姿をしているなんて。
一体何があったのかと思うけど、今はそれよりも何故ここにいるのか。
なぜ私の腕を掴んで、こんな路地に引き込んで不気味で仕方なかった。
「な、なんでこんなところに居るんですか。私に何かようですかっ」
ホテルでのことも思いだして嫌悪感を露わにする。
あのとき違って、はっきりと非難の視線を送る。なのに赤井社長はにたりと笑った。
「用があるから来たに決まってんだろ。それに一言どうしても言いたくてな。紗凪ぁ。お前だけ上手くいくなんて、ズルいんだよ」
「ずるい?」
「どうせ、お利口さんなお前はこうなることを、わかっていたから俺から離れたんだろっ。社長のこの俺を見捨てやがって!」
「見捨てた? 私が?」
「そうだよっ! 俺の会社はもう終わりだっ。お前は俺が自転車操業で経営をしていたって、知っていたから俺を拒否したんだろ!」
狭い路地に赤井社長の声が響く。
赤井社長からの突然の経営暴露に驚くが、私に突然掛かってきた不審な電話は、このせいだったのかと腑に落ちた。
きっと内情を知る人が、会社の情報を集めていたのだろう。
それを受けて私と黄瀬さんはakaiを調べた。結果、経営が好ましくないと見通したのは間違いではなかったのだろう。
今の発言もあって、akaiクリニックの経営は危機的なものだと、確信した。
でも──やっぱり。そんなことは私に関係ない。
私は秘書であって。経営、経理には関わってない。
「そんなこと知りません」
はっきりと言う。
しかし赤井社長は眉を吊り上げた。
「嘘言うなよっ。だから俺を見捨てて次の社長、黄瀬に乗り換えたんだろ。どうせホテルであの後、黄瀬とヤッたんだろ。女は楽でいいよなっ」
「私と黄瀬社長はそんなことをしてませんっ!」
「はっ! さっきまで駐車場でイチャイチャしていたのは誰だ。すっかり黄瀬の女になりやがって」
「!」
見られていた。
しまったと思ったが、この人にはなんにも関係ない。
ホテルでの出来ごとも黄瀬さんとの体の接触はあった。
でも私達はお互いを尊重していた。黄瀬さんは私に触れる前に私の意思を確認してくれた。ずっと心配してくれた。
そんな黄瀬さんのことを、私達のことをとやかく言われる筋合いなんかない。
そもそも誰のせいであんなことになったんだと、苛立ちを覚えた。
「だとしても。アンタなんかに関係ない。黄瀬社長をアンタなんかと一緒にしないでっ」
気がつけば勝手に声が出ていた。
赤井社長は私の声に驚き、それを誤魔化すようにクソっと悪態を着いて壁を蹴りあげる。
そしてヒックとしゃくりあげた。
どがっと音が響くが、誰かがここに来る気配はなかった。ひょっとして音が内側に反響して、外に聞こえ辛いのかと思った。
家にスマホを置いて来たのが悔やまれる。
でも私にはアレ。防犯ベルがある──と鍵を入れているポケットに手を伸ばす。
赤井社長は、深く呼吸してまた私をギロッと見て来た。
その様子とさっきのしゃっくりから深酒をして、ヤケを起こしているように見える。
対して私は冷静になるようにと思うが、先ほど言われた言葉がじりじりと私の自尊心に火をつけていた。
何が『見捨てて』だ。しかもまた、こんなところに現れて。
私にセックスを求めて、拒否したら社員を切り捨てたのはそっちじゃないかと、唇を噛み締めるとあのときの記憶が蘇る。
悪い噂が流れて、誰にも信じて貰えなくて逃げるように会社をやめたこと。
背中を丸めて惨めな気もちで退社した、悔しい気持ちも思い出した。
キッと前を見ながら、バレないように。
ポケットの中の鍵をゆっくりと取り出しつつ、赤井社長に喋り掛ける。
「私からも一ついいですか」
怖いけど、この人に背を向けるのは嫌だった。
そしてポケットの中にたどり着いた手の先にある、防犯ベルをぎゅっと握る。
この会話は時間稼ぎの為でもある。
「……あぁ? なんだよ」
「私は自分の秘書と言う仕事に誇りを持ってやっています。それは今も昔も変わりません。私なりに全力で仕事を全うしてきたつもりです。なのに……」
「ちっ。んだよ。はっきりと言え」
そのつもりだ。
すうっと深呼吸して、大声を出した!
「──アンタがこんなバカ社長って知っていたら、最初から誰がアンタの秘書なんてやるもんですかっ! ホテルで変なサプリをよくも飲ませてくれたわねっ。あんなサプリ、自分一人で飲んでろ! 人を巻き込まむんじゃないわよっ! この、変態バカ社長!」
ギョッとする赤井社長の顔に、やっと一矢を報いることが出来たと思った。
そしてつかさず、ポケットから鍵を取り出して防犯ブザーのピンを抜いてえいっと、往路側に放り投げた!
誰か気がついて!!
ビィィ──とけたたましい音が鳴り響きながら、防犯ベルは往路へと辿り着く思いきや。
緊張して放り投げたせいか、コントロールが悪くて往路に辿り着く前に防犯ベルは壁にあたり、赤井社長のやや後ろ側に落ちてしまった。
「うるせぇな! そうやってお前は毅然とした態度で俺を拒んだな。ふ、ふふっ。そうだ。お前さえ、いれば黄瀬から金を引き出せる! 俺にはお前が必要なんだよっ!!」
赤井社長は音に驚きながらも、何かを喋っていたがベルの音に紛れて聞こえなかった。
それよりも私は大きな音が反響するなか、その場で右往左往してしまう。
誰か気付くのを待つべきか、強行突破するべきか。
防犯ベルの音に心を掻き乱され、背中に冷たい汗が流れたとき。
赤井社長が足を大きく振り上げて、防犯ベルを二度と、三度と踏み抜き。最後に何かを叫びながらベルを勢いよく踏んづけると、ベルは弱った蝉の鳴き声みたいにビィ──……と、余韻を残して鎮まった。
元に戻った夜の静けさに耳が痛い。
赤井社長ゆらりと、私へと近づき始めた。
「っ、こ、来ないで!」
「紗凪ぁ。こざかしい真似を。もういい、ほら。俺と一緒に来い。世間にお前と黄瀬が出来てるって黙っていてやるから、黄瀬から金を引き出せ」
「それが目的だったのね」
「嫌だと言ったら……ふ、ひっ。今度こそ俺がここで、可愛がってやるよ」
「……っ!」
ひひっと、下卑た笑みを浮かべながら私に近づくその姿に社長の威厳も何もない。ただの変質者。
本当にどこまでも卑劣な人間だ。
そんな人間に触れられると思うと吐き気がする。それでも捕まえられたら、向こうの方が有利だと言うことが悔しい。
そんなことを思いながら、じりじりと後退する。じゃりっとサンダルが地面を擦る音が、私の心を余計にささくれ立たせる。
さっきのベルの音は一時的なもので、誤報だと思われたのか。誰かの耳には届かなかったのかと、いよいよ泣きそうになってしまう。
「っ、こんなことをしても何も解決しない! こんなの憂さ晴らしよ。今すぐに誰か来るわよっ」
泣きたい気持ちを抑えて、牽制する。
「うるせぇよ。お前がホテルで大人しく俺に抱かれてたら、良かったんだよ。そうすりゃ、もっと早くに黄瀬を強請れたんだ。お前が言うことを聞けば、こんなことにならなかった……お前のせいで……」
ホテルで私にサプリを飲ませた理由が分かった。なんて勝手なのだろう。
血走った目で赤井はどんどんと私に近づいてくる。
私の背はもう壁にぴったりとくっついている。
何か身を守れるものはと、左右を見渡すが何もない。
どうしよう。
このままじゃと思っていると目の前に赤井がいて。
私と目が合うと、赤井はべろりとカサついた唇を舌舐めずりをした。
「ひっ」
ぞわっと産毛が逆立つ。こうなればもう滅茶苦茶に暴れ回ってやる。噛み付いてやる。
この体に触れて良いのは黄瀬さんだけだと、ガタガタと震える体に力を込めたとき。
「何をやっているんだっ!」
聞き覚えのある、鋭い男性の声が路地裏に響いた。
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2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~
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どうぞお楽しみいただけますように。
〈あらすじ〉
加藤優紀は、現在、25歳の書店員。
東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。
彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。
短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。
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