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③
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思わず私も赤井もピタリと動きを止めて、声をした方を見ると──そこにはペットボトル片手に持った。黄瀬さんが怪訝な顔をして佇んでいた。
「き、黄瀬さんっ……!!」
「黄瀬だとっ!?」
二つの声が重なった瞬間に、黄瀬さんは「まさかその声は紗凪っ!?」と走り出し。
スピードを保ったまま、手にしていたペットボトルを赤井の顔画に向かって勢いよく投げつけた。
ペットボトルは赤井の顔面に命中して、ボコッ! と重くて鈍い音が路地裏に響く。
ぐぅぅと、赤井は呻きながらしゃがみ込んだ。
私はその隙に無我夢中で、赤井の横をすり抜けて黄瀬さんへと腕を伸ばす。
「っ、き、黄瀬さんっ!」
「紗凪! 大丈夫かっ!」
伸ばした手を引き寄せられて、ぐいっと黄瀬さんの体の後ろへと回された。赤井から庇ってくれる黄瀬さんの気持ちに涙ぐむ。
「わ、私。帰ろうとしたら赤井に、ここに、……っ!」
ちゃんと喋ろうと思ったのに、口がカタカタ震えて上手く言えなかった。
黄瀬さんは私の顔をしっかりと見て「大丈夫。安心して」と微笑んでくれた。
それを見てこくこくと必死に頷く。ひとまず大事はないと伝えると、黄瀬さんは素早く上着からスマホを取り出して何か操作をした。
そしてスマホを私に握らせた。
「紗凪、今俺のスマホで警察に緊急通報をした。録音もしている。紗凪はここを離れてコンビニにすぐ避難を──」
そこに「ふざけんな!」と、ノイズのような赤井の声がした。
赤井は顔を抑えてヨロヨロとしながら、こちらを睨んだ。
「ぃ、痛ってえな……! 誰かと思えば、お前は黄瀬かっ。ふ、ふふ。丁度いい。人にペットボトルを投げつけやがって。こんなことをして良いと思っているのか! 訴えてやるからなっ!」
「女を襲っておいてよく言う──好きにしろ。このクズが」
「クズだと!? 社長がそんなことを言っていいのか! そうだSNSにばら撒いてやる。スキャンダルだ! そこの秘書とどうせヤリまくってんだろ! キセイ堂の社長なら、その他の女子社員とも遊んでいるに違いない」
耳障りに騒ぐ赤井。
口汚く黄瀬さんや私を誹謗中傷するさまは、いっそ哀れだと思ってしまった。
黄瀬さんも険しい形相をしていたが、冷ややかな視線を赤井に送り続けていた。
「相手にするのもバカらしい。そんなことを言う暇があれば、自分の会社のことをかえりみろっ!」
ピシャリといい放つ黄瀬さんに、赤井はタジタジだった。
けれども「うるさい!」と口角から泡を飛ばし、手を大きく振り翳して黄瀬さんへと駆け出した。
まさか殴り合いのケンカをするのっ!?
こちらに向かってくる赤井に驚いた。
逃げなくちゃと黄瀬さんを素早く見ると、動揺する様子もなく。微かに笑っていた。
何故そんなに余裕なかのと思えば、それはすぐに分かった。
走り出した赤井の足元に丁度、転がっているペットボトルがあった。
赤井はそれに気付かずに、そのまま足を前に出して──ペットボトルにつまづいて、盛大に転んでしまった。
路地裏に赤井のなんとも言えない声と、ずだんと転倒する重い音が重なる。
そして赤井は目を回したのか、薄暗い路地に癒着するかのように動かなくなってしまった。
「あ、頭からこけちゃった……」
「一応、救急車も呼ぶべきかな」
私達が唖然としながらも安堵のため息を吐くと、一体どうしたんだと、好奇の視線を向ける人の気配がやっとした。
伸びている赤井には悪いが、これで私はようやくakaiクリニックと決別出来たと思えたのだった。
その後、警察が来るまで黄瀬さんは私を酷く心配して、エコバッグまで拾ってくれてずっと私の手を握っていてくれた。
そのおかげで気持ちも落ち着いて、警察到着までに何があったのか全てを話せた。
黄瀬さんも、ここに来てくれた理由を説明してくれた。
それはコンビニに立ち寄ったあと、仕事の電話があり。しばらく駐車場にいたこと。
そして通話も終わり。さぁ帰ろうと、思ったときに防犯ベルの音を聞いてしまい。私が防犯ベルを持っていたのを知っていたから、気になって来たと言うことが分かった。
本当にベルを付けていて良かった実感した。
そうしていると現場にお巡りさん二名が到着して、黄瀬さんがテキパキと警察に説明していると救急車も到着した。
赤井はすぐに救急車で運ばれた。
倒れた衝撃で軽い脳震盪を起こしたらしく、命に別状はないと言っていたことに、一応ほっとする。
サイレンや野次馬でその場はいっときだけ騒然となったが、私は肩をぶつけていたことから早々に離れた。
お巡りさんや黄瀬さんの進めもあって、早々にタクシーで病院に向かったのだ。
診断としては打ち身で湿布を貼る程度だったが、それでも軽傷で済んで良かったと思う。
──そんなこともあり。
黄瀬さんとの相談の上。
女性のお巡りさんの進言もあって、私は今回のことを被害届けを出すことにした。
全ての処理を終えて、黄瀬さんと私が事件から解放されたのは日付が変わって、少し回ってからだった。
本当に大変な夜だった。黄瀬さんとも少し喋ったあと。病院から家に戻り。
落としたエコバッグの中のメロンは割れていて、泣く泣く処分するほどには元気は一応あった。
それから、二日後。
私は昭義会長と黄瀬社長に朝一番、この件について社長室に呼び出しをされた。
「紗凪さん。肩の具合はどうですか?」
キセイ堂の社長室に昭義会長の優しい声が響く。ソファに腰掛け、その隣には黄瀬社長も同席していた。
私は頭を少しだけ下げてから、二人の向かいに側のソファに座った。
昭義さんは朝日に馴染む焦茶の着物を着ていて、黄瀬社長は陽光に映えるブラックのスーツ。
この二人が揃うと、とても貫禄がある。自然と気持ちが朝から引き締まる。
「問題ありません。軽い打ち身という事で、痛みはもう引いてます」
ぶつけた場所は肌が黄ばんだ色になったぐらいで、今はそれも薄くなっている。すぐに元通りになるとお医者様が言っていた。
それは良かったと目の前の二人は、ほっとした表情を浮かべてくれた。
そんな二人に呼び出されたのは赤井の件についてだと、心得ている。
このニ日間は特に何も動きがなかった。
気にはなったけども黄瀬さんからは、プライベートとの時間も含めて、事件直後には顧問弁護士に連絡済み。
昭義さんにも事情を伝えていて、近日に報告があるだろうと言われていたので仕事に集中して、日々を過ごしていた。
その間、黄瀬さんは私を労わってくれた。忙しいのに、仕事が終われば私を家に送り届けてくれていた。
その時も何も心配することはないと言われていたが、こうやって呼び出しをされると緊張してしまう。
ひょっとして私は会社に迷惑をかけてしまったのではないか、マスメディアに嗅ぎつけられて事実とは違うことを記事にされたのか──と背筋を伸ばしていると。
昭義会長がにこりと笑った。
「緊張しないで下さい。ただの事後報告ですから。悪いニュースは何もありません」
ねぇ薫、と昭義会長は柔らかな眼差しを黄瀬社長に向けると、黄瀬社長も同意した。私も少し肩の力を抜けたけど。
「でも、緊張はしてしまいます」
昭義会長は苦笑してから、すっと真剣な眼差しになった。
「今から警察とakai側の弁護士から報告があったこと。それらを受けてキセイ堂の対応をお話をしますね。まずakaiクリニックは地裁から破産開始決定を受けていました」
「破産……そうだったんですね」
それについては驚きはしない。路地裏で本人からの暴露もあったことだ。
昭義会長はakaiクリニックは最初の契約は格安の利用料金を設定して集客。 SNSでの拡散。
さらに有名人を広告塔に起用することで、利用客を増やして。著しいペースで出店を加速させたことが、会社の急成長に繋がりはしたと断言した。
しかし会社のハードとソフト面が釣り合わず、綻びの部分をお金で補填をしていたと教えてくれた。
今回の破産は人を育てることをせず、お客様を顧みず。お金を追い求めた当然の結果だと、口調鋭く。昭義会長は柔和な表情から険しいものへと変えた。
やはり、私が在籍していたときは会社の風前の灯火の中に居たと思った。
そして赤井の女性遊びも、そんな現実から目を背けるための行為だとも思えた。
私が深く頷くと、黄瀬社長が言葉を継いだ。
「──それらのことが今日の午後にメディアに発表をして、順次破産手続きとなるところだった。なのに、数日前に当の本人が姿をくらました」
「! それはもしかして、一連のことでヤケになって、私のところに来てしまった、ということですか?」
「その通り。赤井はその前から最後の足掻きとして、周囲に無茶な出資の要求や従業員の賃金にも手を付けた。それでもどうにもならず、追い込まれた結果がホテルでや先日の出来事。海外から取り寄せた怪しいサプリを常備して、元交際相手の意識を無くして金を奪っていたらしい」
「なんて酷いことをっ……」
思わず眉を顰めてしまう。
「本当にその通りだと思う。けど赤井はそれすら上手く行かなくて酒に逃げて。挙句、君に執着をして八つ当たりをした」
「赤井、本人がそう言っていたんですか……?」
「あぁ。赤井は病院に運ばれたが体には問題はなく。警察官や関係者に詰め寄られて洗いざらい、全てを話したそうだ。今は関係者監視のもと、元の計画通りに、このあとメディア発表に備えていると聞いている」
目が覚めたら病室で、警察官がいたらほとんどの人は嘘はつけないと思った。
引き続き、興味深く黄瀬社長の言葉を聞く。
「向こうの弁護士に聞いたことだが、これから赤井は従業員の賃金未払い、使い込み。クリニックでの契約不履行などで多数の事案で訴えられることになると見通しを立てたいた。その中で青樹さんの暴行も被害届けを出してしいるから、赤井はより厳しい立場に立たされることだろう」
私はそっと目を瞑った。
路地裏でのことは被害届を出してはいるが、訴えるつもりはない。
ただ、赤井に襲われということを有耶無耶にしたくなかったからだ。
赤井本人が謝罪を述べてくれたらいい。謝罪と言う示談で私は良いと予め、警察にも黄瀬さんにも考えていた。
やはり、大ごとにしたくなはないと言う思いがある。
けれども今の説明を聞いて、赤井は今までやってきたことの罰を受ける。私にしたことも含めて因果応報、全ての行いがこの結果なのだろう。
赤井から例え謝罪がなかったとしても。何らかの
罰を受けると思えば、それでいいと思って……。
静かに瞳をあけると、いつもの社長室に降り注ぐ朝日が妙に眩しく思えた。
「ご説明ありがとうございます。状況はよくわかりました。それを踏まえてですが、私のことは表に出ますか?」
一番気になっていたことを黄瀬社長に聞く。
黄瀬社長は身を前に乗り出して、首を横に振った。
「出ない。一連のことで君はずっと被害者だ。俺もお祖父様も君の頑張りを見ている。会社として青樹さんは全力で守る。これは会長と社長としての意向でもある。警察、顧問弁護士にもそのように伝えている。優秀な人材をこんなところで失う訳にはいかない」
力強い言葉に昭義会長も同意する。
「そうそう。薫の言う通り。そもそも私が紗凪さんを見込んで、ここに呼んだのです。紗凪さんは気にせず、業務に励んで下さい。それが一番伝えたかったことです」
穏やかに二人が笑う様を見て、思わず涙腺が緩み、瞳がうるっとしてしまう。
「黄瀬さん……。昭義さんっ。ありがとうございます。私、ここに来て良かった」
仕事抜きに心からの気持ちを伝える。
ふふっと昭義会長が笑って、黄瀬社長が「青樹さん。それと、あと一つ」と、言葉を付け足した。
「以前、青樹さんに掛かって来たと言う電話のことだけども。あれはクリニック従業員の一人だと分かった。どうやら賃金未払いで、不安から青樹さんにコンタクトを取ったそうだ。申し訳なかったと言っていた。今後は代理弁護士を立てて、他の従業員達と一緒に赤井を訴える準備していると聞いた」
黄瀬社長の言葉に、私の見立てはあっていたと思った。
あのとき苛立った声の持ち主のことを思い出して、全てが分かった今ならば、あのような態度になってしまったのも理解出来る。
逆にこれからのことを頑張って欲しいと思えた。
「青樹さんが望めば、その従業員の名も伝えることも出来る。向こうは直接の謝罪も、」
黄瀬社長が言い終わる前に、今度は私が首を振った。
「いいえ。もう充分です。私もその人も、今必要なことは前を向くことだと思います。謝罪は赤井……元、社長からだけでいいです」
「分かった。向こうにはそのように伝えておく。話したいことは以上だ」
ふぅっと黄瀬社長がソファに背を預ければ、私もやっと体の力が抜けた。しかし、昭義会長が待ったと声を掛けた。
「薫。それに紗凪さん。まだ、私が言いたいことは終わってないですよ。もう一つあります」
なんだろうと思い、どこか不敵に笑う昭義さんを見つめると。
「そろそろ、二人のことを話してくれてもいいのでは」
「!?」
ニヤリと笑う昭義さんに動揺を隠せなかった。
「お、お祖父様っ」と黄瀬社長も珍しく、驚きの声を上げた。
「最初、薫からこの話を聞いたとき。珍しく薫が怒りを露わにして『俺の秘書を守りたい』と訴えてきたから、何があったのかとびっくりしました」
俺の秘書。
確かにそうなのだが『俺の』と聞けば、どうしても頬が熱くなる。
会長の前なのにしっかりと思うけど今の私はお二人の優しさや。事件が全て終わりを迎えたことから気持ちが緩んでしまって、耳まで熱くなるのを止められなかった。
黄瀬さんも口元を手で隠して、照れている様子だった。
昭義さんだけがとても饒舌で、からからと笑う。
「まだ出勤には時間がありますねぇ。せっかくだからこのまま三人でお茶でも飲みましょうか。お茶受けは、二人の甘いお付き合いのことでお願いします」
ニコニコと言われてしまい、私たちは照れながらも「はい」と言うしかなかったのだった。
「き、黄瀬さんっ……!!」
「黄瀬だとっ!?」
二つの声が重なった瞬間に、黄瀬さんは「まさかその声は紗凪っ!?」と走り出し。
スピードを保ったまま、手にしていたペットボトルを赤井の顔画に向かって勢いよく投げつけた。
ペットボトルは赤井の顔面に命中して、ボコッ! と重くて鈍い音が路地裏に響く。
ぐぅぅと、赤井は呻きながらしゃがみ込んだ。
私はその隙に無我夢中で、赤井の横をすり抜けて黄瀬さんへと腕を伸ばす。
「っ、き、黄瀬さんっ!」
「紗凪! 大丈夫かっ!」
伸ばした手を引き寄せられて、ぐいっと黄瀬さんの体の後ろへと回された。赤井から庇ってくれる黄瀬さんの気持ちに涙ぐむ。
「わ、私。帰ろうとしたら赤井に、ここに、……っ!」
ちゃんと喋ろうと思ったのに、口がカタカタ震えて上手く言えなかった。
黄瀬さんは私の顔をしっかりと見て「大丈夫。安心して」と微笑んでくれた。
それを見てこくこくと必死に頷く。ひとまず大事はないと伝えると、黄瀬さんは素早く上着からスマホを取り出して何か操作をした。
そしてスマホを私に握らせた。
「紗凪、今俺のスマホで警察に緊急通報をした。録音もしている。紗凪はここを離れてコンビニにすぐ避難を──」
そこに「ふざけんな!」と、ノイズのような赤井の声がした。
赤井は顔を抑えてヨロヨロとしながら、こちらを睨んだ。
「ぃ、痛ってえな……! 誰かと思えば、お前は黄瀬かっ。ふ、ふふ。丁度いい。人にペットボトルを投げつけやがって。こんなことをして良いと思っているのか! 訴えてやるからなっ!」
「女を襲っておいてよく言う──好きにしろ。このクズが」
「クズだと!? 社長がそんなことを言っていいのか! そうだSNSにばら撒いてやる。スキャンダルだ! そこの秘書とどうせヤリまくってんだろ! キセイ堂の社長なら、その他の女子社員とも遊んでいるに違いない」
耳障りに騒ぐ赤井。
口汚く黄瀬さんや私を誹謗中傷するさまは、いっそ哀れだと思ってしまった。
黄瀬さんも険しい形相をしていたが、冷ややかな視線を赤井に送り続けていた。
「相手にするのもバカらしい。そんなことを言う暇があれば、自分の会社のことをかえりみろっ!」
ピシャリといい放つ黄瀬さんに、赤井はタジタジだった。
けれども「うるさい!」と口角から泡を飛ばし、手を大きく振り翳して黄瀬さんへと駆け出した。
まさか殴り合いのケンカをするのっ!?
こちらに向かってくる赤井に驚いた。
逃げなくちゃと黄瀬さんを素早く見ると、動揺する様子もなく。微かに笑っていた。
何故そんなに余裕なかのと思えば、それはすぐに分かった。
走り出した赤井の足元に丁度、転がっているペットボトルがあった。
赤井はそれに気付かずに、そのまま足を前に出して──ペットボトルにつまづいて、盛大に転んでしまった。
路地裏に赤井のなんとも言えない声と、ずだんと転倒する重い音が重なる。
そして赤井は目を回したのか、薄暗い路地に癒着するかのように動かなくなってしまった。
「あ、頭からこけちゃった……」
「一応、救急車も呼ぶべきかな」
私達が唖然としながらも安堵のため息を吐くと、一体どうしたんだと、好奇の視線を向ける人の気配がやっとした。
伸びている赤井には悪いが、これで私はようやくakaiクリニックと決別出来たと思えたのだった。
その後、警察が来るまで黄瀬さんは私を酷く心配して、エコバッグまで拾ってくれてずっと私の手を握っていてくれた。
そのおかげで気持ちも落ち着いて、警察到着までに何があったのか全てを話せた。
黄瀬さんも、ここに来てくれた理由を説明してくれた。
それはコンビニに立ち寄ったあと、仕事の電話があり。しばらく駐車場にいたこと。
そして通話も終わり。さぁ帰ろうと、思ったときに防犯ベルの音を聞いてしまい。私が防犯ベルを持っていたのを知っていたから、気になって来たと言うことが分かった。
本当にベルを付けていて良かった実感した。
そうしていると現場にお巡りさん二名が到着して、黄瀬さんがテキパキと警察に説明していると救急車も到着した。
赤井はすぐに救急車で運ばれた。
倒れた衝撃で軽い脳震盪を起こしたらしく、命に別状はないと言っていたことに、一応ほっとする。
サイレンや野次馬でその場はいっときだけ騒然となったが、私は肩をぶつけていたことから早々に離れた。
お巡りさんや黄瀬さんの進めもあって、早々にタクシーで病院に向かったのだ。
診断としては打ち身で湿布を貼る程度だったが、それでも軽傷で済んで良かったと思う。
──そんなこともあり。
黄瀬さんとの相談の上。
女性のお巡りさんの進言もあって、私は今回のことを被害届けを出すことにした。
全ての処理を終えて、黄瀬さんと私が事件から解放されたのは日付が変わって、少し回ってからだった。
本当に大変な夜だった。黄瀬さんとも少し喋ったあと。病院から家に戻り。
落としたエコバッグの中のメロンは割れていて、泣く泣く処分するほどには元気は一応あった。
それから、二日後。
私は昭義会長と黄瀬社長に朝一番、この件について社長室に呼び出しをされた。
「紗凪さん。肩の具合はどうですか?」
キセイ堂の社長室に昭義会長の優しい声が響く。ソファに腰掛け、その隣には黄瀬社長も同席していた。
私は頭を少しだけ下げてから、二人の向かいに側のソファに座った。
昭義さんは朝日に馴染む焦茶の着物を着ていて、黄瀬社長は陽光に映えるブラックのスーツ。
この二人が揃うと、とても貫禄がある。自然と気持ちが朝から引き締まる。
「問題ありません。軽い打ち身という事で、痛みはもう引いてます」
ぶつけた場所は肌が黄ばんだ色になったぐらいで、今はそれも薄くなっている。すぐに元通りになるとお医者様が言っていた。
それは良かったと目の前の二人は、ほっとした表情を浮かべてくれた。
そんな二人に呼び出されたのは赤井の件についてだと、心得ている。
このニ日間は特に何も動きがなかった。
気にはなったけども黄瀬さんからは、プライベートとの時間も含めて、事件直後には顧問弁護士に連絡済み。
昭義さんにも事情を伝えていて、近日に報告があるだろうと言われていたので仕事に集中して、日々を過ごしていた。
その間、黄瀬さんは私を労わってくれた。忙しいのに、仕事が終われば私を家に送り届けてくれていた。
その時も何も心配することはないと言われていたが、こうやって呼び出しをされると緊張してしまう。
ひょっとして私は会社に迷惑をかけてしまったのではないか、マスメディアに嗅ぎつけられて事実とは違うことを記事にされたのか──と背筋を伸ばしていると。
昭義会長がにこりと笑った。
「緊張しないで下さい。ただの事後報告ですから。悪いニュースは何もありません」
ねぇ薫、と昭義会長は柔らかな眼差しを黄瀬社長に向けると、黄瀬社長も同意した。私も少し肩の力を抜けたけど。
「でも、緊張はしてしまいます」
昭義会長は苦笑してから、すっと真剣な眼差しになった。
「今から警察とakai側の弁護士から報告があったこと。それらを受けてキセイ堂の対応をお話をしますね。まずakaiクリニックは地裁から破産開始決定を受けていました」
「破産……そうだったんですね」
それについては驚きはしない。路地裏で本人からの暴露もあったことだ。
昭義会長はakaiクリニックは最初の契約は格安の利用料金を設定して集客。 SNSでの拡散。
さらに有名人を広告塔に起用することで、利用客を増やして。著しいペースで出店を加速させたことが、会社の急成長に繋がりはしたと断言した。
しかし会社のハードとソフト面が釣り合わず、綻びの部分をお金で補填をしていたと教えてくれた。
今回の破産は人を育てることをせず、お客様を顧みず。お金を追い求めた当然の結果だと、口調鋭く。昭義会長は柔和な表情から険しいものへと変えた。
やはり、私が在籍していたときは会社の風前の灯火の中に居たと思った。
そして赤井の女性遊びも、そんな現実から目を背けるための行為だとも思えた。
私が深く頷くと、黄瀬社長が言葉を継いだ。
「──それらのことが今日の午後にメディアに発表をして、順次破産手続きとなるところだった。なのに、数日前に当の本人が姿をくらました」
「! それはもしかして、一連のことでヤケになって、私のところに来てしまった、ということですか?」
「その通り。赤井はその前から最後の足掻きとして、周囲に無茶な出資の要求や従業員の賃金にも手を付けた。それでもどうにもならず、追い込まれた結果がホテルでや先日の出来事。海外から取り寄せた怪しいサプリを常備して、元交際相手の意識を無くして金を奪っていたらしい」
「なんて酷いことをっ……」
思わず眉を顰めてしまう。
「本当にその通りだと思う。けど赤井はそれすら上手く行かなくて酒に逃げて。挙句、君に執着をして八つ当たりをした」
「赤井、本人がそう言っていたんですか……?」
「あぁ。赤井は病院に運ばれたが体には問題はなく。警察官や関係者に詰め寄られて洗いざらい、全てを話したそうだ。今は関係者監視のもと、元の計画通りに、このあとメディア発表に備えていると聞いている」
目が覚めたら病室で、警察官がいたらほとんどの人は嘘はつけないと思った。
引き続き、興味深く黄瀬社長の言葉を聞く。
「向こうの弁護士に聞いたことだが、これから赤井は従業員の賃金未払い、使い込み。クリニックでの契約不履行などで多数の事案で訴えられることになると見通しを立てたいた。その中で青樹さんの暴行も被害届けを出してしいるから、赤井はより厳しい立場に立たされることだろう」
私はそっと目を瞑った。
路地裏でのことは被害届を出してはいるが、訴えるつもりはない。
ただ、赤井に襲われということを有耶無耶にしたくなかったからだ。
赤井本人が謝罪を述べてくれたらいい。謝罪と言う示談で私は良いと予め、警察にも黄瀬さんにも考えていた。
やはり、大ごとにしたくなはないと言う思いがある。
けれども今の説明を聞いて、赤井は今までやってきたことの罰を受ける。私にしたことも含めて因果応報、全ての行いがこの結果なのだろう。
赤井から例え謝罪がなかったとしても。何らかの
罰を受けると思えば、それでいいと思って……。
静かに瞳をあけると、いつもの社長室に降り注ぐ朝日が妙に眩しく思えた。
「ご説明ありがとうございます。状況はよくわかりました。それを踏まえてですが、私のことは表に出ますか?」
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「出ない。一連のことで君はずっと被害者だ。俺もお祖父様も君の頑張りを見ている。会社として青樹さんは全力で守る。これは会長と社長としての意向でもある。警察、顧問弁護士にもそのように伝えている。優秀な人材をこんなところで失う訳にはいかない」
力強い言葉に昭義会長も同意する。
「そうそう。薫の言う通り。そもそも私が紗凪さんを見込んで、ここに呼んだのです。紗凪さんは気にせず、業務に励んで下さい。それが一番伝えたかったことです」
穏やかに二人が笑う様を見て、思わず涙腺が緩み、瞳がうるっとしてしまう。
「黄瀬さん……。昭義さんっ。ありがとうございます。私、ここに来て良かった」
仕事抜きに心からの気持ちを伝える。
ふふっと昭義会長が笑って、黄瀬社長が「青樹さん。それと、あと一つ」と、言葉を付け足した。
「以前、青樹さんに掛かって来たと言う電話のことだけども。あれはクリニック従業員の一人だと分かった。どうやら賃金未払いで、不安から青樹さんにコンタクトを取ったそうだ。申し訳なかったと言っていた。今後は代理弁護士を立てて、他の従業員達と一緒に赤井を訴える準備していると聞いた」
黄瀬社長の言葉に、私の見立てはあっていたと思った。
あのとき苛立った声の持ち主のことを思い出して、全てが分かった今ならば、あのような態度になってしまったのも理解出来る。
逆にこれからのことを頑張って欲しいと思えた。
「青樹さんが望めば、その従業員の名も伝えることも出来る。向こうは直接の謝罪も、」
黄瀬社長が言い終わる前に、今度は私が首を振った。
「いいえ。もう充分です。私もその人も、今必要なことは前を向くことだと思います。謝罪は赤井……元、社長からだけでいいです」
「分かった。向こうにはそのように伝えておく。話したいことは以上だ」
ふぅっと黄瀬社長がソファに背を預ければ、私もやっと体の力が抜けた。しかし、昭義会長が待ったと声を掛けた。
「薫。それに紗凪さん。まだ、私が言いたいことは終わってないですよ。もう一つあります」
なんだろうと思い、どこか不敵に笑う昭義さんを見つめると。
「そろそろ、二人のことを話してくれてもいいのでは」
「!?」
ニヤリと笑う昭義さんに動揺を隠せなかった。
「お、お祖父様っ」と黄瀬社長も珍しく、驚きの声を上げた。
「最初、薫からこの話を聞いたとき。珍しく薫が怒りを露わにして『俺の秘書を守りたい』と訴えてきたから、何があったのかとびっくりしました」
俺の秘書。
確かにそうなのだが『俺の』と聞けば、どうしても頬が熱くなる。
会長の前なのにしっかりと思うけど今の私はお二人の優しさや。事件が全て終わりを迎えたことから気持ちが緩んでしまって、耳まで熱くなるのを止められなかった。
黄瀬さんも口元を手で隠して、照れている様子だった。
昭義さんだけがとても饒舌で、からからと笑う。
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ニコニコと言われてしまい、私たちは照れながらも「はい」と言うしかなかったのだった。
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彼の行方を知らぬまま、凛音は会社を去り、そして新たな命を宿していることに気づく。
すべてを失った彼女は、疎遠だった父と兄のもとへ身を寄せる――。
そして、二年半後。
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