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勝ちて後に戦う

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ブラジュ領の西は、山が見上げる人々にのしかかるかのように、切り立った谷間を形成している。
ブラジュ領との国境(といっても、明確に線引きがあるわけでは無い)付近であるこの場所に、
大勢の人間が集まっていた。
彼らはそれぞれに陣を張り、様々なデザインの旗を掲げている。

―――連合軍だ。

「おい、タリン勢からの伝令が来たらしいじゃねえか、どこにいる!」
「おちつけ、イネアの。もう少しで到着すると、言うだけ言って、帰ってったわ。」
「ふざけやがって、奴らどれだけ待たせるんだ!」
「この中でも一番遠い領地からくるんだ。時間がかかっても仕方ないだろう。それに、まだ満月まで時間はある。遅刻したわけでは無い。」
「とはいえ、クオンの爺さん。あいつらはブラジュ人の恐ろしさがわかってねえから、そんなに悠長なんだ!」
「お主はブラジュ領の隣だからのぅ。」

(ご愁傷様なことじゃ)

内心の本音を飲み込みながら、小勢力の首領であるクオン老が、殺気立つイネア領の首領を見やる。
ここは、軍の中でも指揮官である小領主が集っている陣所。
そして、最もえらい人物が座るはずの一番奥の席だけは、いまだ空白だ。

このアルト山脈の西部地域は、小勢力の連合体であり、合議制で運営している。
そして、今回の西部地域(と、おまけで派兵した北のズミア領)側の総大将は、タリン領のタリン家だ。
しかし、最大兵力を率いてくる彼らは、いまだ到着していない。

この軍を起こす際、誰が総大将になるかでひと悶着あった。
ブラジュ人の戦い方を最も熟知し、土地勘もあるのが、今ここで騒いでいるイネア家だ。
そういう意味では、今回の軍勢を指揮するのに一番適しているといえる。
ところが、最大兵力を率いるのは、一番ブラジュ領から遠いタリン家だ。
最大兵力を率いているのに、総大将にならないなど、不満が出るに決まっている。
タリン家がもし、総大将とならなければ、なまじ兵力が大きいゆえに、一番大変な場所に布陣されてしまいかねない。
事は生き死にがかかっているのだ。そうなってしまっては、面白くないでは済まない。

当然、イネアとタリンの意見は衝突する。
そして議論の結果、最大兵力を率いるタリンが総大将となるのに、そんなに時間はかからなかった。
こればっかりは、しょうがないだろう。

しかしクオン老は、それは些細な話だと思っている。
そもそもこの戦いは、誰が総大将になろうとも、そんなに心配する必要が無い。

ブラジュ領1万人の領地であれば、最大限動員しても普通なら750人くらいが精々だ。
対する我々は、西側だけでも5千程度の兵で進行する。
おまけに、東側のザク領からもブラジュ領を挟み込む形で5千が侵攻する。
正直、戦いにならないだろう。

ただ唯一懸念なのは、ブラジュ人は強兵であることに加え、女子供も十分兵力として戦えるため、いざとなったら、人口の1万人すべてが兵力となることだ。

そうすると、むしろ兵力は互角ということになる。
ということで、ブラジュ人には、是非とも東のザク領の敵と対陣してもらい、
その間に我らは「取れるだけ取る」のが、ベストシナリオだ。

それに、「兵力が一万で互角だ」と言っても、それはブラジュ領の中に侵入した場合であって、ここは国境付近。
もし、ブラジュ人が国境にわざわざ出てくるのであれば、それこそブラジュ軍は千人いくかどうかだろう。
5千人も味方が集まれば、さすがに兵力の優位を保てる。
(まあ、来たら来たで、そん時は大兵力を活かして、持久戦をすればよいのじゃ。)

「まあ、ゆるりと行こうや、イネアの。まだ戦いは始まってすりゃおらん。」
「とはいってもな、クオンの爺さん!
奴らは強いだけじゃねえ!詳細は分からねえが、厄介な能力があるんだ!
だから我らの兵は、ほとんど決死の覚悟で来ているのに、お前らは何だ!
クオン老の所も含めてなんとも気が抜けてるじゃねえか!」
「落ち着け、ここにはすでに3千の兵が集まっておる。これからタリン家が来て5千まで膨れ上がるのじゃ。数で押しつぶせばよいわい。」
「つっても、もしかしたら、すぐそこまで奴らは来てるかもしれねえぞ!」
「ちゃんと斥候は放っとる。ブラジュ領ではまだ動員すらされとりゃせんよ。
警戒するのは結構じゃが、警戒のし過ぎは「臆病」となり、士気にかかわるぞ」
「けっ、これだから連中を知らない奴らと組むのは、嫌なんだ。」
「おい、どこいくつもりじゃ?まさか帰るのか?」
「別に帰ったりはしねえ。ただ、こちらはこちらで行動を取らせてもらうぜ。」

そういって、陣所から出ていくイネア家の当主。
その背中には、怒りによる落ち着きのなさが表れていた。

この陣所にいる他の領主も、黙って彼の背中を見送るしかない。
「ご勝手に」とでも思っているのだろう。
止める義理もない。

―――やれやれ、最近の若い奴は落ち着きがないのぅ。

昔から、年寄りが若者に向けて放つ言葉。
そんな言葉を吐くこの人物こそ、
今回、ブラジュ領西側の軍を起こした発起人の一人、クオン老だ。
東側のザク家から、ブラジュ領の挟撃作戦を持ち掛けられたとき、クオンはチャンスだと思った。

(ブラジュ人が負けた恨みを持つにしても、それは隣の領地であるイネアが受け持つ。
あるいは、連合の盟主であるザク家か…、どっちにしろ、我らに恨みは向かん。
それにもし仮に、我らが負けても…)

―――口減らしにはなる。

どう考えても得しかないと思った。
そのため、最大兵力のタリン家をその気にさせ、ブラジュ人を恐れて嫌がるイネア家を引きずりこんだのだ。
それに、

(この状況、どう考えても負ける未来はないじゃろぅ。
いくら強兵であろうとも、西と東の両方向から、合計1万人で攻め込むんじゃぞ?
状況はすでに我らが勝利したも同然じゃ。)

敵に対して、大兵力を用意できれば、たとえ馬鹿でも大戦略家になれる。
この包囲網を作った時点で、勝利は決したも同然だった。

「勝兵は、勝ちて後に戦い、敗兵は、戦いて後に勝利を求める。
いくさというのは、こうやってやるんじゃよ。若人。
すでに勝利を決しているのに、じたばた騒ぐ出ないわ、まったく。」

誰に言うでもなく、つぶやく声は、他の領主には聞こえない。
各々がそれぞれの算盤をはじく、そんな同床異夢を絵に描いたかのような寄せ集めであった。
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