Halloween Corps! -ハロウィンコープス-

詩月 七夜

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第二夜 The Midnight Requiem

Episode6 Devil Sea -異海-

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「『離岬はなれみさき』の伝説を知っているかい…?」

 春の風に揺れる草原。
 「離岬」を望む小高い丘の上で腰を下ろし、神前かんざき 季里弥きりやは手にした野花を見詰めながらそう尋ねた。

「…いいえ。知らないわ」

 その傍らに座りながら、美汐みしおがそう答える。
 ここから見える岬は急峻だが、春の花々や若葉に彩られていて美しい。
 美汐には、まるで天へ手を伸ばす乙女のように見えた。
 一方、その直下には薄く曇った灰色の空を映した波が、絶えず白い牙を剥いて獣のように吠えたてている。

「昔」

 神前が海原を見詰め、遠い過去を思い起こすように話し始めた。

「この辺りに住む若者が、海に住む海神の娘と恋に落ちたんだって」

 純白の髪が潮風になぶられるのをそのままに、神前は続けた。

「二人は仲睦まじく逢瀬おうせを重ねていたけど、ある日、それを知った海神は怒り狂った。そして、この辺り一帯を海に沈めようとしたんだ。それを止めることを条件に、娘は泣く泣く海へと引き戻された」

「…」

 美汐はそんな神前の横顔をひどく切ない顔で見詰めていた。

「別れの瞬間、若者は去っていく娘を追ってあの『離岬』にやって来た」

「…何故?」

 神前は消え入りそうな笑顔を浮かべた。

「…分からないかい?彼は、その娘と別れることが余程悲しかったんだ…」

「二人は…どうなったの?」

 美汐のその問いに、神前は手にした野花を風に放った。
 小さな淡い色の花が、一滴の色彩となって、灰色の海に消えていく。

「…娘は戻らなかった。若者はただ一人、岬の上でいつまでも立ち尽くしていたんだそうだ。そして、いつしか若者の元に、歌が聞こえるようになった」

「歌…?」

「海に帰った娘が、若者恋しさに歌ったって言われているよ。若者はただ一人、その歌を聞きながら、いつまでも涙を流していたんだそうだ」

 神前は遠くに浮かぶ岬を見詰めた。

「それが『離岬』の伝説さ。離れ離れになった恋人達の悲恋が、あの岬をそう呼ばせたんだろうね」

 美汐は少しうつむいた。

「悲しいお話ね…」

「…僕はそうは思わない」

「えっ?」

 神前の言葉に、美汐は思わず伏せていた顔を上げた。
 白い美貌の若者は、岬を見詰めたまま言った。

「確かに二人は結ばれなかった。離れ離れのまま、悲しい思いをしたんだろう…でも、それでも絆は切れなかった。二人は海と岬に隔てられたけど、お互いを感じることが出来た」

 つい、と紅い瞳が、美汐を見詰める。
 それだけで、美汐の頬に赤みが増した。

「永遠に離れ離れになっても、二度と抱き締めることが出来なくなっても…二人の想いが完全に断たれてしまうことに比べたら、全くもって幸せだと…僕は思うんだ」

 どこまでも純粋に自分を見詰める神前に、美汐は困ったように笑った。

「季里弥は…強いね」

「そうかな」

「ええ。とても」

 そう言いながら、美汐は立ち上がると神前へ手を差し出した。

「そろそろ行きましょうか、季里弥。お客さんが来る頃よ」

「…ああ。そうだね」

 その手を取って、神前は立ち上がった。
 そして、そのまま美汐の手を引き、その身体を抱き締める。

「き、季里弥…?」

 驚きながらも、だが、抵抗することなく美汐は身を任せる。
 その長い髪を手ですきながら、神前は呟くように告げた。

「行こう…僕達の海へ」

-----------------------------------------------------------------------------

 霧の雲海の中で、何かがうねる。
 それは幾条にも蠢き、頼都らいと鬼火南瓜ジャック・オー・ランタン)達が乗る船を取り囲んだ。

「前と同じだ…かじが…利かない!」

 操舵輪を手に神前が焦った声を上げる。
 それに頼都は怒鳴った。

「無理に動かそうとするな!沈ませなきゃいい!」

 そして、アルカーナ(吸血鬼ヴァンパイア)とミュカレ(魔女ウィッチ)に指示を飛ばす。

「アル、ミュカレ、うえは任せた。ワン公とフランは迎撃だ。あの坊主の面倒は俺が見とく」

「いいだろう。じゃあ、行こうかレディ」

「OK~、お任せよん♪」

 そう言うと、アルカーナは漆黒の外套マントをはためかせ、上空へと飛翔する。
 ミュカレも腰掛けていた黒いほうきへ呪文で指示を出し、ふわりと上昇した。

「それじゃあ、こっちもLet's goネー!」

「了解です」

 そう言いながら、リュカ(人狼ウェアウルフ)とフランチェスカ(雷電可動式人造人間フランケンシュタインズモンスター)が、クルーザーの舳先へと向かう。
 しかし。

「What!?」

 そんな二人を、両舷の海中から首をもたげた何かが睥睨へいげいする。
 リュカが目を見張った。

「何ですか、コレ!?」

「触手ですね…形状から、タコの近種かと」

 フランチェスカが冷静にそう分析しつつ、続けた。

「ただし、大きさは明らかに異常です」

Octopusタコ!?うええ、あんまり好きじゃないデース!」

 眉をひそめるリュカ目掛けて、巨大な触手が伸びる。
 それにリュカが反応した。
 ギリギリまで引き付け、紙一重でかわす。
 そして、腰の刀を抜き放った。

「“無流むりゅう”剣伝『秋雨しゅうう』!」

 手にした日本刀を縦に一閃させ、すぐに刃を返して一閃を重ねる。
 そうして幾条もの刀の軌跡が冷たい雨のように降りしきり、その刃が鞘に収まると、触手はきれいに細切れになっていた。

「どうデース!これだけ刻めば『Takoyaki』にうってつけネー!」

 が、青黒い血にまみれ、微細に刻まれながらもウネウネ動く肉片を見たリュカは、思わず口を押さえた。

「…Oopsオエッ…コレ、夢に見そうヨ…」

「食べる前提で迎撃しないでください」

 一方のフランチェスカはというと、その両手・両足、胴体を何本もの触手に絡め取られていた。
 触腕は小柄なフランチェスカの身体を、徐々に海中へと引きずり込もうとしている。

「フラン!?いま助けるネー!」

 そう言いながら駆け寄ろうとしたリュカへ、新たな触手が襲い掛かる。
 リュカは舌打ちした。

「Shit!まだ、こんなに…!」

 リュカが喉から低い唸り声を出すと、頭とお尻から狼の耳と尻尾がぴょこんと飛び出した。

「邪魔ヨ、そこどくネー!“無流”拳伝『狼呀ろうが』!」

 刹那、刀を口に咥えたリュカの身体がぼやける。
 一瞬動きを止めた触手の群れは、次の瞬間、根元からまるで飢えた狼の群れに食い千切られたように、無残にも寸断された。

「Oh…手触りも最悪デース…」

 残像すら残さない速度で触手の間を走り抜けたリュカは、その鋭い爪で引き裂いた触手の肉片を振り払いつつ、顔をしかめた。
 そして、思い出したように、

「そうデース!フランは…」

 そこまで言って、リュカは言葉を飲み込む。
 彼女の視線の先では、何事も無かったかのようにフランチェスカがパンパンと両手をはたいていた。
 その周囲には、無残に引き千切られた触手と、きれいに蝶結びにされてもがく触手が散乱している。

「何か?ミス・リュカオン」

「…ううン。何でもないデース」

 汗をひと筋流しながら、首を横に振るリュカ。
 見た目は小柄な少女だが、フランチェスカは途方も無い怪力の持ち主…“雷電可動式人造人間フランケンシュタインの怪物”だ。
 リュカ達が乗るこのクルーザーすらも、簡単に持ち上げられるだろう。
 いくら大型で数が多いとはいえ、このような触手など紙縒こよりのように簡単に引き千切ってしまうのは当然だった。

「何か、焦って損した気分デース…」

「危ない!避けたまえ、二人とも!」

 リュカの気が抜けた一瞬に、上空にいたアルカーナが警告を発する。
 それにリュカは即座に反応し、目の前ににいたフランチェスカを小脇に抱え、大きく距離を取った。
 間一髪。
 二人の居た場所へ、何かが唸り声と共に襲い掛かり、素早く身を引いた。

「What!?今度は何ですカー!?」

「私にはに見えましたが…」

「同類!?」

「ええ」

 着地すると、フランチェスカは続けた。

「即ち、肉食獣の類…!」

 その言葉が終わらぬうちに、突然、霧の中から巨大な二匹の狼が出現した。

ガアアアアアアアアアッ!!

「Oh!マジでお仲間オオカミネー!何で、こんな所に…!?」

 襲い来る狼の牙を辛うじてかわしつつ、リュカが目を丸くする。
 一方、

ガルルルルルッ!!

 自分を一飲みにしようとする巨狼の両顎をそれぞれ手で押さえながら、フランチェスカは力比べに応じていた。
 巨狼の口腔内に並ぶ牙はに並び、凶悪な光を放っている。

「やはり…普通の狼ではないですね」

 そして、フランチェスカは内心ある想像に行き着いた。

(蛸の触手に狼…まさか、これは…)

Abracadabraアブラカダブラ…!』

ギャイン!!

 不意に。
 呪文と共に数条の光弾が飛来し、巨狼の身体が大きく跳ね飛ばされる。
 そのまま、巨狼はずるずると霧の中に後退し、消えて行った。

「大丈夫~?フランちゃん」

 箒に腰かけたミュカレが、心配そうにフランチェスカを見下ろしていた。
 それにスカートを摘んで、礼を返すフランチェスカ。

「支援感謝です、ミス・ミュカレ」

「あん、もう。前から言ってるように、私のことは『お姉様♡』って読んで欲しいわん♪こう、背徳的に!頬を染めながらなら、なおグッド♪」

「善処したいのですが、隊長キャプテンから『変な大人には近付くな。あと、言うことも聞くな』と言われておりますので…」

「ひどいっ!私、変な大人じゃないもん!」

「それは後程定義するとして」

 プンスカ頬を膨らませるミュカレに、フランチェスカは続けた。

「これまでの状況や行動パターンから、相手の正体を推定しました。なかなかに手強い相手かと」

「ええ」

 ミュカレがうって変わった真剣な表情になる。

「海に棲んでて、蛸の触手に狼の身体…信じ難いけど、今回の相手は『海女怪スキュラ』ね」

 “海女怪スキュラ”は海に棲む怪物の一種だ。
 上半身は美しい女性だが、下半身は魚で、腹部からは3列に並んだ歯を持つ6つの犬の前半身と蛸の触手が生えているという。

「ギリシャ神話に登場するくらい旧い怪物よん。また、厄介なのが現れたわねん」

 肩をすくめつつ、ミュカレは続けた。

「伝承では、かのギリシャの英雄オデュッセウスも逃げることしか出来なかった海の怪物…伝承に退治する方法が残ってもいない怪物っていうのは、いちいち面倒なのよねん」

「勝てませんか」

 そう言うフランに、ミュカレはウィンクして見せた。

「こういう連中にも勝たなきゃならないのが、私達のお仕事なのよん♪」

 そして、ミュカレは同じく上空にいたアルカーナに告げた。

「アルるん、下は海だから、ここは空を飛べる私達で殲滅オフェンスに回りましょう。フランちゃんとリュカは、そのまま船を守ってん!」

「…方針は了承するが、その呼び名は再考願えないだろうか、レディ…?」

 いささか不服そうなアルカーナに、ミュカレは真顔で言った。

「じゃあ、吸血鬼のキューちゃん」

「…無駄に時間を取らせた。さっさと行こう、レディ」

 溜息を吐きつつ、アルカーナは眼下の敵を見やる。
 霧の雲海は未だ色濃く残り、その間を巨大な触手がうねっていた。
 巨狼らしい影と獰猛な唸り声も聞こえてくる。
 が、肝心の海女怪スキュラの本体はまったく見ることが出来ない。
 そして、今も例の女の歌声が絶え間なく響き渡っていた。
 アルカーナはミュカレに尋ねた。

「弱点が分からないとのことだけど、無暗に攻撃しても仕方がないだろう。何か手は無いのかい?」

「無いことも無いわよん?」

「是非聞かせてくれ」

 ミュカレは自分のこめかみに人差し指を当て、銃の形を作った。

「どんなに旧くて退治方法も分からない怪物でも、を潰せば…」

 親指の引き金を引く真似をすると、舌を出して苦悶して見せるミュカレ。
 それにアルカーナは頷いた。

「要は頭を潰すってことか。伝承通りなら、上半身の『女性』の部分があるはずだが…この霧では、いささか難しいな。吸血鬼の眼でも見通せないところをみると、ただの霧ではないだろう」

 その言葉通り、暗視能力ナイトビジョンを有する吸血鬼の視力を持ってしても、霧の雲海を見通すことは出来なかった。
 一見、普通の霧に見えるが、ここは既に現世から外れた「幽世かくりょ」である。
 この霧は間違いなくこの世ならざる現象で発生したものだ。

「そこで提案があるんだけどぉ…聞きたいん?」

 ミュカレはニンマリ笑った。
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