Halloween Corps! -ハロウィンコープス-

第二夜 The Midnight Requiem

Episode10 Twilight Summer -夏の果て-

「ねぇねぇ！お姉さん、一人？」

「暇なら、俺達と一緒に遊ばない？」

　燦々さんさんと日差しが降り注ぐ真夏のビーチ。
　そこで、いかにも軽薄そうな二人の若者にそう声を掛けられたミュカレ（魔女ウィッチ）が振り向く。
　淡い赤毛に神秘的な紫水晶アメジストの瞳。
　あどけなさと艶っぽさが同居した、年齢不詳の不思議な美貌。
　そんな美女が、通報レベルギリギリの黒の紐状水着スリングショットで、その豊満な肢体を申し訳程度に覆っている。
　ミュカレの目に、自分の肢体を舐めるように見詰め、飢えたハイエナの如く息を荒くする二人の若者の姿が目に映った。
　彼らの魂胆はすぐに分かる。
　夏のビーチで開放的になった乙女達を毒牙に掛けようと、虎視眈々と品定めをしていたのだが、とんだ上玉に巡り合ったのだ。
　そして、彼らは自分達の幸運に内心小躍りしていた。

「あらん♥️貴方達、私と遊びたいのぉ？」

　ミュカレは、ハレンチなその肢体と水着姿とは相反し、無垢な微笑みを浮かべて見せる。
　彼女の問い掛けに、若者達はロックのライブに参加した観客のごとく、激しく頷いヘッド・バンキングした。

「うんうん！どうかな!?退屈にはさせないからさぁ！」

「そうねぇ…ちょうどヒマはヒマだったんだけど…」

　焦らすように唇に指を当て、考え込むミュカレ。
　すかさず、もう一人の男がたたみかける。

「なら、いいじゃん！ね？ね？」

「うーん…どうしようかなぁ。貴方達、何だか遊び慣れてそうだし…」

　唇に指を当てながら、今度は悪戯っぽく流し眼を向けるミュカレ。
　それに若者達はますますのぼせあがった。

「そ、そんなことないって！な？」

「そうそう！俺達、この辺りはちょっと詳しいから、色々案内も出来るぜ!?」

「案内～？どんな～？」

「うん。ちょっとイケてる店とか！あとは…えーと『離岬はなれみさき』っていう絶景スポットとか！」

「あ、そうそう、コイツ、近くに別荘持ってるぜ！何ならそこで飲み会もできるし！」

　相方を指差しつつ、もはや下心丸出しの笑みを浮かべる若者に、ミュカレは髪を掻き上げる。

「えぇ～？でも、何か危なそうだし～？」

　扇情的なその仕草を目の当たりにし、獲物を逃がすまいと、必死にアピールを繰り返す若者達。
　それをのらりくらりとかわすミュカレ。
　遠くから、事の成り行きを見ていたフランチェスカ（雷電可動式人造人間フランケンシュタインズ・モンスター）に、アルカーナ（吸血鬼ヴァンパイア）が呟いた。

「何というか…毎年毎年、よくやるね。レディも」

　まさに完全防備。
　鍔広の麦わら帽子にサングラスとマスク、厚手のコートとブーツといったくそ暑苦しい出で立ちのアルカーナが、肩を竦すくめる。
　夏のビーチというロケーションと、真夏日という気候を完全に無視した怪しげな格好に、傍らを通り過ぎていく水着の女性達が、何やら危ないものを見る視線を向け、ヒソヒソと囁き合っていた。
　吸血鬼であるアルカーナにとっては、真夏のビーチはまさに灼熱地獄である。
　いくら吸血鬼の王、神祖「D」の血統に連なり、日光にいくばくかの耐性が有するとはいえ、今日の日差しの強さなら日焼けくらいはしてしまいそうだ。
　そのため、彼女は出来る限りの厚着をし、降り注ぐ夏の日差しから身を守るように、ビーチパラソルの下に篭っているのだった。

「そして、虜とりこになる男性は必ず出ますね」

　一方のフランチェスカは、普段と変わらないクラシックなメイド服だった。
　こちらもアルカーナほどではないが、周囲のロケーションからは激しく浮いていた。
　かなりの熱気なのだが、汗一つかいていないのが不思議なくらいだが、人造人間である彼女にとっては、気温の高低はさほど影響を及ぼさない。
　とにかく、恐ろしく軽装なミュカレとは実に対照的な二人だった。
　そんな二人の視線の先で、ミュカレがひらひらと手を振りつつ、ウィンクをしてくる。
　どうやら、交渉は合意に至ったらしい。
　若者二人に挟まれ、ミュカレはビーチから去っていった。

「…気の毒に。彼ら、二度と普通の女性とは夜を共に出来なくなるな」

　手を振り返していたアルカーナが苦笑する。
　それをフランチェスカが不思議そうに見上げた

「ドラクル卿サー・ドラクル、それはどういう意味ですか？」

「えっ!?」

　マスクの下で、面食らった表情になるアルカーナ。
　長い前髪で隠れたその目は見えないが、フランチェスカは無垢な感じで小首を傾げている。
　彼女がこの手の話には、ほとんど無知であることを思い出しつつ、アルカーナはしどろもどろになりながら答えた。

「その…何というか…彼女レディは………色々と上手すぎるんだろうね、だぶん」

「何がですか？」

「何がというか、ナニというか…と、とにかく！」

　アルカーナは、コホン、と一つ咳払いをした。

「彼女レディは、普通以上に魅力的だ…ということだよ。お嬢さんフロイライン」

「成程。そういうことなら納得がいきます」

　合点がいったというように頷くフランチェスカ。

「実際、ミス・ミュカレの男性を籠絡ろうらくする手腕は恐るべきものです。自前の“魅了チャーム”だけでは、ああも鮮やかにはいかないと分析できます」

　形のいい、魅惑的なヒップを揺らせつつ、息を荒げた若者二人を従えて去っていく魔女ミュカレを見てから、フランチェスカは自分の慎ましやかな胸元に視線を落とした。

「それに、彼女はとても美しい女性的な体型をしています。私とは大違いです」

「そう卑下することはないさ」

　サングラスの下の目を細くしつつ、アルカーナは微笑んだ。

「女性らしさなら、僕も相当彼女に水をあけられているクチだよ。しかし、君には君の、僕には僕の、それぞれの『魅力』がある。何より君はとても愛らしく、可憐だと僕は思う…だから、もっと胸を張りたまえ」

　フランチェスカは、アルカーナを見上げた。
　その口元がわずかにほころぶ。

「ありがとうございます、ドラクル卿サー・ドラクル…ですが」

「？」

「その外見での今の発言は、状況的に非常に危険だと思います」

　フランチェスカがそう言い終わらぬうちに、アルカーナの背後に気配が生じた。

「あー、君。ちょっといいかな？」

「え？」

　声に振り返るアルカーナの目に、二人組の警官の姿が映る。
　厳めしい顔をした年配の警官が、日差しに翳った帽子の中から、鋭い視線でアルカーナを見詰めていた。

「失礼だが、君はその娘この保護者かね？」

　そう言いながら、フランチェスカを指差す警官。
　アルカーナは一瞬戸惑い、

「あ、いや、保護者というか、友人というか…」

「保護者ではないんだね？」

「それは…」

　思わず口ごもるアルカーナの態度に、警官の視線がさらに鋭くなる。

「すまないが、ちょっと一緒に来て話を聞かせてくれないかな？なに、すぐそこの派出所だ。手間は取らせんよ」

　そう言いながら笑う警官。
　だが、目が笑っていない。
　その背後では「はい。通報にあった人物で間違いなさそうです。これから職務質問します」と、年若い警官が無線に小声で話している。
　サングラスとマスクの下で、アルカーナの表情が盛大にひきつった。

「ち、違うんだ！別に僕は怪しい人物では…！」

「うんうん。そうだね。だから、ちょっとご同行願おうか」

「いや、その…」

　ジリジリと後ずさるアルカーナ。
　その様子に、警官の顔からついに笑みが消えた。
　次の瞬間、

「失礼する…！」

　踵きびすを返すや否や、コートをなびかせ、脱兎の如く逃走するアルカーナ。
　それに警官二人が追いすがる。

「待て、貴様ッ！」

「不審者が逃走！これから追跡します！増援を！」

　無線に叫びながら、アルカーナの追跡に移る警官達。
　それを見送っていたフランチェスカの元に、サーフィンに興じていたリュカ（人狼ウェアウルフ）が、犬のように身震いしながら帰って来た。

「ただいマー！いい波だったネー…アレ？アルカーナとミュカレはどこに行ったノー？」

　キョロキョロと周囲を見回しながら、そう尋ねるリュカに、フランチェスカは二人が去った方向を見ながら言った。

「どちらも殿方と共に行ってしまいました」

「Realyほんとうに!?ミュカレはともかく、アルカーナも!?」

「ええ」

　驚くリュカに、フランチェスカは小さく溜息を吐いた。

「夏とは、本当に罪な季節です…」

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　眼下で白い牙を見せる波を、十逢とあい 頼都らいと（鬼火南瓜ジャック・オー・ランタン）は一人「離岬」から見下ろしていた。
　浜辺では照りつけていた日の光も、この岬では直上に広がる雲に遮られ、勢いを弱めている。
　彼方の水平線から吹き付ける風に身を任せながら、頼都は昨晩の一幕を思い浮かべる。

　あの時。
　美汐みしお…海女怪スキュラへの恋慕に狂い、壊れていた神前かんざきが吐いた言葉が、頼都の脳裏に蘇る。

『ずっと待っていた僕の元に、君は帰って来てくれた…その君のためなら、僕はどんなことだってしよう…例え神や悪魔に呪われても…！』

　砕け散る波濤はとうに目を細め、頼都は呟いた。

「“神や悪魔に呪われても”か…」

　取り出した煙草へ指先に灯した鬼火を近付けて、一吸いする頼都。
　吐き出された紫煙が、潮風を受けて無残に千切れていく。
　皮肉な笑みを浮かべ、頼都は目を閉じた。
　“鬼火南瓜ジャック・オー・ランタン”である頼都は、過去の経緯から、そのどちらからも程遠い存在だ。
　地獄の悪魔を騙し、魂と引き換えに“煉獄の石炭ゲヘナ・コール”を手に入れた時から、魂魄こんぱくの終極地である「天国の扉ヘブンズ・ドア」も「地獄の門ヘル・ゲート」も、彼を受け入れることはない。
　故に彼はこの世を彷徨さまよい続けている。
　生きていながら、死んでいて。
　骸むくろのくせに、生を享受する。
　そんな益体やくたいの無い現世の旅路を、一人彷徨いながら進んでいくのだ。
　それは、この世の終焉が訪れるまで続くことだろう。

　その在り方は、まるで燻くすぶる燠火おきびのようだ。
　熱は放つものの、延々と未練たらしくぼやけた光を発するだけ。

　しかし、頼都は見た。
　一抹の燃料でも、激しく燃え上がり、痕跡も残さず消えていく炎のような「生」
　それがどれほど鮮烈な輝きを放つのかを。
　確かに、その有り様は歪んでいた。
　それこそ、古くから存在する海女怪スキュラすら戦慄するほどに。
　それでいながら、一瞬だが頼都は目を奪われ…そして、羨望したのは事実だった。

「よう…あれで満足だったかよ？」

　誰に向けたものか、そう言いながら、頼都は懐から二本の薔薇バラを取り出した。
　今朝がた、アルカーナに頼んで譲ってもらったものだ。
　一つは血のような真紅。
　そして、もう一つは透けるような純白の薔薇だった。

「こいつは手向けだ。俺はお前らのいる場所には逝けねぇから、ここでさよならだぜ」

　そう言うと、二本の薔薇を岬の真下…渦巻く波の中へと放る。
　赤と白の色彩は、もつれ合って落ちていった。
　そして、あっという間に波頭に消えていく。
　それはまるで、昨晩、この海で炎に消えた二人の姿に似ていた。
　岬に背を向ける頼都。
　先を見詰めるその目には、すでに何の感傷も浮かんでいなかった。
　永劫の旅路を征く旅人は、道標を求めない。
　その足跡も、やがて風がさらい、全てを無に帰していく。


　永い夜は、まだ続く。
　その黎明れいめいなど、夢の如くに。