40 / 46
第五夜 Fairy tale
Episode39 Transfer student -転入生-
しおりを挟む
少女が言った。
『森へ行こうよ』
それにセリーナは目を見開いた。
森に入ることは、両親や祖父から固く禁じられている。
理由を聞くと「“妖精”にさらわれてしまうから」ということだった。
家族の忠告に頷きつつ、セリーナは胸をときめかせた。
妖精の話は、この国では山のように転がっている。
その一つ一つに、幼いセリーナは夢中になった。
人間以上に繊細で、感情豊かで、何よりも美しい。
動物たちや草木と親しみ、時に物語の主人公の導き手として活躍する彼らに、心躍る何かを感じたものだ。
そんなセリーナにとって、森への誘いは個々の中で麻薬のように染み渡った。
だから。
自分でもあっけないほどに。
首を縦に振った。
森は輝きに満ちていた。
目に染み込んでくるような若葉と、差し込む天国への階段のような日だまり。
生命の息吹に満ち溢れ、吹き抜ける風は頬に心地よい。
鳥のさえずりに、虫の声。
そして、いつしか踏み込んだ森の奥は、目の前が黄金へと形を変える。
ありふれた現実が、ありえない幻想へ。
クスクスと響く子どものような笑い声と、流れてくる童歌。
目映い黄金の木々がアーチのようにセリーナを迎え、深くさらに奥へと彼女を誘う。
「ようこそ『常若の国』へ」
少女が笑う。
その顔は。
セリーナ自身の顔だった。
------------------------------------------
弾かれるようにセリーナは身を起こした。
そして、薄闇に包まれた自室を見回し、大きく息を吐く。
「…夢…」
滴る寝汗をぬぐい、セリーナは膝を抱えて突っ伏した。
傍らの時計の短針は朝の4時を指している。
薄闇が沈黙のヴェールで、彼女をやさしく包んだ。
(もう忘れかけていたのに…)
胸の内でそっと呟く。
幼い日の幻のような記憶。
それは長くセリーナの中で眠っていた。
だが、最近出会った得体の知れない若者…頼都のせいか、不可思議な記憶が虚実混ざり合うように蘇ってくる。
どこまでが真実で、どこまでが幻なのか…実感を伴わないその現実感の狭間で、セリーナは彷徨っていた。
まだ暗かったが、眠気はとうの昔に吹き飛んでいる。
セリーナは全身汗まみれだったので、シャワーを浴びたいと思った。
ルームメイトのシェリーはまだ夢の中のようだ。
セリーナは彼女を起こさないようにこっそりとベッドを抜け出すと、浴室に入った。
そこで衣服を脱ぐ。
下着まで脱ぎさると、そこには十代の少女の瑞々しい裸身が輝いた。
若さと張りを持った双丘に、くびれた腰。
丸みを帯びた臀部は程よく肉付き、肌は彫刻のような滑らかさで浴室の光を跳ね返している。
シャワーから飛び出したお湯が、白磁の肌を滑り落ちる中、セリーナは髪をかき上げた。
黄金色の飛沫が、金翅の鱗粉のように背中から周囲に飛び散る。
もし見る者がそこに居れば、等身大の“妖精”のようだと思っただろう。
ひとしきり寝汗を流し落えた後、セリーナは脱衣所の鏡の前に立った。
そこには見慣れた自分の顔が映っている。
あの夢の中で見た顔は、鏡の中のそれに瓜二つだった。
ただの夢や思い込みにしては、生々しすぎる記憶。
ゆえに。
あの頼都という若者に追及された時には、内心の動揺を抑えられなかったものだ。
そして、自分が「取り替え子」かも知れないという仮説。
セリーナ自身は断固として違うと言い切る自信がある。
両親や祖父の記憶もあるし、これまでの人生で不可思議な点は無かった。
ただ…明晰な頭脳に関しては、自分のことながら畏怖する場合がある。
するすると湯水のように頭に入ってくる知識の数々は、消えることなく頭の中に収納されていく。
あまつさえ、組み合わさった知識の断片は、他者が驚くような解答を生み出すことすらある。
幼い頃はともかく、セリーナ自身、今となっては妖精の存在には懐疑的だ。
だが、自分の身の上に起こった変化と、おぼろげな過去の記憶には得も知れない恐怖を感じる時はあった。
「セリーナ、貴女は妖精なの…?」
鏡の中の自分にそっと語り掛けてみる。
だが、瓜二つの自分は不思議そうに自分を見つめ返してくるだけだった。
------------------------------------------
閉鎖的な神学校にも、たまに起こる変化がある。
その一つが転入生の存在だ。
セリーナが在籍するクラスにも、その変化が唐突にやって来た。
「マリア=ウェルズです。宜しくお願いいたします」
簡単な自己紹介を聞いただけで、教室中の女生徒たちは、ほぅ…とため息にも息を吐いた。
一言でいえば、少女は美しかった
黄金の長髪に、透き通るようなほどの白い肌。
やや勝気そうだが、気品のある顔立ちにスラリとした身長。
とりわけ目を引いたのは、碧と紅の異色瞳である。
氷海を思わせる蒼と業火を連想させる紅。
相反する光彩が少女…マリアにこの世ならざる雰囲気を与えていた。
担任の女教師が、クラス全員を見回しながら言った。
「ミス・ウェルズはドイツからの転入生です。学期の途中ですが、ご家族の仕事の都合で急遽我が校へと転入することとなりました。皆さん、仲良くするように。よろしいですね」
クラス中が返事をする中、セリーナ自身に転校生の視線が止まるのを感じた。
その瞬間、彼女…マリアの視線が鋭くなる。
敵意は感じなかったが、何かを見定めるかのようなその視線に、セリーナは胸に引っ掛かるものをおぼえた。
「ミス・ウェルズ、貴女の席は空いているあの席です」
教師が指し示したのは、セリーナの背後の席だった。
「分かりました」
そう言うと、クラス中の好機と羨望の視線を浴びながら、転校生マリアがセリーナの席へと近付いてくる。
そして、彼女の前で足を止めると、
「宜しくお願いいたしますわ、セリーナさん」
ニッコリと笑うマリア。
セリーナは強くなる違和感を胸に、ぎこちない笑みを返した。
「よ、宜しく」
『森へ行こうよ』
それにセリーナは目を見開いた。
森に入ることは、両親や祖父から固く禁じられている。
理由を聞くと「“妖精”にさらわれてしまうから」ということだった。
家族の忠告に頷きつつ、セリーナは胸をときめかせた。
妖精の話は、この国では山のように転がっている。
その一つ一つに、幼いセリーナは夢中になった。
人間以上に繊細で、感情豊かで、何よりも美しい。
動物たちや草木と親しみ、時に物語の主人公の導き手として活躍する彼らに、心躍る何かを感じたものだ。
そんなセリーナにとって、森への誘いは個々の中で麻薬のように染み渡った。
だから。
自分でもあっけないほどに。
首を縦に振った。
森は輝きに満ちていた。
目に染み込んでくるような若葉と、差し込む天国への階段のような日だまり。
生命の息吹に満ち溢れ、吹き抜ける風は頬に心地よい。
鳥のさえずりに、虫の声。
そして、いつしか踏み込んだ森の奥は、目の前が黄金へと形を変える。
ありふれた現実が、ありえない幻想へ。
クスクスと響く子どものような笑い声と、流れてくる童歌。
目映い黄金の木々がアーチのようにセリーナを迎え、深くさらに奥へと彼女を誘う。
「ようこそ『常若の国』へ」
少女が笑う。
その顔は。
セリーナ自身の顔だった。
------------------------------------------
弾かれるようにセリーナは身を起こした。
そして、薄闇に包まれた自室を見回し、大きく息を吐く。
「…夢…」
滴る寝汗をぬぐい、セリーナは膝を抱えて突っ伏した。
傍らの時計の短針は朝の4時を指している。
薄闇が沈黙のヴェールで、彼女をやさしく包んだ。
(もう忘れかけていたのに…)
胸の内でそっと呟く。
幼い日の幻のような記憶。
それは長くセリーナの中で眠っていた。
だが、最近出会った得体の知れない若者…頼都のせいか、不可思議な記憶が虚実混ざり合うように蘇ってくる。
どこまでが真実で、どこまでが幻なのか…実感を伴わないその現実感の狭間で、セリーナは彷徨っていた。
まだ暗かったが、眠気はとうの昔に吹き飛んでいる。
セリーナは全身汗まみれだったので、シャワーを浴びたいと思った。
ルームメイトのシェリーはまだ夢の中のようだ。
セリーナは彼女を起こさないようにこっそりとベッドを抜け出すと、浴室に入った。
そこで衣服を脱ぐ。
下着まで脱ぎさると、そこには十代の少女の瑞々しい裸身が輝いた。
若さと張りを持った双丘に、くびれた腰。
丸みを帯びた臀部は程よく肉付き、肌は彫刻のような滑らかさで浴室の光を跳ね返している。
シャワーから飛び出したお湯が、白磁の肌を滑り落ちる中、セリーナは髪をかき上げた。
黄金色の飛沫が、金翅の鱗粉のように背中から周囲に飛び散る。
もし見る者がそこに居れば、等身大の“妖精”のようだと思っただろう。
ひとしきり寝汗を流し落えた後、セリーナは脱衣所の鏡の前に立った。
そこには見慣れた自分の顔が映っている。
あの夢の中で見た顔は、鏡の中のそれに瓜二つだった。
ただの夢や思い込みにしては、生々しすぎる記憶。
ゆえに。
あの頼都という若者に追及された時には、内心の動揺を抑えられなかったものだ。
そして、自分が「取り替え子」かも知れないという仮説。
セリーナ自身は断固として違うと言い切る自信がある。
両親や祖父の記憶もあるし、これまでの人生で不可思議な点は無かった。
ただ…明晰な頭脳に関しては、自分のことながら畏怖する場合がある。
するすると湯水のように頭に入ってくる知識の数々は、消えることなく頭の中に収納されていく。
あまつさえ、組み合わさった知識の断片は、他者が驚くような解答を生み出すことすらある。
幼い頃はともかく、セリーナ自身、今となっては妖精の存在には懐疑的だ。
だが、自分の身の上に起こった変化と、おぼろげな過去の記憶には得も知れない恐怖を感じる時はあった。
「セリーナ、貴女は妖精なの…?」
鏡の中の自分にそっと語り掛けてみる。
だが、瓜二つの自分は不思議そうに自分を見つめ返してくるだけだった。
------------------------------------------
閉鎖的な神学校にも、たまに起こる変化がある。
その一つが転入生の存在だ。
セリーナが在籍するクラスにも、その変化が唐突にやって来た。
「マリア=ウェルズです。宜しくお願いいたします」
簡単な自己紹介を聞いただけで、教室中の女生徒たちは、ほぅ…とため息にも息を吐いた。
一言でいえば、少女は美しかった
黄金の長髪に、透き通るようなほどの白い肌。
やや勝気そうだが、気品のある顔立ちにスラリとした身長。
とりわけ目を引いたのは、碧と紅の異色瞳である。
氷海を思わせる蒼と業火を連想させる紅。
相反する光彩が少女…マリアにこの世ならざる雰囲気を与えていた。
担任の女教師が、クラス全員を見回しながら言った。
「ミス・ウェルズはドイツからの転入生です。学期の途中ですが、ご家族の仕事の都合で急遽我が校へと転入することとなりました。皆さん、仲良くするように。よろしいですね」
クラス中が返事をする中、セリーナ自身に転校生の視線が止まるのを感じた。
その瞬間、彼女…マリアの視線が鋭くなる。
敵意は感じなかったが、何かを見定めるかのようなその視線に、セリーナは胸に引っ掛かるものをおぼえた。
「ミス・ウェルズ、貴女の席は空いているあの席です」
教師が指し示したのは、セリーナの背後の席だった。
「分かりました」
そう言うと、クラス中の好機と羨望の視線を浴びながら、転校生マリアがセリーナの席へと近付いてくる。
そして、彼女の前で足を止めると、
「宜しくお願いいたしますわ、セリーナさん」
ニッコリと笑うマリア。
セリーナは強くなる違和感を胸に、ぎこちない笑みを返した。
「よ、宜しく」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる