Halloween Corps! -ハロウィンコープス-

詩月 七夜

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第五夜 Fairy tale

Episode41 Phantom in the mirror ‐幻鏡‐

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 「夏至祭ミッドサマー」…それは最も昼が長く、夜が短いとされる「夏至」に開かれる祭りのことをいう。
 欧州ヨーロッパのキリスト教国では夏至(6月21日)もしくは「聖ヨハネの日(6月24日)」に関連した祭りとしてよく知られているが、世界各国にはこれに関連した祭りがあり、これとは別の形の祭りも色々と行われている。
 「夏至祭」では、町や村の広場に柱に樹木の葉や花の飾りが施され、若者たちが中心になって柱を立てる。
 これは、ドイツやイギリスで行われる「五月祭の柱メイポール」と類似している。
 人々はその周りを一晩中踊り明かし、焚き火をたいて、その上を飛び越えたりする。
 これには恋占いや、縁起かつぎの意味が込められているという。
 他にも薬草ハーブを用いた料理を作ったり、花や葉で冠を作り、人々が歌い踊るという風習もある。
 いずれも、祭りの中では人々は精神が開放的になり、神秘を色濃く感じるとされた。
 そうした特別で短い日々に中では、この世ならざる存在モノの脈動も活発になる。
 そして、この世界にはあり得ざる「異なる世界」が重なるのである。

 月が満ちた。
 穏やかな風が雲を散らし、その黄金の姿と降り注ぐ白銀の光を露わにする。
 反面、落ちる木々の影は濃さを増し、闇をくっきりと浮かび上がらせた。
 この世とは思えないほどの美しい夜だった。
 光と闇とがくっきりと分かたれ、聞こえるものは静寂のみ。
 一人窓辺にもたれていたセリーナは、そんな幻想の夜に降りしきる銀の月明りをぼんやりと見ていた。
 初夏の夜の空気はほんのりと温かい。
 白いワンピースの寝間着に身を包んだセリーナは、その温もりを心地よく感じていた。
 ふと、室内を見回す。
 月光が差し込む部屋には、彼女一人きりだ。
 ルームメイトのシェリーは地元で「夏至祭」を楽しむとかで、昨日から外泊許可を取っており、不在である。
 シェリー以外にも「夏至祭」を楽しもうという生徒たちはいる。
 しかし、最後の肉親だった祖父を失い、天涯孤独の身になったセリーナは、そんな饗宴とは無縁だ。
 明晰すぎる学力が一種の障壁となっているのか、誘ってくれる親しい友人もいない。
 故に皆と同じように「夏至祭」を楽しもうという気分にはなれなかった。

(せめて、パパとママが生きていたら…)

 そっと目を閉じるセリーナ。
 両親は彼女が5歳の時にこの世を去った。
 二人とも故郷の森の中で死んでいたという。
 当時の記憶は「森で出会ったあの子」の記憶と同様曖昧で、よく思い出せない。
 だが、どういうわけか両親が死んだ頃からセリーナに対する祖父の態度は冷たくなり、最終的には家から追い出すように全寮制の神学校へと入学させた。
 それ以来、互いに顔も合わせていない。
 祖父の死亡の通知に一時帰郷し、死に顔を見たのが最後である。
 泣き崩れるほどの悲しみを予想していたが、それもなかった。
 ただ、眠るように横たわる祖父の顔からは、優しかった頃の祖父の面影がかすかに感じられた。
 その時ようやく「自分はこの世界に独りなのだ」と自覚した。
 決して親密ではなかったが、唯一の家族だった祖父。
 それが失われた時、セリーナという存在には真に何もなくなった。
 常人以上の学力を持っていても、何か目指すものがあったわけでもなく。
 輝かしい未来が待っているとしても、そこに至るための情熱がない。
 まるで、壊れる日を待つだけの精緻な自動人形オートマタのようだ。
 再び窓の外に目を移す。
 青黒く広がる森と黒い山並みを背景に、ガラスに映った誰かと目が合った。
 前にバスルームの鏡に映った時のように、自分の顔がそこにある。

「私は、このままどこまで独りで生きればいいの…?」

 ぼんやりとそう呟いた時だった。

「永遠に生きればいいのよ。光あふれる常若の国ティルナノーグでね」

 不意に。
 どこかで聞いた声が響く。
 驚くセリーナが慌てて室内を見回すが、誰もいない。

「どこを見ているの、お利口さん」

 クスクスと声がいたずらっぽく笑う。
 再び室内を確認するが、やはりセリーナひとりしかいない。

I'm here私はここよ

 コンコンと窓を叩く音がする。
 慌てて振り向くと。
 そこには窓辺にもたれたたままの、窓ガラスに映った自分が笑っていた。
 セリーナの全身が総毛だつ。
 いま、自分は
 しかし、窓ガラスに映ったセリーナは、窓辺にだ。
 窓ガラスの中のセリーナは妖しい微笑を浮かべる。

「ごきげんよう。今夜はいい月ね」

「あ…う…」

 息を飲むセリーナの目前で、窓ガラスの中からもう一人のセリーナが頭を突き出す。
 すると、ガラスの表面が波紋のように波立ち、鏡面から生まれ落ちたもう一人のセリーナは「現実」と化した。

「うぅーん…久し振りの現世!普段は居心地に難ありだけど、夏至今夜は肌に馴染むわねぇ」

 そう言いながら、背伸びをするもう一人のセリーナ。

「あ、貴女…だ、れ…!?」

 震える声でセリーナがそう尋ねると、もう一人のセリーナが軽く膝を折って挨拶する。

「はじめまして…ううん、久し振りね、セリーナ」

 もう一人のセリーナがニコリと無邪気に笑う。

 その瞬間。
 セリーナの脳裏に閃光のように浮かび上がった記憶があった。

 Ring-a-Ring-o' Roses,
 “薔薇バラの花輪だ 手をつなごうよ”
 A pocket full of posies,
 “ポケットに 花束さして”
 Atishoo! Atishoo!
“ハックション! ハックション!”
 We all fall down.
 “みぃんな ころぼ”


 深い夜の闇。
 子ども達の声。
 幼いセリーナがその中を歩いて行く。
 彼女の手を引く■■■■。
 ヒンヤリとしたその手に導かれ、セリーナは足を進める。

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 Ring-a-Ring-o' Roses,
 “薔薇バラの花輪だ 手をつなごうよ”
 A pocket full of posies,
 “ポケットに 花束さして”
 Atishoo! Atishoo!
“ハックション! ハックション!”
 We all fall down.
 “みぃんな ころぼ”


 ふわふわと進む足。
 ざわざわと騒ぐ木々。
 星々は銀貨。
 満月は黄金の瞳。
 舞い飛ぶ虹色の蝶と、浮遊光フローライト
 その中を、セリーナは進む。
 夢幻ゆめ現実うつつの境界を辿るように、森の奥へ、その奥へ。


 Ring-a-Ring-o' Roses,
 “薔薇バラの花輪だ 手をつなごうよ”
 A pocket full of posies,
 “ポケットに 花束さして”
 Atishoo! Atishoo!
“ハックション! ハックション!”
 We all fall down.
 “みぃんな ころぼ”


 ■■■■が振り向く。
 その貌は…セリーナ自身、いや…
 彼女とだった。

『ようこそ、常若の国へ』

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

「覚えていてくれたようね?」

「…」

 セリーナは身動きできずに立ち尽くしている。
 もう一人のセリーナは、その周囲をゆっくりと歩き始めた。

「今夜はね、貴女を迎えに来たのよ」

「…」

「分かっているでしょう?貴女は…」

「やめて!」

 突然、セリーナは両耳を塞ぎ、床にしゃがみこんだ。
 怯えたようなその姿に、もう一人のセリーナが囁きかける。

「可哀想なセリーナ。この世界は貴女どれだけ孤独にしたのかしら」

「…」

「でももう大丈夫。その孤独は今夜終わるわ」

 もう一人のセリーナがチロリと唇を舐める。

「遠い日に交わされた盟約により、守らざるを得なかった忌々しい誓いの鎖は今夜砕け散る。そして、貴女は自由になるの」

 しゃがみこんだままのセリーナに、手を伸ばすもう一人のセリーナ。
 …と、その手が静止した。

「…ああ、何てこと」

 蠱惑的だったもう一人のセリーナの顔が、わずかに歪む。

「…忌々しいものが一つ消えると思ったら、また一つ、目の前に現れるなんて…本当にこの世界は嫌悪に彩られているわね…」

「なら、とっとと帰れ。自分の世界にな」

 不意に、部屋の片隅から男の声が響く。
 一体いつの間に現れたのか。
 目を向けたもう一人のセリーナは、そこに壁にもたれて腕組みする漆黒の男を見た。
 いや、違う。
 漆黒の中、その赤銅色の瞳だけが、月光を焼き焦がすように熾火おきびのように揺れていた。

「未成年者略取の現行犯だな」

 男…頼都らいとが薄く笑う。

「しかも、察するに前科持ちか」

「…下種な物言いね、熖魔えんま

 もう一人のセリーナが頼都を睨みつける。

「それとも、野蛮な人間達に肩入れし過ぎて、おつむが腐敗したのかしら?」

「人間が野蛮ってところは否定はしねぇが、お前達も大概だろ」

 壁から背中を引きはがすと、頼都は懐から煙草を取り出した。
 指を鳴らして指先に火を灯すと、そのまま煙草に火を着ける。
 紫煙を吐きながら、頼都は続けた。

「『』とやらのために、家族の幸せをぶち壊して満足かよ?」

 その言葉に眉根を寄せるもう一人のセリーナ。

「…踏み入り過ぎよ、熖魔」

 声にも険が含まれる。

「滅びに脅かされることなく、のうのうと永遠を生きる貴方に、私達の何が分かるというの?」

「そいつを言われると弱いんだが…点火イグニッション!」

 手の中で煙草を消し炭にすると、頼都は腕を一振りした。
 それに合わせて、紅蓮の炎が空中に弧を描く。

「俺がやることは変わらねぇ」

 顔の横に掌を掲げる頼都。
 炎が生んだ陰影…頼都の顔半分が、悪魔の如き凶相に変わる。

「焼き尽くすだけだ」
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