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三人目

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「これが、王都の外……!」


 私の目の前に広がっているのは、見渡す限り続く大草原だ。草は短く刈られていて、遠くまでよく見える。
 門から伸びている大きな一本道が、遠くまで続いていた。遮るものがないせいか、風が強い。
 馬に似た魔物(そのまんま馬というらしい)に乗って、私たち3人は王都の外へ出ていた。

 こうして王都から出られたのも、エルンストの体調がよくなったからだ。
 温泉の効果がきれた日、メロおじいさんがエルンストを診察してくれた。


「よく効く薬を飲んでよく休み、驚異的な回復をしたのと同じくらいよくなっとる。医者としては長時間の移動は許可したくないがのう……もう一度温泉に入ってから出発し、着いた先でよく養生するのであれば、早く王都を出たほうがいいじゃろうて」


 出発する準備は出来ていたので、全員でもう一度回復の温泉に入り、翌日の早朝に王都から出ることにした。
 温泉をとても気に入ってくれたメロおじいさんが、私が定住したらすぐに教えてくれと言ってくれたので、落ち着いたら連絡をするつもりだ。リラとメロおじいさんのように、連絡をとれるような知り合いが増えるのはとても嬉しい。

 ささやかなお別れ会をしてちょっぴり寝不足だったが、王都の外に出ると、一気に目が覚めた。
 朝特有の澄んだ空気が肺を満たして、体が起きていく。荷物をいっぱい積んだ馬車や、歩いている人や、馬に乗った人たちが、横幅が何メートルもある道を進んでいった。
 門で引き止められなかったことにホッとしていると、後ろに座っているレオが声をかけてきた。


「そろそろ駆け足で進むけど、いけそうか?」
「うん、お願いします!」


 いざという時に逃げるために、私たちは馬車ではなく馬に乗っている。レオと私、エルンストで二頭だ。
 背中に密着しているレオの熱心臓が速くなってしまうが、今はそんなことを考えている場合ではない。乗馬の経験などないから、油断したら舌を噛みそうだ。


「ようし、いい子だ。よろしく頼むぜ」


 馬の首を軽く叩いて声をかけたレオは、エルンストに合図をしてから走り出した。
 ゆっ、揺れてる! 視界が高くて上下にすごい揺れてる!


「サキさん、気持ち悪くなったらすぐに言ってくださいね」


 エルンストが声をかけてくれたのに、返事をする余裕がない。レオが小さく笑い、優しく腕を叩いてくれた。


「返事はしなくていいぞ。エルンストも状況をわかってるから」
「ありぶっ」


 感謝だけでも伝えようと思ったのに、さっきより馬が大きく跳ねて、伝え損なってしまった。レオとエルンストが笑うのをこらえたのに気付いて、黙って口をつぐんでいることにした。

 大きな道は途中でいくつかの分かれ道があらわれ、そのたびに馬に乗った人たちが減っていく。二回目の分かれ道を過ぎると、私たち3人のほかは誰もいなくなってしまった。
 王都を出た時はたくさんいた人たちも、気付けば見えなくなっていた。


「よし、ここらへんで曲がるぞ」


 レオがそう言ったのは、小さな森を迂回する小道があらわれた頃だった。森を囲むように小川が通っていて、なんとなく神社のような雰囲気がある。
 森へ続く小さな橋を渡って中へ入ると、森特有の香りに包まれた。薄暗いのかと思いきや意外と明るく、枝が揺れるのに合わせて木漏れ日がちらちらと動いている。
 後ろに座っているレオがわずかな緊張を体に巡らせ、周囲を用心する。邪魔にならないよう黙って馬に揺られたまま進んでいると、レオが手綱を操って馬を止めた。


「王都を出た時から追手はいない。この森に入るのを見られてもいない。この森に人もいないな」
「レオがそう言うのなら、信じますよ」
「俺もふたりを信じる。……これからのことは他言無用だ。そんなことはないと思うが、もし途中で信用できないと思ったら、このことを話せないように措置をとる」


 真剣なレオの声に緊張がはしる。エルンストとふたりで頷くと、レオは二ッと明るい笑顔を見せてくれた。


「脅かして悪いな。だけどこれは俺だけの問題じゃねえからさ」


 馬からおりたレオが、懐から小さくて綺麗な石を取り出して手のひらに乗せた。その石から、ぶわっと光が広がってドアの形になっていく。


「これを見せるってことは、ふたりを信頼してるってことだ。これが俺の友達の隠れ家へと続く、唯一の道。ふたりに敵意がなかったら通れるぞ」


 おお、すごい異世界っぽい!
 レオの助けを借りて馬からおりて、ドアの前に立つ。レオがドアを開けた向こう側は、今いるところとあまり変わらない景色だった。

 木漏れ日が気持ちいい森と川、畑が見える。緊張しながらドアの向こう側へ行くと、畑の横に赤い屋根の家があるのが見えた。
 赤い屋根には煙突がついていて、家のまわりには花が咲いた大きな木がいくつかと花壇がある。玄関までは白や赤茶色の小さな石が敷き詰められていて、可愛らしい道になっている。
 畑にも花壇にも、種類が違うたくさんの花が咲いていてカラフルだ。出窓にはランタンと鉢植えの植物が置かれていて、白いレースのカーテンが見える。


「か、可愛い……!」
「これは……」


 ドアを通ったエルンストが横に来て、同じように驚いた。
 よかった、エルンストも通れたんだ! これでエルンストが来れなかったら、私もここを出なきゃいけないところだった。


「すごく可愛い家ですね」
「え? ああ……そうですね」


 どこか歯切れの悪いエルンストを見て、ハッと気づく。
 こんなに可愛い家に住んでいるのは、絶対に可愛い女の子だ……! 手作りですごくおいしいクッキーを作ったり、パッチワークを作るのが趣味だったり、そういうやつ!
 ……そっか、レオがとても信頼してる友達って、女の子のことだったんだ。
 ちょっぴり痛む胸に気付かないふりをしていると、最後に馬を連れてドアを通ったレオが光る石を片付けた。


「連絡はしてるし、俺たちが来たってことに気付いてるはずだ。思ったより早く着いたから怒るかもしれないな」
「そういえば、夜には着く距離って言ってたよね」
「なるほど、人がいない場所でこのアイテムを使わなければならず、正式にはいつ着くかわからない。なので夜には着くと言ったんですね」
「そういうこと。下手すれば夜になってたけど、数時間で済んでよかった。んじゃ、行くぞ」


 レオが先頭に立ち、慣れた様子でドアをノックする。ノッカーが猫ちゃんだ。可愛い。


「おーい、来たぞー!」
「聞こえている」


 静かに開けられたドアから出てきた人を見て、おもわず目を見開いてしまった。

 顎の下で切りそろえられた濃紺の髪はゆるくウエーブしている。長い前髪は真ん中でわけられ、丸くて綺麗なおでこがよく見えた。
 陶器のように白くて綺麗な肌。濃紺の長いまつげ。切れ長の大きな目。通った鼻筋に赤い唇。
 恐ろしいほど整った顔が、私のはるか上にあった。意外と広い肩幅に、しっかりした体と喉仏が、可愛い家の持ち主の性別を伝えてくる。

 ……彫刻のように綺麗な男が、そこにいた。

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